第365話ブロッズの目的

「結局ブロッズには、逃げられちゃったってことぉ?」


「ああ、お前たちが突入する少し前に『もう戻らない』とだけ言い残してどこぞへ行っちまった」


 ブロッズ・ベプトのアジトからベルドを救出してから一週間。


 ガラテアファミリーの本拠地の一室を借りてベルドはリハビリを続けており、グリムナ達もリヴフェイダーの厚意を受けて同じ屋敷内に滞在している。


 何とか杖をついて歩くことができるようになったベルドの寝室にリヴフェイダーとグリムナ達が訪れて、やっと落ち着いたベルドに事情を聞きに来たのだ。彼のベッドの周りに椅子を並べ、事情を聞きだしている。


 ラーラマリアの姿は、あれ以来見ていない。


 ベルドは救出された直後はまだ錯乱しているようなところがあり、事実の認識に少し難があったが、日が経つにつれて落ち着きを取り戻した。


 精神に異常がなかった点については幸運であるともいえる。厳しい拷問を受けると、心が先に壊れてしまうことも珍しくはないからだ。『白い部屋』に閉じ込められたグリムナが錯乱状態に陥り、部屋を出てからも記憶喪失になってしまっていたように。


「ここまで俺を追ってきてくれたってことは、手紙の隠しメッセージにも気づいてくれたんだな」

「あ……いやあ、ハハ……まあね」


 グリムナが気まずそうな表情で目を逸らしながら答える。


 彼の手紙はイェヴァンの汗でびしょびしょになり、隠しメッセージどころか本来のメッセージすら読めなかった。


「その、単刀直入に聞くが、ブロッズはいったい何の情報を欲しがってたんだ? 奴の目的は?」


 ベルドはベッドわきに置かれたテーブルの上のカップに入った水をグイ、と飲み干してから答える。


「まず一つは、俺が騎士団領で得た、魔剣サガリスの情報」


 グリムナとフィーが目を見合わせ、こくりと頷く。事前に得ていた情報と一致する。


 バッソーから聞いていた情報、5年前、竜は何もない場所から現れ、何も無いところへ消えた。何もない場所から物を生み出す魔法など存在しない。唯一それと同じ現象が起きたのを見たことがあるのが、イェヴァンの持つ魔剣サガリスであった。


 ベルドはしばらく考え込むように俯いていたが、やがて顔を上げ、自分の記憶を確認するように話しかけた。


「正直に言えば魔剣については分かっていることはほとんどない。ただ一つ言えるのは所有者の意思を確実にくみ取って変形していることくらいだ、そしてもう一つ……」


 そこまで行ってベルドはリヴフェイダーの方をちらりと見た。ここにいる、ベルドの知らない人間、メルエルテはその容姿からフィーの関係者だと分かるが、なぜここにマフィアのボスがここにいるのか、それが分からないのだ。


「この人は大丈夫だ。『コルヴス・コラックス』の事も知っている」


「手紙にも書いてあった通り……」


(ごめん、手紙見てない……!!)


 思わず目をつぶって心の中で懺悔してしまうグリムナ。ベルドはそれに気づかず話を続ける。


「コルヴス・コラックスの集落は確実にこの大陸南部に存在するはずだ。そこで俺はヤーンの亡骸のあるこの町に手掛かりを探しに来たんだが……グリムナ、お前はあの手紙を読んでどう思った?」


