第127話 最強の刺客

「まあ、そうですか……」


 グリムナは難しい顔でお茶を濁すように微妙な返答を返す。バッソーの専門分野は人類学。しかし、竜の発生と封印がネクロゴブリコンの言うように人の意識とリンクしているならば、いずれ何かつながることもあるかもしれない。だが今はどうやら彼は何も分からない……まあ、使えないじじいである。


「他に何かわかったことがあったら、いつでもいいんで言ってください」

「どうせ何も分かんないわよこのおじいちゃん」


 グリムナは彼を気遣ってか穏便な言葉を投げかけたが、フィーは冷淡な反応である。冷淡な反応はヒッテも同じであるが。


「人類学的に、コルヴス・コラックスについては何か知らないんですか?」


 ヒッテが問いかけると、バッソーはまた難しい顔をして考え込む。


「ううむ……儂も噂くらいは聞いたことがあるが、どこにおるのかも知らんし、噂以上のことは知らん。正直与太話の一種じゃと思っておった。……しかし、人の持つ共感力は、それこそ人が進化の中で勝ち得た他の生き物にはない能力じゃ。『ヒト』はただ一人ではただの動物と変わらん『ヒト』でしかない。しかし群れの中で生きることで他者との関係性の中に生きる『人間』となるのじゃ」


 グリムナは興味津々と言う感じで聞いているが、ヒッテとフィーの反応はいまいちである。どうせまた何か難しい風なことを言ってお茶を濁そうとしているに違いない、と思っているのだ。


「そこで人が他の動物よりも優れておるのがこの『共感力』じゃな。これは男よりも女の方が強いと言われておる。これがあるから人は、他人を傷つけることをためらう。恐らくそれが極端に強い民族なのじゃろう、コルヴス・コラックスは。そしてこれは同じ民族でも差が激しい。例えばその共感力が極端に強い人間が、まさにグリムナであるし……」


 バッソーはちらりとグリムナの顔を見て続ける。


「逆に勇者ラーラマリアはそれが極端に弱い人間に見える。共感力の低い人間は、他者の気持が分からんし、他人を傷つけることに躊躇がない。サイコパス、と呼ばれる人間じゃな」


「コルヴス・コラックスについては……?」


「う……うむ、また何か思いついたことがあれば……」


 ヒッテの質問にバッソーは、やはり言葉を濁しただけであった。ヒッテはエロじじいを諦めて、グリムナの方に振り返って問いかけた。


「レニオさんは、他には何か言ってましたか?」


 ヒッテが問いかけると、グリムナは表情を暗くして答える。


「教会が、『最強の刺客』差し向けた……と」


「最強の刺客!? あのブロッズより強い奴がいるっていうの!?」


 フィーが思わず聞き返すが答えは返らない。当然、グリムナにも詳細は分からないのだ。ただ、レニオによるともうだいぶ近くまで迫っているはず、とのことである。


 最強の刺客……ブロッズよりも強いということであろうか。聖堂騎士団は大陸最強の騎士団と呼ばれている。その騎士団の中でも最強との呼び声高い第4騎士団。その団長をグリムナは退けたのだ。実力で……と言われると少し疑問符が残りはするが、しかしとにかくそのブロッズより上の人間がいるというのか、そしてその最強の刺客がグリムナを狙って、もう近くまで迫っているというのだ。


 いったいどんな人間なのか……それとも組織なのか。その晩、グリムナはベッドが鬼ほど固い事も相まってなかなか寝付けなかった。



 次の日の昼頃であったか、また石の如く固いパンを出されてしばらくしてからグリムナは衛兵に呼ばれて自らが尋問されていた部屋、衛兵の詰め所の一角であったが、そこに4人とも呼び出された。


