第259話 フィーの告白

「世界がどうなろうが……知ったこっちゃないわよ」

 

 フィーが口をとがらせながらそう小さく呟いた。それは特段驚くようなことではない。事実バッソーとヒッテは特に気にしていなかった。普段の彼女の態度からすればヒューマンの世界の事情などにあまり気を払っているようではなかったからだ。

 

「私はただ……グリムナが帰ってくれば、それでいいのよ」

 

 フィーは地べたに座ったまま、折れてない右足を抱え込んで顔をうずめ、泣き出しそうな表情で独り言を言った。その表情が、あまりにも普段の能天気な彼女の態度とはちぐはぐに見えて、意識を取り戻したばかりでまだ頭のぼうっとしているレニオが問いかけた。

 

「フィーさんは……グリムナの事が好きなの?」

 

「好きよ! いけない!?」

 

 フィーは顔を上げてレニオを睨むと吐き捨てるように答えた。フィーがこんなに怒りをあらわにするのはグリムナにホモを否定された時以来だ。

 

「グリムナだけじゃないわ! ヒッテちゃんもバッソーも、ついでにベアリスとレニオも入れてあげてもいいわよ! みんなみんな大好きなのよ! それの何がいけないの!? 皆で一緒にいられるためなら私はなんだってするわよ!!」

 

 急に大きな声を出して激高するフィーに全員が驚いた。フィーがここまで強い感情を見せるとは誰も思っていなかったからだ。

 

「でも……そのために仲間の足を引っ張るなんて、やっぱりおかしいです」

 

 ヒッテは町の方を眺めながらそう呟く、が、フィーはやはりこの言葉が気に入らないようでそのまま怒ったような態度で言葉を続ける。

 

「おかしいのはそっちの方よ! どうせヒューマンなんて五、六十年で死んじゃうんでしょうが! だったらなんでその短い間すら、自分のために生きようとしないのよ!!

 他人に遠慮だとか、自分のちっぽけなプライドが大事だとか、そんなつまらないこと言ってる間に人生終わっちゃうわよ!」

 

 そこまで言うと、フィーは言葉を詰まらせ、瞳に涙を浮かべていた。ヒッテは、初めて見せるフィーの真剣な表情から目を逸らせずにいた。

 

「私はね……この1年、みんなと一緒に冒険をして、本当に楽しかった。今まで生きてきた中で一番……きっとこの先の人生でも一番だと思う。だから、こんなところで、こんな終わり方をしたくないの。どんな方法を使っても、グリムナを取り戻して、またみんなで冒険をしたい」

 

 フィーは身をよじるように両手を胸の上に乗せ、大切なものをかき抱くような仕草でぎゅっと手を握り締めた。

 

「あなた達といられる時間はそんなに長くないもん。人間はすぐ死んじゃうから。だから、少しでも長く一緒にいたい。ステップから別行動をとった時も、本当は嫌だった。みんなと一緒に冒険をしたかったのに……」

 

 砂漠でグリムナ達がひいひい言ってる頃、フィーは楽し気に暴飲暴食していたような気がするが。


「あんた達だってそうよ!」


 フィーがヒッテを指さして語気を強めた。


「ヒッテちゃんだって12歳でしょ!? じゃあグリムナと一緒に居られるのなんて長くてあと60年ってところなのよ! 少しでも一緒に長くいたいって思わないの? バッソーなんてもう棺桶に片足突っ込んでるようなもんじゃない!」

「ひどい……」

 

 バッソーの抗議を無視してフィーはさらに続ける。

 

「好きな人たちと一緒に居たいって気持ちがそんなにいけないことなの? そのためにちょっとくらい迷惑かけたからなんだって言うのよ。 これは私の人生なのよ! 私の物語なのよ! 好きに生きて何がいけないって言うのよ!!」

 フィーは再び自分の腕の中に顔をうずめた。

「何がいけないのよ……私の人生は……私が主人公なのよ……」

 

 レニオはまだ頭が痛いのか、だるそうに、頭を押さえながらゆっくりと呟く。

「ごめんね、フィーさん。確かに、あなたの言うとおりだと思うわ。アタシも、世間体とか、人間関係とか、少し気にしすぎてたのかもしれないわね……もっと、人間ってフィーさんみたいに自由に生きた方がいいのかもね」

 

「フィーはフィーで自由が過ぎる気もするがのぉ……」

 

 三人が話しているとヒッテがスクッと立ち上がった。


「どうしたの? ……ヒッテちゃん」

「ようやく、自分が何をするべきなのか……分かった気がします」

 

 レニオの問いかけに、ヒッテは町の方を睨みながら答える。バッソーは何かを感じ取ったようで彼女を諫めようとする。

「ヒッテ、何を考えておるのか分からんが、町に行こうというのならやめた方がいい。それこそ足を引っ張るだけじゃ」

 

 ヒッテはしばらく声をかけたバッソーの方を無言で見つめていたが、やがて全員を一通り見まわしてから、やはり町の方を見て言葉を発した。

 

「ヒッテは、グリムナを助けに行きます」

 

「フン、やめとけ。無駄だ」

 

 そこに水を差したのはウルクだった。まだいたのかコイツ。

 

「お前ら自分の姿が見えないのかぁ? 足の折れたエルフに、ラーラマリアにどつかれてまだフラフラしてるモヤシ野郎。それに疲労困憊のボケ老人。唯一動けるのは12歳の奴隷のメスガキときたもんだ。役立たずの博覧会かぁ? ここは」

 

 先ほどまでラーラマリアに置いて行かれて酸欠状態になっていた役立たず野郎が何か言っている。

 

「お前らが町に行ったって足手まといどころかグリムナに会うこともできずに暴徒に殺されるのがオチさ。今の町の状況が見て分からねぇのか? 頭だけじゃなく目も悪いみたいだなあ?」

 

「ウルクさんは……ラーラマリアが竜を召喚できなかった時の保険にしたいんでしょう?ヒッテを」

 

 ヒッテがそう言うとウルクはニヤリと笑って答えた。

 

「フン、相変わらず小賢しいガキだぜ。だがその通りだよ。なんせ俺だって竜の召喚なんて生まれて初めての経験だからな? いくらラーラマリアでもうまくいかないかもしれない。だがそれでうまくいかなくても、グリムナの死体を目の前にして、それでもヒッテ、お前は絶望せずにいられるかな? お前はその時、世界の滅亡を願ったりしないと言い切れるか?」


 ウルクは挑発を続ける。だがヒッテは冷静な表情を崩さず、恐ろしく冷淡な表情で答える。

 

「さあ? それはなんとも……ヒッテだって、以前のように積極的に世界滅びろとか思ってるわけじゃないですけど、基本的にはフィーさんと同じ。この世界がどうなろうと知ったことか、って思ってますから」

 

「でもですね」

 

 ヒッテはウルクの襟首を掴み、顔を寄せて睨みつけるようにして言った。

 

「グリムナの隣に並んでいられるような、そんな人間になりたいって思ってます。グリムナがそうするように、ヒッテも世界のために戦います」

 

 ヒッテが掴んでいた襟首を放すと、ウルクは尻もちをついた。たった12歳の少女にまるで気圧されたかのようだった。

 

「……い、いくら凄んでみたところで、12歳のメスガキに出来ることなんて、ないぞ……」

 

 ヒッテは町の方に足を向け、顔だけを振り見てウルクの方を指さしてニヤリと笑いながら言う。

 

「『できる』『できない』じゃあないんです。ヒッテは必ずグリムナを助けます」

 

 そう言って彼女はたった一人、町の方へ歩みを進めていった。

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