「あう……ああ~、えっと、そのぅ……」


 グリムナは必死に考える。読んでもいない手紙に何が書かれていたかを。そしてその読んでいない手紙の内容にどう答えたらよいかを。


「その……コルヴス・コラックスって、オオガラスのことだよね……」


 コクリとベルドは頷く。


「そしてオオガラスは、このオクタストリウムの象徴でもある鳥だよね……」


「え?」


「は?」


 ベルドだけでなくリヴフェイダーも疑問の声を上げた。『やっちまった』……グリムナは心の中で後悔の叫び声をあげる。


「ここから南西に行った所に『コルッピクラーニオオガラスの一族』と呼ばれる森があるけどぉ、それと関係あるのかしらぁ?」


 リヴフェイダーの言葉にベルドはにわかに大声を出して反応した。


「そいつだ! 手紙に書いていた通り、俺もその森が怪しいと思ったんだが、グリムナ、お前はどう思う?」


「あ、ああ? うん! 怪しい! 俺もすごく怪しいと思う! 手紙読んだ時からすごく怪しいと思ってた!」


「私達手紙読んでないわよ? イェヴァンの汗でぐちょぐちょになって読めなかったから」


 黙って横で聞いてたメルエルテが唐突に暴露し、グリムナが額に手を当てて『あちゃ~』と、リアクションをする。


「なぜ、そんなことに?」


「ごめん、その……イェヴァンが胸の谷間に挟んでたから、汗で濡れて」


「なぜ、そんなことに?」


「いや、俺は全然そういう気はなかったんだけどさ、イェヴァンが俺に惚れてるみたいでさあ、俺を誘惑しようと……」


 さすがにグリムナのこの勘違い発言には全員がイラっときたようで、ヒッテが彼を押し退けて話を進めた。


「そんな事より、ベルドさんはなぜコルヴス・コラックスを探そうと思ったんですか? 竜と何か関係があるんですか?」


 ヒッテが尋ねるとベルドは少し考えて、「これは俺の推論だが」と前置きして説明し始めた。


「竜は、人々の絶望の色が濃くなると現れると言われてる。なら、なら、バッソーから聞いていた共感力が高いというコルヴス・コラックスが何か鍵を握っているんじゃないかと思ったんだ」


 その言葉を聞いてグリムナはリヴフェイダーの方を向いて問いかけた。


「そう言えば前に、竜が生まれたのはこの大陸の人間がコルヴス・コラックスの子孫だからじゃないか、って言ってたよな?」


 彼の言葉にリヴフェイダーは笑顔で返すのみ。


「そうだ、思い出した! 『人間が竜を生み出した』とも言っていた! あれはいったいどういう意味なんだ? 何か知っているんだろう」


 グリムナが問いただすとリヴフェイダーは余裕の笑みは崩すことなく、胸の谷間から小さな石をひとかけら取り出し、それをテーブルの上に静かに置いた。


「それは、あなた自身の手で調べるべきよぉ……コルヴス・コラックスを探すための方法なら教えてあげるわぁ」


 彼女の考えでは、物事の核心となる部分は『人間』自身の手で解決すべき、と考えているようである。


「コルッピクラーニに何者かが潜んでいることは分かっていたわぁ。そして、結界魔法によって『迷いの森』と化して侵入者を拒んでいるのよぉ」


 『迷いの森』……その言葉はヒッテは聞き覚えがあった。確か以前にフィーが言っていた、侵入者を遠ざける呪法である。彼女はフィーの方をちらりと見た。


「『迷いの森』……」


 小さい声でフィーが呟く。


「実在したんだぁ……」


「え!?」


 続けて呟かれた言葉に思わずヒッテが聞き返す。


「いや、前にフィーさん迷いの森がどうのこうのって言ってましたよね? 知ってるんですよね?」


「も、もちろんそうよ!」


 取り繕う様にフィーが叫ぶ。これはいつもの、ヤバい感じである。


「こっ、これよ! この石で、結界を破るのよ! この石を……その、あれや……ええ感じにすることによって……呪いが、その……ええ感じになるんや……」


「良かった、知ってるなら話が早いわぁ、じゃあフィーさん、結界の事はあなたにお任せするわぁ」


そう言ってリヴフェイダーは石を手に取り、フィーの手のひらの中に収めた。


「ちょ、ちょっと待って……こいつ怪しいぞ。リヴフェイダー、詳しい方法を教えてく」

「私が大丈夫って言ってんだから大丈夫なのよぉ!!」


 フィーの態度に不安を感じたグリムナがリヴフェイダーに助けを求めようとしたが、しかし意地になっているフィーはそれを拒否した。


「ヒューマンごときがイキってんちゃうぞコルルァ!! 世界樹エルフの実力見せたらぁオルルァ!!」

「偉い! その意気よフィー!! ついに世界樹のり人としての自覚が芽生えたのね!!」


 メルエルテまで乗ってきた。


「グリムナ、コルヴス・コラックスを探しに行くのなら、俺も連れて行ってほしい……」


 盛り上がる二人に圧倒されていたグリムナにベルドが話しかけてきた。しかしグリムナは戸惑いが隠せない。それも当然だろう。ベルドはつい最近までブロッズに監禁されており、筋力の低下から自力での歩行すら難しい状態なのだから。


「頼む! リハビリも順調だ。決して脚は引っ張らない。これは、俺の個人的なでもあるんだ!」


「そ、それは構わないが……」


 真剣なベルドの表情に気おされ、グリムナは眉間にしわを寄せ、そしてしばらく考え事をしてからフィーとメルエルテの方を見る。


「本当に見つかるのか……?」

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