第149話 騎士団VS騎士団
「ブチ
ばんえい競馬に使われるような巨馬にまたがったメザンザの号令と共に騎士の群が前進を始める。前回の話と前後して五日ほど前のことである。そして、グリムナの公判の際、妙にメザンザが機嫌が良かった事とも関係しているのだ。
場所はヤーベ教国との国境近いピアレスト王国にある。メザンザが自ら指揮する騎士団はその数約五千。対する相手は約千、統一されていない様々な鎧を見ればそれが正規軍でないことは明らかである。
「ゆくぞ、我らゲーニンギルグの力を見せるときだ!」
そう声を上げたのはメザンザが率いている兵隊、第一聖堂騎士団、通称ゲーニンギルグのトップ、ヤー・バニシ・プリバティーズ騎士団長である。
ヤーベ教国の正規軍の役割を担う第一聖堂騎士団。ヤーベ教国、そして首都ローゼンロットを守るものとして、ローゼンロットの町を作った人物ゲーニンギルグの名で呼ばれる。しかし多くの国でベルアメール教の教えが広められている今、ヤーベ教国に攻め込もうなどと言う不埒な国はおらず、ヤーベ教国で最強の軍隊と言われている彼らに活躍の場はない。
最近では数が少なく、個人の戦闘力の高い第四騎士団、通称暗黒騎士団が『最強』と呼ばれ、第一騎士団は『穀潰し』だの『無用の長物』だの『刺身のツマ』だのと呼ばれている。あれは本当にどう食べたらよいのか。
そんな彼らが力を発揮できる数少ない機会、しかも大司教メザンザの目の前でだ。自らの力を誇示できる、彼らは必要以上に肩に力が入っているように見えた。
対する約千人の兵士達、彼らの中心には一人の大柄な女性がいた。
「やれやれ、まさか他国の領土にまで乗り込んでくるとはね。この剣がよほど欲しいと見える」
そういいながら腰に差した剣の柄をなでる大柄な女性、それは『国境無き騎士団』の長、イェヴァンであった。
赤黒い魔剣サガリスをいつも通り右手に抜き身のままもち、そして腰に差している剣の鍔の中心には緑色に輝くエメラルドのような宝石が輝いていた。
「アルトゥーム、こいつはアンタが持ってな!」
そう言うとイェヴァンは腰に差していた剣を鞘ごと横に控えていた副団長、アルトゥームに投げた。アルトゥームは驚きを見せながらイェヴァンに尋ねる。
「え、いいんですかい? 団長、せっかく手に入れた聖剣エメラルドソードを……」
「アタシにはこの魔剣サガリスがある。そいつの試し切りはアンタがしな!」
イェヴァンはアルトゥームのほうを見向きもせずにそう答えた。エルルの村付近での作戦中(第74話参照)に裏切りを見せた副団長アルトゥーム。しかしイェヴァンはすでにそのことがなかったかのように彼を信頼しきった態度を見せた。グリムナとの戦いによって彼は改心した。もはや裏切ることはない、そう思って信頼しているのだ。
変わったのはアルトゥームだけではない。イェヴァン含め数人の幹部達も同様である。以前はちょっとしたことですぐに仲間でも『処刑』し、村を見つければ即略奪、女子供をさらって凌辱の限りを尽くし、飽きれば奴隷として売り払う。まさしく悪鬼の如き輩であったが、ここ数か月は大分様相が変わってきていた。
もちろんゴリゴリの戦闘集団であり、略奪をすることは変わらないのだが、仲間内での『処刑』は鳴りを潜め、村を略奪しても人をさらうことは大分減ってきていた。それはおそらくイェヴァン含め幹部の多くがグリムナの『キス』を受けたことが強く影響していることは言うまでもないだろう。
代わりに日銭を稼ぐために各地の領主や国からの依頼による傭兵稼業には精を出しており、やはり人殺し集団であることは変わりないのだが、しかしそれでも以前のような狂犬がポメラニアンに見えるようなキチガイ振りは見られなくなってきていたのだ。その日銭を稼ぐ手段の一つとして受けた仕事の一つがヤーベ教国からの聖剣奪取の依頼であった。
彼らが聖剣を所持するヴァロークの居所を突き止め、強襲すると、意外にもヴァロークはあっさりとその聖剣エメラルドソードを引き渡し、その特性まで丁寧に彼らに教えてくれた。イェヴァンはその態度を大層不審に思っていたが、しかしそれでも依頼は存外に簡単に達成できた。あとはそれをメザンザに引き渡すだけであったのだが、しかしここでイェヴァンの心にはむくむくと野望が浮かんできていたのだ。
世界を滅ぼすといわれる竜に対抗できる唯一の手段と言われている聖剣エメラルドソード、それを自分達のものにできればかねてからの彼女たちの『野望』が達成できるのではないか、そう考えたのだ。
