第354話 救援
「フィー!!」
致命的なミスだった。しかし少し冷静に考えれば分かるはずの事でもあった。
グリムナはすぐに彼女に駆け寄って抱き上げ、追撃をしようと拳を振り下ろす、その巨大な腕をかいくぐる。
衝撃が伝わったのか「くうっ」とフィーが小さな声を漏らす。おそらく胸骨にひびが入ったか、折れているのだろう。
そう、単純で、そして致命的な判断ミス、認識ミスだった。
グリムナ達は入り口から入ったのではない。だから、ゴーレムが、『門番の彫像が何体あるかは知らなかった。しかし通常であればそういったものは必ず左右一対で配置してあるはずなのだ。『少なくとも偶数であること』は、確実なのだ。
フィーをお姫様抱っこの状態で抱え上げながらゴーレムから距離を取ろうとグリムナは走る。回復魔法をかけている時間はないし、さすがに人一人抱えた状態で走りながら『それ』を使うこともできない。
(今は、このゴーレムが4体、6体じゃないことを祈るばかりだ)
ゴーレムの歩みは緩慢であるものの、しかし歩幅が大きい。ずんずんと足音を響かせながら2対のゴーレムが追ってくる。
「下ろして、グリムナ! このままじゃ二人とも捕まる!」
カンテラを抱くように持ちながら苦しそうにフィーが小さい声で叫ぶ。
「もう少し……もう少し……!!」
グリムナはこの申し出を当然拒否。「この期に及んで急に自己犠牲を見せようとするな」と言いたいが、今のグリムナにはそこまでの余裕はない。ただもう少し。もうほんの少しゴーレムとの間に距離ができれば、フィーを下ろして、回復する時間が取れるはず。
あと数歩だけ、ほんの2メートルでも距離が取れれば、そうグリムナが思った時、二人は絶望した。
進行方向から、新手の敵が現れたからだ。ずるずると尻尾を引きずる音、慎重にこちらの様子を窺いながら前傾姿勢で近づく、石槍を構えた影。リザードマンだ。
グリムナは慌ててフィーを下ろして息を整える。ゴーレムはあの巨体では二体並ぶことは出来ず、少し互い違いに一列になって追ってくる。
ちらり、とそれを視認してからグリムナはフィーの胸に手を当てる。すぐに彼女の胸の痛みは治まった。
「あ……おっぱ……」
何か言おうとしてフィーは口をつぐむ。さすがにこの空気で言うのはまずいと思ったようだ。
「フィー、壁に密着して戦うんだ……ゴーレムは遺跡を攻撃できない……」
「り……リザードマンは、どうするの……」
「む……」
しかし考えてる余裕などない。すぐに最初のゴーレムが二人に襲い来る。もう一体、後ろのゴーレムは前のゴーレムが邪魔で攻めあぐねているようだ。だが……
ゴーレムの拳を躱した直後、グリムナとフィーの足元が交錯する。狭くて思うように動けないのはグリムナ達も同じなのだ。グリムナがバランスを崩す。その隙をついて、ずっとこちらの様子を窺っていたリザードマンが石槍を繰り出して来た。
「ぐっ!!」
リザードマンの石槍が彼の肩を突き刺す。鋭くない槍ではあるが、しかしヒューマンとは膂力が違う。
「グリムナ!」
フィーが急いでレイピアでリザードマンに切り付ける。硬いうろこに弾かれて有効なダメージを与えられないが、しかし注目すべきはそこではない。石槍によってグリムナの動きが『縫い止められて』しまったのだ。ゴーレムの一撃を受けてしまう、そう思われたが……
「ギェ!」
その声はリザードマンから発せられたものであった。見れば、リザードマンの脳幹を剣が突き刺し、口から剣身が飛び出ている。リザードマンを挟んで向こうにいた人影、それはラーラマリアであった。
次いで、ラーラマリアとリザードマンの横を人影が一陣の風の如く走り抜ける。動けなくなっているグリムナに振り下ろされようとしていたゴーレムの腕を掴み巻き込むように引き込み、急激に外側に反転、小手返しである。
