第27話 三度ダークエルフ
「……うう……」
グリムナは上半身だけを起こすのがやっとである。言葉を発するどころか呼吸すらままならない。あばらが何本か折れているが、痛みで集中できず、回復魔法もまだ使えない。
「お、お前さえ……ごなければ……」
ズン、ズン、と地響きをさせながら憤怒の形相のリヴフェイダーが近づいてくる。グリムナは何とか呼吸を整えようと必死である。
「コオオォォォォ……コッ」
グリムナはヒッテに教えられた呼吸法で一度肺の中の空気を無理やり絞り出す。肋骨がかなり痛むが背に腹は代えられない。一度肺の中の空気を絞り出せば後は自然と空気が体の中に吸い込まれる。少しずつ傷の回復をさせながらグリムナはリヴフェイダーに視線をやる。
彼がもし、油断していれば、グリムナを食おうと、口を開けば、『その時』は来るかもしれない。そう思いながら……
しかし無情にもリヴフェイダーは拳を握り、それを遠い間合いから振りかぶった。
これまでか、そう思ってグリムナがリヴフェイダーの拳を前に観念した時であった。斬撃がリヴフェイダーの腕を襲った。山賊の元リーダーの斧であった。木陰に隠れて機を伺っていたのだ。斧は見事にリヴフェイダーの右腕の肘関節に入り彼の前腕を叩き落した。
腕には正中神経というものが通っており、両断されれば失神するほどの痛みに襲われる。チャンスは今しかない、体勢を立て直しリヴフェイダーとの間合いを詰めようとするグリムナであったが、予想外の攻撃が彼を襲った。
リヴフェイダーが落とされた前腕を左手で拾い、それを得物にしてグリムナに叩きつけたのだ。
衝撃を受けて再び木に叩きつけられ、今度はグリムナは気を失ってしまう。
「ぐう……いで、いでぇ……」
リヴフェイダーが涙を流しながら右前腕の切断面をぐりぐりと元の繋がっていた場所にしばらく押し付けていると、なんと、腕は元通りに繋がった。右手の手のひらをぐっ、ぱっ、としばらく閉じ開きしてからリヴフェイダーは満足そうな笑みを見せた。
「と、トロールを甘ぐ、見だな……全員食ってやる」
その言葉に山賊達は全員、絶望の色に顔を染めた。頼みの綱のグリムナはリヴフェイダーに対し全く歯が立たなかった。元リーダーが腕を切り落としても平気だった。もはや打つ手はない。しかも一部の者しか知らないことではあるが、今現在山賊のうち8人はグリムナのキスを受けて、戦える状態ではないのだ。
リヴフェイダーがグリムナの両腕を封じながら体を掴んで持ち上げる。グリムナは掴まれた拍子に意識を取り戻したようだが、苦しそうにぐったりとしている。しかし、たとえ万全の状態であったとしてももはやどうにもできないであろう。両腕ごと体を掴まれて身動き一つとれない状態なのだ。
「いだだぎまぁ~す!」
リヴフェイダーが大きく口を開いてグリムナに齧りつこうとした瞬間であった。
ダンッ、と、リヴフェイダーの顎関節部に矢が撃ち込まれた。
「あぎゃっ!?」
衝撃でリヴフェイダーがバランスを崩し、グリムナの体を離してしまう。さらにリヴフェイダーの体めがけて細く絞った炎の線が飛んできて、命中した。
「燃えろ燃えろ、原初の命よ、仲間を集めて踊り狂え」
それは、よく通る涼やかな女性の声だった。その呪文が聞こえた瞬間、リヴフェイダーの胸毛を小さく焦がしていただけだった炎はバッと燃え広がり、あっという間に体全体を包んだ。
「お困りのようね、グリムナさん? やはり私の力が必要なようね!」
その声に導かれてグリムナが矢の飛んできた方向に視線をやると、ヒッテと、弓矢を構えた肌の黒い銀髪のエルフが立っていた。
「あいつは……こないだの、ダークエルフ!」
矢と、炎の魔法の主は、アンキリキリウムで宿に訪ねてきたダークエルフその人であった。経緯は分からないがヒッテが彼女を加勢するために連れてきたのだ。
「あぎゃああぁぁ~」
リヴフェイダーは火が消えずに地面の上を転げまわっている。それを見たグリムナはすぐさま自分のシャツを脱いだ。