「調査は終わったんですか? 殺された人なんて誰もいなかったでしょう?」


 グリムナがそう言うと衛兵ははぁ、とため息をついてイライラした表情で答える。何か疲れているように見える。


「そっちはすぐに片付いたんだがな……まあ、昨日のうちに終わってたから実を言うと夜か、朝一にでも開放できたんだが……ちょっと『待った』がかかっちまってよぅ……」


 嫌な予感である。グリムナがおずおずと衛兵に話の続きを促す。


「やれやれ、お前さん等一体何やらかしたんだ……? よりによってあんな面倒な連中が出てくるなんて……」


 そう言って衛兵は頭を抱えて机に突っ伏した。


 面倒な連中……一体何の話だろうか。グリムナが知っている最強にめんどくさい女はラーラマリアである。しかし彼女には昨日会っているし、この衛兵もそれは知っているはずだ。次点で国境なき騎士団のイェヴァンとフィーの母、メルエルテであるが、心当たりがないし、彼女らは公権力に手を回せるような権力者ではない。しかしこの考えは実は当たらずも遠からず、と言うところだったということが後から分かるのだが……


 もしやすると、昨日留置所で話していた『最強の刺客』と言うものであろうか、とグリムナは思い至った。そうすると、やはり『最強の刺客』とは個人ではなく何らかの組織であったということになろう。何しろ衛兵に手をまわして無実のグリムナ達の釈放を阻害できるような組織なのだから。


「入るぞ!」


 その声と共にドアが勢いよく開くと衛兵は慌てて立ち上がり、ドアの方に敬礼をした。


 聞こえたのは女性の声であった。ドアからは白銀の全身鎧を身にまとった女性、言い方は悪いが、少しとうの立った、黒髪を後ろでまとめた30過ぎの女性の騎士であった。女性の騎士の話など聞いたことはない。女性でも騎士になれるのか。いや、少し前に会った国境なき騎士団のイェヴァンは女性であったが、彼女らは勝手に『騎士団』を名乗っているだけで実は騎士の位など持ってはいない。


 女性は、二人の部下、こちらもやはり女性であったが、その二人を引き連れて部屋にずかずかと入って来た。衛兵はなるべく彼女らと距離を取りながら部屋の隅に立つ。女性の騎士は立ったまま座っているグリムナ達を見下ろしている。


 しばらくそうして見下ろしていると彼女は「はぁ」と大きなため息をついた。


「なってないわねぇ……普通こういうときは身分の上下関係がなくても立って迎えるか、もしくは『どうぞおかけください』って言うもんじゃないの? これだからガサツなクソオスは……」


 確かに席を立たなかったのは落ち度であるかもしれないが、状況の分からないグリムナにそんなことを言われても困る。それにここは別にグリムナの部屋ではないのだ。グリムナが『おかけください』と言ったらそれはそれで何かおかしいだろう。どうも言うことのピントが外れた女である。


 女騎士は手を後ろで組んで胸を張った姿勢でさらに口を開いた。


「私の名はアムネスティ……」


「………………はぁ……」


 ぶちっと、音が聞こえたような気がした。いやそんなはずはないのであるが、次に彼女の口から放たれたのはそんな効果音が聞こえてきたと錯覚しそうなほどの怒号であった。


「はぁじゃないだろう!! こっちが名乗ってるんだからそっちも名乗れよ!!」


 全員がビクッとした。特に衛兵は顔色も青ざめて、完全に生きた心地がしない、といった様相である。


「す、すいません、グリムナと言います。回復術士してます」


 もし刺客であれば、自らの得意手を晒すのは死を意味する。しかしそんな冷静な判断ができないほどグリムナは委縮してしまっていた。言う必要のない自分の職業を言ってしまった。しかし彼女はそれを知っていたのか、特にそれに驚いたりのリアクションはせずに言葉を続けた。


「フンッ……これだから野蛮なオスは嫌いなんだ。一度こういったゴミ共は隔離するべきだな……そうすれば、虐げられている多くの女性が救われ……そうだ、早くそうするべきなんだ。こいつらがいつまでも女性を性的搾取の対象にするからいつまでもこんな野蛮な社会が変わることなく……」


「アムネスティ様、アムネスティ様……!」


 後ろに控えていた従者らしき女性につんつんと突かれて、なにやらブツブツ言っていたアムネスティはようやくハッとして正気に返った。ゴホン、と一つ堰をしてからゆっくりと、はっきりした声でグリムナに話しかけてくる。


「我らはアムネスティ人権騎士団の者だ。回復術士グリムナ。お前に児童虐待の嫌疑がかかっている! おとなしくお縄につけ!!」

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