第234話ときめきホモリアル

 ごくり、とフィーは生唾を飲み込んだ。


 失言であった。


 この男性嫌悪者、もといフェミニストのアムネスティを前に『女らしさ』を語ってしまった。本来一番言ってはいけない相手の前で一番言ってはいけない言葉を口にしてしまったのだ。これはアムネスティポイントの大幅減点は免れまい、そう思ったのだが。


 しかし、アムネスティはその笑顔を以て答えとした。


「まあ、できるに越したことはないからね。男女にかかわらず、クッキーの一つくらい焼けないと」


(助かった……ここまでに荒稼ぎしたアムネスティポイントが功を奏したか……!!)


 冷や汗をかいていたフィーはふぅ、と小さくため息をついた。ちなみにフィーはクッキーの焼き方など知らない。なんとか首の皮一枚つながった、という感じであったが、アムネスティの心持や如何に。


(ふう、こんなところで怒ってエルフの機嫌を損ねることはないわ……普段だったらあんな発言を目の前でされたら『名誉男性』のレッテルを貼って叩きに叩くところだけど、ここまで稼いだフィーポイントを失うわけにはいかないのよ)


 ネオジオ往年の名シューティングゲーム、ビューポイントに非ず。フィーポイントとはなんぞや。


(教会側は人権騎士団に黙ってフィーさんを正当な理由なく捕虜にして拷問によって情報を聞き出そうとしていた。人権騎士団がエルフを人権キャンペーンの偶像アイドルにしているって知っているはずなのに……ッ! もはや教会とメザンザ様は信用できない。ならば、直接このフィーさんを囲い込んで広告塔にするしか道はないのよ! そのためにも何としてもフィーポイントを溜めて好感度を上げないと)


 ここで説明が必要であろう。


 フィーポイントとはアムネスティが考案した、フィーの好感度を上げるための指標である。その上げ方は主に二つ。甘い食べ物を食わせることと、ホモの話題を振る事である。


 なんとこの二人、互いに互いを取り込もうと好感度稼ぎをしていたのである。それもあって三バカトリオが排除されて以来アムネスティは足しげくフィーに面会に来ており、フィーもアムネスティのご機嫌取りをしていたのだ。


 要は、頭の中身が同程度なのである。


「あ、それとお願いされてた原稿用紙も持ってきたのよ。物書きのフィーさんには必需品だものね」


「わあ~、助かるわ! 手持ちの紙がもうなくって、どうしようかと思ってたのよ。あ、ところでアムネスティは私の作品、読んでくれた? 面白かったかしら?」


 きゅぴ~ん


(来た! この感覚……フィーポイント大量獲得のチャンスよ!)


 その時、アムネスティの脳内には二つの選択肢が現れていた。


・レニオとグリムナの関係が、とっても切なくて、尊かったわ

・すごく良かったわ。やっぱりこれからは男女の枠に縛られることのない愛の形が必要な世界になるわね


 …………


 ぶっちゃけて言うと、アムネスティはフィーの著作を一冊も読んでいない。彼女の価値観から言うと、実は男同士の恋愛など、気持ち悪いだけなのだ。だがそんなことを正直に言ってしまえばフィーポイントゲットどころか、マイナスになること請け合いである。ここは考えどころだ。


(確か、フィーさんの専門はナマモノ(※)だったはず……だったら一番付き合いの長いグリムナのことはまず確実にネタにしている。当然裁判所で絡みのあったレニオさんの事も……)


※ナマモノ:実在の人物を使ったカップリングの事


(下の選択肢は一見無難な回答のように見えるけど、あくまで一般論で何にも作品の感想になっていないわ。最悪の場合、読んでないことを感づかれるかもしれない。だとすればここは一か八か勝負に出てみる!)


(上でおねげえしやす)


ピッ


rァ ・レニオとグリムナの関係が、とっても切なくて、尊かったわ

  ・すごく良かったわ。やっぱりこれからは男女の枠に縛られることのない愛の形が必要な世界になるわね


「…………」


(ど、どうなの!? レニオとグリムナの絡みはあるの? ないの? なければここまでのゴマすりが全て無駄になってしまう……ッ!!)


「やっぱり!?」


 フィーの瞳がキラキラと輝き、褐色なので少しわかりづらいが、しかし若干顔を紅潮させながら興奮した様子でフィーが口を開く。


※フィーの長セリフは読み飛ばしてもらって結構です。大したことは喋ってません。


「でしょ?やっぱりレニオのあの切ないカンジたまんないのよねあれこそがBLのだいご味っていうか私実を言うとレニオとグリムナが添い寝するところを間近で見ちゃったんだけどねまあその時も結局あのグリムナ野郎はヘタレだったんだけどさレニオはなんかもう完全にメスの顔っていうか恋する乙女の顔って感じでさあそれでもレニオは関係を壊さないためにあえて身を引くつもりだったみたいでそこが凄く切なくてああこれは絶対小説のネタにしなきゃだめだなって思ったのよねやっぱりそこが分かってもらえたみたいで……」


(めっちゃ早口……!!)


 どうやら正解だったようだ。しかしそれと同時にあまりのフィーの食いつきぶりにアムネスティは引いていた。


「私的にはグリムナとブロッズ・ベプトのアルファ×オメガ的なカップリングもいいと思うんだけどねでもやっぱりレニオは幼馴染じゃん?幼馴染ってやっぱり強いわよねなにしろ過ごしてきた時間の積み重ねが違うわよやっぱりレニオとグリムナを書くんならそういうバックボーン的なところから攻めなきゃ嘘だと思ったのよねあっ攻めるって言っても攻め受けの話とは別よ?なぁんてアハハでも絶対レニオは受けよね絶対グリムナに女の子として扱ってほしいとか思って……」


(ホンマよう喋るなコイツ……)


 それは、言葉というよりは、むしろ鳴き声に近かった。


「あ、あのう……フィーさん、盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろお暇しないと、仕事が……」


 嘘である。アムネスティの仕事内容は正直言って在って無いようないちゃもんばかりなのだから時間はほぼ自由であるが、しかしもうこいつのきっついホモトークに嫌気がさしてきたのだ。


「あ、そう……そうね。ちょっとしゃべりすぎちゃったわ……あはは」


 フィーはそう言って笑ったが、しかしドアの外の方を気にしながら、アムネスティに顔を少し寄せた。


(もう十日ほども毎日コミュニケーションを続けて十分にアムネスティポイントを稼いだはず……そろそろ、本題に入らないと……あんまりのんびりしてるとまたあの厄介な女、ラーラマリアが戻ってきちゃうわ……)


「アムネスティ……あなた、今回の私の拉致について、どう思ってる?」


 いよいよフィーが本題を切り出したのだ。


(来たか……)


 正直を言うとアムネスティもこの話をいつ切り出そうかと悩んでいたのだが、しかしポンコツ同士なのでいまいちかみ合っていなかったのだ。


(さて……アムネスティポイントは大分たまってるとは思うけど、アムネスティは元々ヤーベ教国側の人間、そう簡単に脱出に協力してくれるのかどうか……少なくとも、あのレイティって子は私を対グリムナの切り札って考えてるみたいだし……アムネスティはどういうスタンスなんだろう?)

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