「まっ、さっそくおっぱじめるつもり!? 噂に違わぬ……」
何やら呟いているダークエルフを無視してグリムナはリヴフェイダーの元に走り寄り、バサバサとシャツをたたきつけ始めた。
「え? 何やってんの? 敵なんでしょ? そいつ……」
「ちょっと頭が弱いんですよ、うちのご主人様は」
素直に疑問を口にするダークエルフにあきれ顔でヒッテが補足する。
火が消えるころにはリヴフェイダーは息も絶え絶えの状態で全身が焼けただれていた。もはや抵抗する力もなさそうであることが見て取れた。グリムナはしゃがんでリヴフェイダーの頭を抱きかかえて起こす。
「大丈夫か? オイ!」
「ぐ、う……ニンゲン……ころ……す……」
体の自由はきかないが、敵意だけはまだ消えていないようである。表情に力は感じられないが、視線だけはグリムナを睨みつけている。生きていることを確認するとグリムナは今度は顎に刺さっていた矢を抜く。幸いにも返しがなかったのでそれはあっさり抜けたが、先ほどのように傷が回復しない。全身にやけどを負って回復が追い付かないのだ。グリムナはしばらく思案していたが、横たわっているリヴフェイダーの顔を上に向けると口を少し開かせ、意を決して口づけをした。
「キャアアァァ~~!! なになに! ほんとに人外だろうが見境なしジャン!! 噂以上の仕上がりねっ!!」
「言ったでしょう? ご主人様は人外でもイケるくちだと」
なぜかヒッテは自慢げな表情である。
そちらは置いておいて、グリムナの口づけを受けたリヴフェイダーは見る見るうちに傷がふさがり、やけども一瞬のうちに治っていった。
「なんだろう? こう……種族も、性別も超えた……とても……尊いわ……」
ダークエルフは何やら呟きながら両手を胸の前で組んで、独り言をぶつぶつと言っていたが、それはともかく。唾液の糸を引きながらグリムナが口を離すと、リヴフェイダーは、泣いていた。涙を流していたのだ。「大丈夫か」とグリムナが声をかけると、リヴフェイダーはグリムナの腕の中で、少しずつ話始めた。
「おでは……友達が……人間の友達が、欲しかっただけなんだ……それが、なんで……こんなことに……」
「ボタンの掛け違いは誰にでもあるものさ。ただ、人間と友達になりたいなら、他の人間を目の前でもりもり食べるべきじゃなかったかもな」
リヴフェイダーはゆっくりと立ち上がるとうめき声を漏らしながらも頼りない足取りで森の奥に消えていった。これから彼がどうするのか、まだ人間を食べ続けるのか、それとも極力食わないようにするのか、人間と仲良くしようとするのか。それは分からないが、ともかく怪我が治ったにもかかわらず戦意を喪失したことだけは確かである。
グリムナの『技』は人だけではなくモンスターにまで効果があるということが立証されたのであった。
「はぁ、はぁ……」
疲労困憊の色の濃いグリムナは立ち上がろうとしてバランスを崩し、膝をつく。すぐにヒッテが走り寄ってグリムナの体を支えた。
「ご主人様、無茶です。あんな化け物を一人で倒そうなんて……」
「あのダークエルフ……ヒッテが呼んできてくれたのか……? ありがとう。助かったよ……あと、お金返して。」
「森の中で待っていたらたまたま遭遇したんです。宿の時に、「私を仲間に……」って言おうとしてたのを思い出して、もしかしたら助けてくれるんじゃないかと思って事情を話したんです。」
「おかね」
「あんなに強いとは思いませんでしたけどね。噂通り、エルフが弓と魔法が得意って本当だったんですね」
「聞こえないフリしないで。お金返して」
「チッ」
しぶしぶヒッテが財布を出してグリムナに手渡すと、その場に立ち尽くしていた山賊達に声をかける。まだ一仕事残っているのだ。
「全員一列に並べ!!」
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