第288話 一分で分かるグリムナ旅の軌跡

 秋口に差し掛かる山間の道、二人の女性が旅路を進む。


 女性だけで連れ立っての旅など相当珍しい。そんなものは野盗や傭兵団に『襲ってください』と言っているようなものだからだ。そんなものは常識である。

 常識であるからこそ、女だけの旅路とあればそれだけ腕に自信でもあるのか、ともなるのだが。


 二人は少しずつ黄色く染まりつつある山の樹木にも視線をやることなく、何やら話をしながら山路を比較的早いペースで歩いていた。


「ところで、グリムナってどういう人物なんですか?」


「どういうって?」


「たとえば、外見とか……ほら、偶然どこかで会ったりした時に外見が分からないとスルーしちゃうかもしれないじゃないですか」


「外見……外見かあ……」


 問いかけられたフィーは腕組みして立ち止まり、そのまま考え込んでしまった。


「え、まさか、外見覚えてないわけじゃないですよね?」


「私の事なんだと思ってるのよ」


 ポンコツエルフ。


「そうじゃなくてね? ぶっちゃけあいつ外見にははっきり言って何の特徴もないのよね……黒髪に茶色い目で、中肉中背、顔は……まあ整ってはいるとは思うけど、目を見張る様な美形ってわけでもなければ、もちろん不細工ってわけでもないし。

 ……まあ、ぱっとしない外見ね」


 ぱっとしない外見。


 アンキリキリウムで見た男の特徴と一致する。特徴がないことが一致する。そんなぱっとしない奴が自分の人生のカギを握っているというのも嫌だなあ、と思いながらも、ヒッテは気を取り直してフィーに再度質問する。


「じゃあ、他は? 性格とか、どんな人間だったかとか……ヒッテが思うにですね、ロリコンじゃないかと思うんですけど。5年前、12歳のヒッテを奴隷商から買い取って連れまわしてたってことから考えても」


「ロリコン? ん~、そういうんじゃないわよ……んん、ロリコン、じゃ、ないよな? どう言ったらいいのかな……」


 再び歩き出しながら妙に歯切れの悪い回答をするフィーにヒッテは少し暗い顔をしながらも訊ねる。


「隠さなくてもいいんです、フィーさん。自分の過去に何があっても、絶望したりはしませんから。ヒッテは……その男に、体を弄ばれてたんですね?」


「どっからそういう発想が出てくるのよ。ヒッテちゃんそういうのが好きなの? えっちね」


「むぅ」


 頬を膨らませるヒッテの顔を見てフィーはふふっと笑った。


「グリムナはね……」


 しかしフィーが口を開いたことでヒッテは表情を戻して真剣な顔になって話を聞く。



「ホモよ」



 思わず口をつぐむヒッテ。


 いや……それはお前のBL小説内での設定だろう。と、ヒッテは当然思う。ヒッテとフィー、二人の年頃の女性をわざわざ連れて旅をする男がホモでなどあるはずがない。当然彼女はそう考える。


 その考えはどうやらこの鈍い女にも通じたようで、フィーは言葉を続ける。


「たしかにね? 彼が直接男が好きだと言ったところや、ヤッてるところを目撃したわけじゃないわ……でもね、彼は、私の目の前で何人もの男とキスをしたわ……」


「え……?」


 それは小説に書いてる妄想の話ではなくてか、本気で言っているのか、この女は。ヒッテの疑問は尽きない。とうとうこの女、妄想と現実の区別すらつかなくなってきたのではないか、そうとすら思った。


「少なくとも私の知る限り、彼が女性とキスしたなんて話は一度も耳にしたことはないわ」


 フィーはグリムナが国境なき騎士団のイェヴァンやマフィアのノウラ・ガラテアとキスしたところには居合わせていない。


「え、そ、それじゃあ、ガチもんのホモじゃないですか……」


「ふふ、その通りよ。彼はまだ自分の中の内なるホモの声と正面から向き合うことはできていないみたいだけれど、100年に一人の逸材なのは間違いないわ。どう? あなたにも彼の魅力が分かってきたかしら?」


 ろくでもねえ奴だな……ヒッテはだんだんと気が重くなってきた。それに対しフィーは歩きながら、ちらりと横目でヒッテを見てにやりと笑う。どうやら彼女の中では『グリムナの魅力が伝わった』と思っているようだ。


「他にもいろいろあるわよ? 裁判所でゴルコークにケツの穴いじられたりとか、聖騎士に浣腸したら逆噴射くらって汚物の匂いまみれになったりとかね……」

「ええええええ……」


 やばい。想像していたものの100倍ヤバい。しかもだ。思っていたものとは全く別方向でのヤバさであった。


「アナル関連以外の思い出は何かないんですか……? その、いいエピソードとか……」


「アナル関連以外……」


 フィーが顎をさすって少し考えこむ


「難しいこと言うわね……」


 むずかしいのか。


 やがてフィーはまた歩き始めながらゆっくりと語りだす。


「そうねぇ、私は現場に居合わせてなくって、バッソーに後から聞いた話になるんだけど、砂漠でおしっこ飲んだりしたらしいわ」


「なぜ」


 なぜ……と言われても、人は水分が無くては生きてはいけないのだ。


「そういえばコスモポリの町で人体切断したこともあったわね」


「人体切断……マジックじゃなくて、ですか?」


「ええ、マジックじゃなくて人体切断そのものね」


「…………」


 ヒッテはますます気が重くなってきた。どうやらグリムナという人物は、思っていた以上にヤバい人物のようだったからだ。そんな超危ない奴と一年もの間一緒に旅をしてきた……もしかしてこれは、黒歴史というやつなのでは? と、そう思ったのだが、次にフィーが話したのはもっとヤバい事実であった。


「まあ、そんなグリムナにヒッテちゃんは惚れ込んで、愛の告白をしたんだけどね」


「なんだと」


 ヒッテは思わず立ち止まる。


「どうしたの? ヒッテちゃん」


 心配そうな表情でフィーも立ち止まるが、ヒッテは汗が止まらない。随分と北の方に来て、秋も深まりつつある、涼しい風が吹いているというのに。


(そんなキ印のつく超ヤベー奴に、ヒッテが愛の告白を……?)


 何か、精神汚染を受けていたのではないか。催眠か、魔法か分からないが、そう言った怪しい秘術の類でもって、自分は自由意志を奪われていたのではないか。そうでなければそんな危ない奴に愛の告白など考えられない。ヒッテはそう思った。


 会いに行っていいのだろうか……そんな危険な奴に。ヒッテは再度歩き出しながらも、ますます気が重くなった。本当に記憶を取り戻すべきなのか、思い出さない方が幸せなこともあるんじゃないだろうか。


(まあ、あと、ローゼンロットに助けに来てくれたり、もうすぐ着くエルルの村で人命救助したりとかもあるけど、そういうのはなんか照れくさくて言いづらいわね……)


 フィーの、余計な気遣いである。


(な……謎だ。明らかになれば明らかになるほど、過去の自分が信じられなくなる。本当に、ヒッテの過去、探して大丈夫なんだろうか……)


「グリムナ……一体何者なんだろう」


 ヒッテは秋の空を見上げた。

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