第377話レニ・ヴェッレ・アイオイテリ
(この男は……一体何者なんだ)
ベルアメール教会の第三聖堂騎士団の長、レニ・ヴェッレ・アイオイテリは訝し気なまなざしを、地図を広げたテーブルを挟んで対面に立っている男に向けた。
黒髪の中年男性。その上フード付きの黒いマントに身を包んでいる不気味な男。名はウルクというが、その所属、素性は一切明かされていない。
ただ、大司教メザンザからは指揮は自分がとるように言われていたが、行軍の最終目標については彼に指示を仰ぐようにきつく命じられていた。
彼のもとには第三聖堂騎士団、さらに国を守る通常の騎士達、その下に徴兵によって集められた一般兵が組み込まれており、その全てを握っているのが、目の前の謎の男、ということになる。
(猊下はいったい何をお考えなのか……)
不信感を募らせるレニ・ヴェッレ。しかしウルクはそれに気を払うことなく、静まり返った天幕の中で言葉を発する。
「今回の遠征の目的はただ一つ、コルヴス・コラックスの捕囚だ」
一堂に会していたコマンド級の騎士たちが一様に疑問符を浮かべる。確かにオクタストリウムへの『侵攻』ではないと聞いていたものの、だからこそ、無政府状態とはいえオクタストリウム国内での軍事行動に踏み切ることができたというものの、そんな聞いたこともない者達の捕囚とは。
「コルヴス・コラックスは我らこの大陸の人間の祖ともいうべき民族。不可思議な術を使い、多様な知識を持つ謎の民族、此度、その居場所をついに他国に先んじて掴むことができた」
それでもやはり騎士たちは戸惑いの色を隠せない。個人の卓越した術に頼って国力増強を図るなどナンセンスである。
「お前らも知ってるだろう、6年前のボスフィンの壊滅、巨大な化け物が暴れて街を滅ぼしたという話……当時は竜の出現か、とも言われたが、あれはたった一人のコルヴス・コラックスが秘術を使ったことによる結果に過ぎん」
さすがにこの言葉に騎士たちはざわついた。6年前、ボスフィンを大混乱に陥れ、今日まで続く内乱のきっかけを作った魔物、アレがまさかたった一人の人間により引き起こされたものだったとは。
「この五日間森の手前に陣地を張って貰っててすまなかったな。しかしそれも終わりだ。奴らの里を守っている結界を破る方法も見つけた……これより、森に火を放ち、兵で壁を作り、蹂躙するように踏みつぶすのだ!」
ウルクの言い放った『作戦』はおよそ五日もかけて練りに練ったものとは言い難いものであった。まるで知恵の輪が解けなくて癇癪を起こした怪力男がそれを引き千切るが如き醜態であった。
当然レニ・ヴェッレはこれに反論する。
「ま、待たれよ、ウルク殿! コルヴス・コラックスを捕囚するのではなかったのか? 根絶やしにするつもりか!?」
これにウルクは余裕の笑みで返す。
「捕らえるのは『できる限り』で十分だ。最悪皆殺しでもいい。他国に此の人材が渡るよりはましだ。……いいな? 逆らうものは皆殺しだ。話など聞く必要はない」
そう、ウルクは最悪それでも良いと思っているのだ。もちろん自分たちの支配下にコルヴス・コラックスを置ければ軍事的にも、竜を呼び覚ます上でも利用価値はある。しかし、彼の今回の遠征の最大の目的はそこではない。
(事前にこの森にグリムナがいることは分かっている……里を焼き討ちすれば必ず奴は出てくる。グリムナは何が何でもここで殺してやる)
ウルクはダメ押しのように口を再度開いた。
「当然これは、
――――――――――――――――
その日の午後から作戦は実行に移された。
徴兵によって集められた数十人の兵士がたいまつを片手に森の始まり辺りに立つ。火災に巻き込まれないよう、奥深く二は入らず、数百の兵士がそれを見守り、さらに森から離れたところには数百の騎士達と、それに率いられている数千の兵士たちが控える。