イェヴァンの野望、それは自分たちの『国』を手に入れることである。『自由』『平等』『平和』、この三つを実現できる国を打ち立てる。それが彼女の野望である。そのために依頼を受けたまま聖剣エメラルドソードをパクってやろうと考えていたのだが、メザンザはそう甘くはなかった。
彼女らはヤーベ教国に立ち入らないよう慎重に行動していたが、メザンザ達は許可を得たのかどうかはわからないが、ここ、隣国のピアレスト王国にまで進軍してエメラルドソードを奪取に来たのだ。
さて、ゲーニンギルグ第一騎士団と国境なき騎士団が衝突を始めた。先頭で戦っているのはエメラルドソードを装備したアルトゥームである。イェヴァンはまずは様子見、という感じで軍の最後方で戦況を見定めている。
「ゲーニンギルグのお坊ちゃん達がどこまでやれるか見せてもらおうかねぇ?」
騎馬集団を最前線に置いている聖堂騎士団に対して、国境なき騎士団は全員馬から降りて構えている。混戦に持ち込めば戦経験の豊富な自分たちが絶対に勝てる、という心づもりのようだ。
騎馬兵はその突進力と位置エネルギーを利用したスピアーの刺突と槍の叩き落しで攻撃してくるがアルトゥーム達はそう簡単に突き崩されない。逆にそのスピアーを華麗にいなし、アルトゥームのエメラルドソードが鎧の隙間を狙って聖堂騎士の体を串刺しにした。
「おあああぁぁぁ……」
刺突を受けた衝撃で聖堂騎士の兜が飛んだが、その時異様な事態が起こった。刺された部位は脇、動脈が通っており、危険な個所ではあるものの即死するような部位ではない。しかし兜を飛ばされたその若い騎士は確かに20代くらいの顔であったが、みるみるうちに肌が土気色になっていき、ミイラのように骨と皮だけになって落馬し、それ以降動くことはなかった。
一瞬で絶命したのだ。逆に騎士がしぼんでいくのに反比例するように聖剣の鍔の中心にあるエメラルドのような宝石は光り輝いていた。
アルトゥームの周辺でも聖堂騎士と国境なき騎士団との衝突は起こっており、すでに混戦の様相を呈していたが、周囲の戦士たちは戦いながらもその異様な光景の目撃者となっていた。
「これは……? 確かにヴァロークの連中は『人の魂を吸う剣だ』と言ってたが……」
その異常事態に一番驚いているのは他ならぬアルトゥームであるように見えた。
あっけにとられているアルトゥームに後ろから聖堂騎士が剣で切りかかる。それに気づいたアルトゥームはエメラルドソードで受けようとしたのだが、なんと切りかかった聖堂騎士の剣がエメラルドソードに触れた瞬間真っ二つに折れてしまった。
アルトゥームはその隙を逃さずに騎士に切りかかると、今度は関節を狙ったわけでもないのに袈裟懸けに鎧ごと聖堂騎士を真っ二つに両断した。
斬撃の瞬間またもエメラルドが光り輝く。両断された騎士の体はほとんど出血もせず地に転がった。バイザーの上がったその兜からはやはりミイラのような骨と皮だけの顔が覗いている。
「『魂を吸う』って……こういうことか……そして、切るほどに、力が増していく……」
アルトゥームが笑いとも恐怖ともつかない表情で手元のエメラルドソードを見つめながらそう呟いた。その後も聖堂騎士が切りかかってくるが、アルトゥームはフルプレートアーマーも剣もスピアーも、バターを切るが如く全く抵抗なく切り刻んでいく。
寡兵の国境なき騎士団はアルトゥームを中心に扇状に展開していた。本来なら中心にいるアルトゥームに敵が集中している隙に左右に展開している味方が敵を包囲するはずなのだが、五倍もの兵力差があってはこの陣形は機能しない。
しかしそんなことはすでに全く問題にならなかった。なぜなら中央に陣取っているアルトゥームが全く突き崩せないからだ。
もともと兵力差はあれど、両者の力関係には圧倒的な差があった。他国に攻め込まれることがなく実践経験の乏しい聖堂騎士団に比べ、文字通り常在戦場の国境なき騎士団である。しかし五倍の戦力差があれば勝負は見えたかに思えたのだが、エメラルドソードが場の空気を完全に支配していた。
最前線の聖堂騎士団はすでに恐怖にのまれ、アルトゥーム達は逆にじりじりと戦線を押し上げてくる。あり得ない光景であった。
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