第378話 突然始まるホモの痴話喧嘩

 その場にいる誰もが事態を推し量りかねていた。


 突然森の中から現れた大男、その男によってすでに20人以上の兵士が切り伏せられている。その男が何者なのかもわからぬうちに今度は彼らの指揮官が自らの大剣を持って飛び出して来た。


 一太刀で両断された大木と、で巻き込まれた兵士達。


 この軍団を預かる男、レニ・ヴェッレ・アイオイテリ第三聖堂騎士団団長は突然現れた男の事を『ベルド』と呼んでいた。その言葉からは古くからの知り合いであることが見て取れた。


「よくもおめおめと俺の前に姿を現せたものだな、ベルド」


「レニ・ヴェッレか……また面倒な奴が出て来たな」


 ベルドの言葉が言い終わるか終わらぬかの内にレニ・ヴェッレはその大剣で切りかかる。


 かつてベルドが持っていたような大振りの剣である。体格もベルドほどではないが大柄だ。180センチ台後半はあり、異常に発達した筋肉で長得物を苦も無く振り回す。


 対して今のベルドは回復したとはいえ、以前よりは随分やつれているし、持っている武器も片手用のブロードソードである。


 ベルドは敵の剣を受けることは不可能である。質量で押し切られる。間合いの外から襲い来る大剣をパリィしながら慎重に隙を伺う。このやり取りで加勢しようと近くで様子を窺っていた兵士2,3人が大剣に巻き込まれて死んだため、周りの者は距離を取った。


 唐突な、かつて共に戦った暗黒騎士団の同僚との対峙。しかしこれはベルドにとっては幸運であるともいえる。


 あまりにも多勢に無勢。ベルドにできる唯一の作戦と言えば大将首を落として敵を混乱に陥れることだが、はっきり言って今のベルドには単身で敵陣に切り込んでいくような体力はない。そこへ大将の方から乗り込んできてくれたのだ。だが……


 レニ・ヴェッレの腕が真っ赤に上気している。元々色素の薄い肌であったが、上半身が赤く、いや、赤黒く変色している。それはまさしく血の色だった。


「るぉぉ!!」


 何とかベルドはその一撃を剣で払ったが、これまで以上の強力な一撃であった。花が咲くが如く火花が散る。


 フレイムフォーカス……レニ・ヴェッレが得意とする魔術である。血流と魔力の流れを体内で爆発的に上げて身体能力を強化する。今のベルドには手に余る能力の相手である。


 ベルドは間合いを取って息を整える。レニ・ヴェッレは彼に言葉をかける。


「ベルド……俺の下につけ。聖堂騎士団に戻ってこい」


 ベルドは唾を吐いてその答えとした。レニ・ヴェッレはイラつきを隠せない。


「てめぇは、いつもいつもそうだ……6年前、騎士団をやめた時もな」


 レニ・ヴェッレの顔がまた上気する。今度は魔術によるものではない。怒りからだ。


「なんで何も言わずに! アタシの前からいなくなったの!!」


 その瞬間場が静まり返った。


 レニ・ヴェッレは涙を流しながら言葉を続ける。


「アタシの事が嫌になったの!? アタシの何がいけないっていうのよ!!」


 その場にいる誰もが事態を推し量りかねていた。


 元暗黒騎士団同士の猛者の一騎打ちが始まったと思ったら。


 ホモの痴話喧嘩が始まっていた。


「重いんだよお前……」


 うんざりした表情でベルドが呟く。おい、否定しないのか。それでいいのかベルド。


「アタシの後ろの処女(前などない)を捧げた相手なのに……こっちの道にアタシを引きずり込んでおいて、自分だけいなくなるなんて……!!」


「黙れ!!」


 さすがに旗色が悪くなってきたと感じたベルドが一気に間合いを詰める。受けてばかりではじり貧だと感じたのか、今度は彼の方から攻める。


 先ほどまで一方的に打ち込まれていたベルドが今度は一転攻勢に入った。目にもとまらぬ斬撃をレニ・ヴェッレは大きさに見合わぬ剣さばきで受け続ける。


 受けだけでは成り立たない。攻めだけでも単調だ。戦いで重要なのは攻め×受けのバランスなのだ。攻めか受けか、タチかネコか。ベルドとレニ・ヴェッレにも雌雄を決するときが来たのだ。