ただの一人も逃れる者を許さぬ構えである。
ドオン、という太鼓の音と共に最前線の兵士が木に火をつけようとした時であった。斬撃の音とともにある兵士の腕が骨に達するほど深く切り裂かれた。
その兵士の悲鳴を聞いて、火をつけようとしていた者たちはそちらに注目した。そこには、2メートル近い巨躯に鎖帷子、右手には真新しい血で濡れたブロードソードを構えている。
「クソッ、思わず前に出ちまったぜ! なぜこんなところにヤーベ教国の兵がいやがる!」
「曲者だ!!」
はるか後方に控えていた騎士が叫び、前線の兵士たちはようやく何が起きたのかを理解した。強襲を受けたのだ。五千近いヤーベ教国の軍が。たった一人の剣士に。兵士たちは慌てて剣を抜くが、その剣士は目にもとまらぬ速さで近くにいる者達を手当たり次第に切りつけ、そして落とした松明を踏み潰す。
異変に気付いたレニ・ヴェッレは遠眼鏡で騒ぎの中心を見て驚愕した。
「ベルド……? ベルド・ルゥ・コルコスがなぜこんなところに……!!」
最前線でたった一人剣を振るう大柄な男。それは記憶の中の彼に比べれば随分痩せているものの、間違いなくかつてのレニ・ヴェッレの同僚、ベルドであった。
レニ・ヴェッレは元々第四聖堂騎士団に所属していた。それが解体されるとともに第三聖堂騎士団に籍を移し、今では騎士団長にまで出世したのだが。
しかし退役したはずの、かつてはともに轡を並べて戦った仲間がなぜこんなところに。そして自分達に刃を向けるのか。
だが、彼はすぐに困惑の色を収め、代わりににやりと笑みを浮かべた。
ベルドは依然休むことなく戦い、すでに二十人以上の兵士を切り伏せている。
「フフ……そうだ。俺たちは大陸最強の暗黒騎士団だ……! あんな有象無象の兵士共が束になろうと適うはずがない。俺が引導を渡してやるぞ、ベルド!!」
そう言うとレニ・ヴェッレは遠眼鏡を握りつぶし、兵の指揮を放り出してゆっくりと馬を進め始めた。その背には、かつてのベルドを彷彿とされる大剣が背負われている。
周りの騎士たちは戸惑いを隠せないが、しかし何の指示もないので、付和雷同に前を進むレニ・ヴェッレに置いて行かれないようにずるずるとついていく。
一方ベルドは思いもよらず苦戦していた。本当ならできるだけ前に進み、兵を割って進み、大将首を一気にとって電撃的に終わらせたいのだが、体力が続かない。剣は以前に比べて随分軽いものに替えたのだが、それでもスタミナが落ちているのは如何ともし難い。
ずるずると後退し、それでも兵士を切って切って切り倒す。太い木を盾にし、経験の浅い徴兵によって集められた未熟な兵士を突き殺す。背後をとられないように細心の注意を払いながら。
「どのみちじり貧だな……千を超える兵相手に俺はいったい何をしてるんだ……!!」
こんなことならばグリムナ達とは別行動をとるべきではなかった。自分が兵をおびき寄せている間に彼らを逃がすこともできたはずなのに。自分の罪を償うのならば、命を捧げて彼を助けるのが絶好の場所だったのに。
そう思ってすぐに彼はその思いを振り払った。
そうだ。グリムナならば、きっと圧倒的に不利でも自分を見捨てたりはしないだろう。どのみちここでの全滅は必至。一体どんな方法があればここから抜け出せるというのか。
そう考えた時、彼が盾にしていた大木ごと、周りにいた数人の兵士の胴体が吹き飛ぶように両断された。
ズン、と大きな音を立てて大木が地に刺さり、そして倒れた。
その向こうには両手剣を構えた騎士が威風堂々と立っていた。
「無様だな、ベルド。以前のお前ならば、俺が今やったように巨木ごと敵を両断していただろうに……」
「レニ……」
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