第241話 モンスターバージン

「とにかく! あんたは間違ってるのよ! カマラ!!」


 突如としてアムネスティが激怒した。その気迫に押されて思わずカマラは鍔競り合いをしながらも怯んでしまう。少しフィーが押し返した。


「あんたね! それでも人権騎士団の幹部なの!? フェミニストとしての矜持はないの!!」


「いえ、そもそもフェミニストじゃなくて人権擁護団体職員ですけど」


 騎士だろ。


 どうやらアムネスティは説得する方向は諦めてパワハラ攻撃に切り替えたようである。


「黙らっしゃい! あんたみたいな男に媚びを売る奴がいるからいつまでたってもこの大陸の女性の地位が向上しないのよ!  この大陸の人類の進化があんたのせいで阻害されているっていう自覚はあるの!?」


(あいかわらず主語がでかい……)


 鍔迫り合いをしながらもフィーは心の中で突っ込む。しかしその表情は疲労の色が濃い。すべてアムネスティのせいである。


 しかしこの威圧にもカマラは怒りの炎を燃やす。当然だ。いくら怖い上司でも目の前で恋人を殺されたとあらばそれに屈することなどできるはずがない。


「それと、今回の殺人と、何か関係でも!?」


(話し続けるなら、一旦鍔迫り合い止めて貰えないかな……)


 フィーの、心からの要望であるが、しかし今それどころじゃないのは如何にフィーが空気が読めないといっても察することができる。せめてカマラの殺気が向いているのが自分ではなくアムネスティなのが救いである。


「偉そうなこと言ってんじゃないわよこの飯炊きオナホが! 結婚なんかして家庭に入ったって、男に都合よく使われて消費されるだけだってのが分からないの!?」


「飯炊きオナホ!?」


「そ、そうよ。男に都合よく使われる道具ってことよ! 男は女の事なんて、家政婦兼、あの……その、アレよ! チン……を、入れると……気持ちいい穴っていうか、そんな風に考えてる、のょ……」


恥ずかしいなら最初から言うな、このモンスターバージンが。


「とにかく! あんたがそんな男に都合のいい事ばっかり言う媚び売り名誉男性だとは思わなかったわ!!」


 憤怒の表情のアムネスティはとうとう一度収めた剣を再び鞘から抜いた。


(殺るつもり……ッ!?)


 はっきり言ってアムネスティの言葉は論点ずらしもいいところである。いくら彼女が女性の人権向上を説こうが、男性の悪辣さを説こうが(その内容もほとんど言いがかりみたいな妄想に近いが)、彼女が何の罪もない牢番を殺害し、その牢番がカマラの想い人だったことに変わりはないのだ。


 その辺りのところについてはアムネスティは一切言及していない。都合の悪いところはパスし、自分の反論できるところにだけ発言する。なんとも汚いやり方な上に、ただの逆切れである。


 アムネスティは剣を振りかぶって間合いを詰めようとする。カマラはつば競り合いをしていたフィーを力を流して後ろにパスし、これを受けようとするが、しかし力が入らない。フィーとの鍔迫り合いで力を使い果たしてしまったのだ。


 なんとかふらふらと剣を持ち上げて受けようとするが、傍目に見ても力が入っていないのが見て取れる。特に握力がもう限界なのだ。アムネスティは『これならどんくさい私でも殺れる』と笑みを見せる。保身のために部下を殺すことに何の躊躇もないのだ、この女は。


 もしかしたらフィーとカマラが対峙することでカマラの力尽きるのを狙っての会話の引き延ばしだったのかもしれない。まあ、多分そこまで考えてはいないと思うが。


 これで終わりか、愛する人の仇もとれずに私は死ぬのか、そう覚悟したカマラであったが、次の瞬間に聞いたのは自信から噴き出る鮮血の音ではなかった。剣と剣のかち合う金属音であった。


「ぐっ……」


「フィーさん!?」


 カマラが驚きの声を上げる。フィーがアムネスティの剣を受け止めたのだ。カマラ同様彼女も力を使い果たしているはずなのに。


「どういうこと! フィーさん、そいつは敵なのよ! 悪よ!!」


 フィーの意外な行動にアムネスティも驚きの声を上げる。自分の敵はみんな悪なのか、『この女、ホンマどつきまわしたい』とフィーは思ったが、それを口に出すほどの元気もない。アムネスティは力を緩め、剣を引いた。実際視界に入ったのがフィーだと気づいたからこそアムネスティは本気で剣を振り抜けられなかったのだ。力を使い果たしたフィーがアムネスティの剣を受け止められたのも原因はそこにある。


「フィーさん……なぜ……?」


 ようやく狂乱状態からおさまった空気の現場の中、まだ息の荒いフィーにアムネスティが問いかける。


「なぜって……?」


 息を整えようと深呼吸をしながら、フィーは考えた。正直言って、ここでアムネスティがカマラを切り捨てても自分には何の不都合もなかったはずなのだ。むしろ邪魔者が消えて、自分の脱出についての不安要素が消せたはず。

それでも、カマラを助けた合理的理由を見つけることはできなかったが、しかし合理的でない理由なら、彼女の頭の中には一つだけ答えが浮かんだ。


「……グリムナなら……そうすると思ったから」


 ここにきて、フィーの中に変化が表れていた。生まれて初めて自分よりポンコツな奴に出会って、そいつに振り回されて、今まで他人が自分を見ていた眼で、自分が他人を見る機会を得たのだ。それが影響してなのかどうかは分からないが、確かに今までのフィーとは何かが違っていた。


「と、とにかく、私はここを脱出するわ。アヌシュの事は簡単に決着がつく問題じゃないとは思うけど、二人に道案内をして欲しいの……」


 カマラはフィーの言葉を聞いて、俯いて深く考え込んでいる。アムネスティはそれを見て不安そうな表情を浮かべる。


「私は……」


カマラが何か言いかけた時であった。廊下の奥、カマラが歩いてきた方から声が聞こえた。


「自分の都合で人を殺しておいて、他人に擦り付けようとする。それもうまくいかなけりゃ今度は逆切れ……」


暗くてよく分からないが女性のようである。窓からさす月明かりでどうやら全身鎧を着た若い女だということは分かる。しかし、どうも聞き覚えのある声であった。


「教会もくそッスけど、団長はもっとくそッスね。人権活動家が聞いてあきれるッス」


 近くまで歩いてきてやっと顔が分かった。聞き覚えがあるはずだ。カマラと同じく人権騎士団の幹部、赤毛の少女のレイティだ。アムネスティに一言の断りもなくフィーに対してグリムナへの助けを求める手紙を書くように指示し、どういうわけかその後は行方をくらましていた女。そのレイティが姿を現したのだ。


「レイティ……戻ってきていたの」


 普段と少し雰囲気の違う彼女にアムネスティが声を上げる。いつまで休暇か把握してないのかこの上司。


「どうしたの、レイティ……団長の目の前で表立って批判するなんて、らしくないけど……」


 カマラも驚きの声を上げる。普段のレイティとはあまりにも雰囲気が違う。普段は子犬のように愛想を振りまいて、騎士団の妹分の様な感じで可愛がられているような存在がレイティである。そのレイティが、あんなことがあったとはいえ、騎士団で外からも内からも恐れられているアムネスティに噛みついたのだ。


「忌憚のない意見ってやつッス。それでも文句があるんならいつでも喧嘩上等ッスよ?」



 場の空気は、レイティが支配していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る