バランスを崩したゴーレムはなすすべなくひっくり返り、そしておそらくは1トン以上ある体のため、自重による衝撃で粉々に体が砕け散った。
「ヒッテ……?」
痛みに耐えながらグリムナが小さく呟く。それに対し、もう一体のゴーレムとグリムナの間に割って入るように立ちはだかって、ヒッテは彼に叫んだ。
「グリムナさんは自分のけがの治療を! こいつは私に任せて!」
一瞬『情けない』とも感じたが、しかし逡巡している暇などない。グリムナはすぐに医師槍で刺された傷を回復させる。
その間にゴーレムは右の拳を角度をつけて打ちおろす。ヒッテはそれを上方向にそらしながら前進して払う。そのまま相手の左側面に滑り込みながら、やはり巻き込むように右腕を引き込み、同時に自分の体は右向きに回転しながらゴーレムの反転した体に後ろから足払いをかける。
一瞬でもタイミングが外れればこの投げ技は成功しないし、ゴーレムが関節を極められていることを無視して体重をかけてのしかかればヒッテは潰されていただろう。しかし彼女はこの四方投げで見事ゴーレムの右腕と頭部を粉々に破壊した。
「投げ技が有効だったのか……ありがとう、ヒッテ、ラーラマリア……助かったよ。一体どこから入って来たんだ?」
ラーラマリアはリザードマンの死体の上に乗って無言でその体をブスブスと剣で突き刺している。その様子をちらりと見てからヒッテが答えた。
「外にあった遺跡の外側……あれは天井でしたが、アレにオオガラスの絵が描かれてましたよね? 建造物としてみた場合くちばしが奥、尾羽が手前側になるんじゃないのかと思って、スコップで砂を払いながら屋根の形を確認して、その向きから入口の方向を探したんです」
「ああ……」
グリムナは膝をついて悔しがる。
「そういうの、俺もやりたかった……」
「何暢気なこと言ってるのよ! もう少しで死ぬところだったんだからね! やっぱりあの時入口に向かって進むのが正解だったんじゃない!! お母さんの罠にはまることもなかったんだから!」
フィーは今回の件については随分グリムナに対して怒っているようだ。それも仕方あるまい。出口を探し、仲間と合流する前に遺跡を調べたい、と言い出したのは完全にグリムナの我儘なのだから。
「ま、まあ、こうして無事だったんだからいいじゃない。それにさ……」
グリムナが半笑いでフィーの肩をぽん、と叩く。
「いい小説のネタになるじゃん……」
「むぐ……」
フィーが今一番触れられたくないことである。恋愛小説の事がグリムナにバレたことの傷はまだ癒えてはいない。彼女は取り繕う様に話題を逸らす。
「そ、そんな事よりラーラマリアはいつまでブスブスリザードマンを刺してるの!? もうソイツ死んでるわよ! 怖いからやめてよ」
夢中になってリザードマンの死骸を刺していたラーラマリアは手を止めてフィーの方に顔を上げた。
「オーガの時もそうだったけど、なぜかコイツ干からびないのよ……エメラルドソードって人間にしか効かないのかしら……」
しかしグリムナはこの話題にはあまり興味がなかったようで、それよりも一緒にいるはずの人間がいないことが気になって仕方なかった。
「リズはどこに……? それと……あのババアは」
「リズさんはメルエルテさんが逃げないように見張ってます」
ヒッテの答えによると、どうやら外でもメルエルテが不穏な動きをしていたことに気付いたようであった。グリムナが苦々し気に呟く。
「あのババア、本当どうしてやろうか……」
「両手足をふんじばって全裸にひん剥いてサカリのついた大型犬と密室に閉じ込めるっていうのはどうですかね?」
ヒッテの提案力である。
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