第376話 流れ解散で
「お世話になりました。全てが終わったら、きっとまた遊びに来ます」
「望むような答えは得られたのかね……?」
ニブルタの問いかけに、グリムナは穏やかな笑みで答えた。
グリムナ達はコルヴス・コラックスの村を後にした。ベルドはいまいち納得がいっていなかったようではあるが、しかしグリムナは確かな手ごたえを感じていた。はっきりと自分のすべきこと、そして人々がすべきことが見えたように感じたのだ。
しばらく森の中を進んでいると、明らかに空気が変わるような感覚があった。おそらく、グリムナ達が里を出たことを感じ取って、また『迷いの森』の結界を張ったのだろう。
「にしても、しみったれた村だったわね。結局私らがいる間一度も肉が出なかったわよ粥と山菜ばっかり! 早く町に行って肉を腹いっぱい食べたいわ!」
身もふたもないことをメルエルテは言う。
「確かに困窮しているようではあったな。まあ、今時どこの村も似たようなもんだが」
少し同意を示すようなベルドの言葉に、ヒッテは後ろを振り返ってから言う。
「あれだけの小さな村で外界と交流もせずに暮らしてるんです。仕方ないですよ。むしろヒッテ達の食事を準備するのも大変だったと思います」
彼女の言うとおりである。森の中の奥まった、限られた場所。オリザを農業で育てていたようではあったが、食料の多くを狩猟・採集に頼っている。それは即ち、冬になれば、少しの不作で多くの餓死者を出すこととなる。
一万年の間、誰にも知られずに里を守り続けたということは、そのような、死と隣り合わせの生活を受け入れ続けたということなのだ。
「話を聞く限り、コルヴス・コラックスの人間は外の人間よりもずっと死を身近に感じながら生きている、って感じだった。その強さが外の人間にもあれば、『竜』なんて生まれなかったのかもな」
「ところでグリムナさん、これからどこに向かうんですか? 竜を倒す……のは意味がないってのはいいとして、じゃあいったい何を?」
ヒッテが問いかけると、グリムナは立ち止まって、彼女の方に振り向いてから答えた。
「ローゼンロットに行く」
「正気なのグリムナ!?」
フィーが大声で咎めるように叫んだ。
「ベルアメール教会なんて正直ヴァロークと同じくらい信用できない奴らじゃん! 特にあの大司教! あいつに一回ケツ掘られそうになったの忘れたの?」
二回である。
「竜の脅威を完全になくすには、竜を倒すんじゃなく、人々の考え方を変える必要がある」
グリムナは確かな決意を持ってそう言った。あの日の夜、ベルドと話していた竜についての彼の考えはすでに仲間内で共有している情報である。しかしみながそれに納得したわけではない。
「だからこそ、竜が現れたら反則みたいな強さの聖剣や勇者の力で倒すんじゃなく、人々が、一人一人が、自分の行動と考え方に真正面から向き合わなきゃいけないんだ。そのためには大陸全土に強い影響力を持つ教会のトップと話し合わなくちゃいけない。俺には、ローゼンロットでやり残したことがある」
その強い決意の言葉に、フィーの表情が変わった。
「なるほどね、ヤリ残したこと、か……つまり、掘った掘られたの、その先を見つめなおそうっていうことね」
フィーの言葉を無視してヒッテがグリムナに話しかける。
「グリムナさんの事だから、危険だって言ってもやめないんでしょうね……ヒッテは、どこまでもついていきます!」
「そこまでの強いケツ意があるのね……危険な旅になるわよ。主にグリムナのケツが」
フィーが顎をさすりながら決め顔で訳の分からないことを言うがグリムナとヒッテは無視をして話を進める。
「正直言ってここから先はかなり危険な旅になる。できれば、ヒッテにはコルヴス・コラックスの里に残って避難しててほしかったんだが……」
「ちなみに今のは『ケツ意』と『ケツ』をかけた高度なギャグでね。つまり、またメザンザにグリムナのケツが犯されるという……」