「一度寝たくらいで彼氏面しないでよ! 重い男は嫌われるわよ!!」


 ベルドにもオネエ言葉がうつった。これは危険な兆候である。


「そうよ! 重いわよ!! それの何がいけないの!! それだけ愛してるんだもの!!」


 その場にいる誰もが事態を推し量りかねていた。


 それはともかくやはりどちらが優勢かは火を見るよりも明らかであった。次第にベルドの手数が減っていき、それと入れ替わる様にレニ・ヴェッレのカウンターが増えていく。

 やはりまだベルドの体調は完全復帰とは言い難いのだ。


 金属音と共にベルドの片手剣が弾かれ地に刺さる。直後、バランスを崩して尻餅をついた彼にレニ・ヴェッレが切りかかった。


「衰えたわね! 終わりよ! 醜態をさらすくらいなら、アタシが引導を渡してやるわ!」


 今のやり取りがまさに醜態だが。


 互いに醜態であるが、しかしレニ・ヴェッレの実力はホモの……本物である。剣を飛ばされてしまったベルドにはもはや身を守るすべはない。これまでか、そう思われた時であった。


 背中から入り、胸から突き出る、彼の胴体を貫く剣身。何者かが彼を後ろから剣で突き刺したのだ。ヤーベ教国軍に潜んでいたホモフォビアの仕業、ではない。


 膝をつくレニ・ヴェッレの背後に立っていたのは金髪をなびかせる細身の人物。逆光でよく見えなかったためベルドは一瞬ブロッズ・ベプトかと思ったが違う。


「ラーラマリア!? なぜここに……どういうつもりだ」


 驚愕の表情を見せながらもベルドは慌てて跳ばされた自分の剣を拾う。


「『どういうつもりだ』? それはこっちのセリフよ……」


 ラーラマリアがそう言いながらレニ・ヴェッレから剣を引き抜くと、やはり彼は枯れ木のように命を吸い取られてその場にどさりと倒れこんだ。


 さらなる曲者の乱入にレニ・ヴェッレの周りにいた騎士達が慌てて切りかかるが、しかしラーラマリアは目にもとまらぬ速さで横薙ぎ一閃。瞬く間に胴体を両断された幽鬼の如き表情の死体の山が築かれる。


「どういうつもりだぁっ!! ウルクッ!!」


 女性としては筋肉質であるが、しかしその細い体からは想像もできないような大声が辺りに響いた。ベルドから問いかけられた言葉をそっくりそのままウルクにパスする。会話のマナーがなっていない。


 しかしその大声に答える者はなく、さらに騎士たちが切りかかってくる。


 指揮官を失った場合、識字率も低い雑兵どもならばそのまま総崩れになり寡兵でも大軍を破ることができる。しかし、緊急時の命令系統の確立されている騎士達は話が別だ。


 だが相手はあのラーラマリア、しかもエメラルドソードを装備しているのだ。


 ラーラマリアは切りかかる者を次々と物言わぬ死体に変えていく。何しろ剣を受けるにしろ切り込むにしろ、エメラルドソードの刃は全く抵抗なく相手の刀身を両断してしまう。さらに鎧を紙のように切り裂き、体が切られれば今度は命が吸い取られ、一太刀で致命傷となる。


 おまけに所有者には疲労の色が全く見えない。


 その鬼神の如き戦い様を初めて見たベルドは加勢することも忘れて唖然としていた。


 全く格が違う。


 ベルドが見つけられる勝機と言えば、せいぜい一気に大将首をとって混乱に陥れて後は離脱、くらいである。しかし目の前のラーラマリアの動きならば、この数千の規模の軍隊を全く一人で相手できるといっても過言ではない働きである。


「ウルク! いるのは分かっている! 出てこい!!」

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