「うるさいな! もう黙ってろお前は!!」
グリムナに怒鳴られてフィーは半泣きで反論しようとした。
「だって! グリムナ最近まじめな話ばっかりしてるんだもん!! 何言ってんだか全然ついていけないし!!」
「だいたいでいいんだよそんなの! 今までだって適当に聞き流して来ただろうが!!」
「だって……」
フィーはとうとうぽろぽろと涙をこぼして泣き出してしまった。
「だって、グリムナ達が何か遠くに行っちゃいそうな気がして……旅もどんどん危険になっていくし……私はただ、皆と楽しく旅をするのが好きなだけなのに。バカな話して笑いたいだけなのに……」
そのまま泣き崩れるようにフィーはグリムナの胸にトン、と頭をあてた。グリムナは慰めるように彼女の頭をなで、そして一部始終を眺めていてメルエルテに話しかけた。
「メルさん。俺たちの旅はここで終わりです。これは、『人間』の戦いです。避けられない『人間』の宿命なんです。あんた達エルフが危険な目にあうことなんてないんだ。フィーを連れて、北の森に帰ってください」
その言葉を聞いてフィーはバッと頭を上げた。
「なんてこと言うのグリムナ! 私達は『仲間』でしょう!? あなたまで私を置いていくっていうの!!」
しかしグリムナはそれでも彼女の言うことには聞く耳を持たず、次いでベルドにも話しかけた。
「ベルドもだ。もうだいぶ体力も回復したし、コルヴス・コラックスに会うっていう目的も達成されただろう。俺たちに付き合う必要はない」
「そうだな……」
ベルドは数メートル歩いてグリムナ達に背を見せ、腰にある得物に手をあてた。そこには以前のようなバスタードソードではなく、片手用のブロードソードがさされている。
だいぶ体力も回復し、この程度の重量なら今は苦も無く振るうことができる。
「お前が背負おうとしてる物は、俺には重すぎる……俺には俺の道が、俺のやり方がある。ブロッズとも、お前とも違う、な……」
そう言い残して、ベルドは一人、先へ進んでいった。
「や、やだ、みんな、行かないで! 一緒にいようよ!! 宿命が何だっていうのよ! 自由に生きることよりもそんなに大切なものなの!? 宿命だとか運命だとか! 真面目なこと言う奴はみんな
生きづらくなったらそんなもの捨てて、新しい土地で新しい生活を始めればいいじゃない! 世界はここだけじゃないのよ!!」
泣きじゃくるフィーをグリムナは慰めるように頭をなで、そしてすぐ後ろにいるメルエルテにそっと預けた。
「後は頼みます、メルさん」
「うわああ! お母さん! おかあさぁん!」
「もう十分『遊んだ』でしょう、フィー。モラトリアムの時間は長くは続かないわ。家に帰りましょう」
「フィーさん……」
メルエルテの胸の中で泣き続けるフィーに、ヒッテは優しく話しかけた。
「5年間、ずっと一人で心細い思いをしていたヒッテに声をかけてくれたこと……本当に嬉しかったです。
ヒッテ達は死にに行くわけじゃありません。
きっと生きて帰ってきます。それでもフィーさんよりは早く死んじゃうかもしれませんけど、それでもヒッテ達の事、きっと忘れないで下さいね。
フィーさんが覚えていてくれれば、ヒッテ達はきっと……死んだことにはならないですから……」
「ひっ……ひぐっ……偉そうに……自分は大切なこと何もかも忘れてるくせに……
イヤよ。私すぐ忘れるから……だから忘れないように……片が付いたらすぐに会いに来てよ……」
――――――――――――――――
そこから数十キロ離れた距離、オクタストリウムの領域である、森の外には数千人の騎士の集団が展開していた。
「役者は揃ったな」
騎士たちが野営を張っている本陣の天幕の中、その中央で地図を広げ、コマンド
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