第224話 ドキッ!男だらけのハーレムパーティー

 裏切り者の可能性……


 それを指摘されて真っ先に思い浮かんだのはビュートリットの事である。そもそもベアリスの捜索を依頼しておきながら彼女をグリムナごと砂漠に葬ろうとしたのが今回の騒動の発端であった。

 グリムナは思わずその単語を聞いて彼の方を向いてしまった。


 ビュートリットはバツの悪そうな表情をしている。彼自身、一度すでに裏切っている自分自身が信用がないのは分かっているのだ。


 次に思い浮かぶのは暗黒騎士ベルドであるが、しかし今回彼がこの屋敷にいたのは全くの計算外であるし、ずいぶん助けられたのも事実だ。しかし彼がもし、聖堂騎士団を退団したというのが嘘で、実は教会側と繋がっているとしたら……疑念は尽きない。


 怪しいといえばレニオとシルミラも怪しい気がする。そう思いいたって次にグリムナは彼女たちの方に目線を遣る。


 そもそもが勇者ラーラマリアの従者と行動していたはずの二人だが、今は全く彼女の行動を制御できていないようなそぶりを見せている。


 レニオが裏切っているとはグリムナは考えたくはないが……


「わ、私は何も知らないわよ! そもそも仲間を裏切るなんてこと、私はしないわ!」


 少し焦ったような表情を見せてシルミラがそう言うが、しかし本当にそんな人間ならそもそも仲間にホモ疑惑をかけてパーティーから追放なんてしないでくれ、というのが正直なグリムナの気持ちである。


 しかしそれはさておき、このメンバーの中で一番怪しい人物がいるとすればそれはやはりビュートリットである。グリムナは自然と彼の方に視線を持って行ってしまう。


「ビュートリットさん、あなたはこの動き、どう見ます? 我々は……いや、あなたはこの局面、どう動きますか?」


「そうだな……もはやベルアメール教会の助力は望めないどころか、敵対的な存在であることは確実だ。教会は王女の身柄を押さえてどうするつもりなのか……」


 少し考えこんでからビュートリットは再び口を開く。


「領土的野心があるのなら……革命派と王党派で力が均衡するように持っていきたいのかもしれない……ベアリス様がいれば正当性はこちらにある。それをあえて奪う事で両者を消耗させたいのだろうな……しかし、それが分かっていても我々は革命派と事を構えざるを得ないな……何しろ切り札を失ってしまったのだから……」


 彼の言葉を聞いてグリムナはううむ、と考え込む。確かに彼の言うことは筋が通っている。ベアリスの誘拐に彼が絡んでいるとしても、あまりうまみがないように見える。それどころか彼が言った通り切り札を失ったことによるマイナスの方が大きい。仮に今回の騒動でベアリスとグリムナを始末することの報酬として教会の助力を取り付けているとしても、彼のたくらみがすでに明るみとなってしまった今となっては、やはりリスクが大きすぎるように感じられた。


「グリムナ、疑わしいなら確かめる方法がありますよ」


 グリムナが悩んでいるとヒッテが立ち上がりながらそう言った。彼女はビュートリットの方にゆっくりと歩いていく。彼の席の後ろに回り込んでからヒッテは自分の首にかけられていたネックレスを外した。


「あ……それ……」


「グリムナのお師匠様から頂いた魔道具です」


 違う。借りパクしたのだ。


「月の光、嘘の輝き、水面みなもにたなめき姿を現せ……真なる姿を届け給え……」


 ヒッテが呪文を唱えながらそのネックレスをビュートリットの首にかけると、ネックレスについていた赤い宝石がボウッと鈍い光を放った。


「ネクロゴブリコン様から頂いた、この『真実の赤石せきせき』の前には、どんな虚飾も、その意味を成しません……」


「そんな名前だっけ? その石……」


 いまいち乗ってこないグリムナであるが、彼女の首にかけられていたネックレスは、元々はグリムナの師匠であるネクロゴブリコンの所有する魔道具であり、ヒッテの本音を知るために使った、対象の本音を聞き出すことのできる秘宝である。


 ヒッテの本音を聞き出したのち、なんとなく流れでそのままヒッテが返さず、借りパクしてきたのだ。それを思い出して、グリムナは少し渋い顔をした。


 とにかく、このアイテムを使えば、その者の言うことが嘘なのかどうか、それははっきりする。ヒッテがビュートリットに質問をした。


「今回のベアリス様誘拐事件、ビュートリットさんは絡んでいないんですか?」


 ビュートリットは黙ったままであったが、しかし彼の声でどこからか答えが聞こえてくる。


『もちろんだ。ラーラマリアは確かに教会の連絡役としてこの館に滞在していたが、まさかあんな凶行に及ぶとは思わなかった』


 グリムナは彼の尋問はヒッテに任せるつもりなのか、自分の荷物をまさぐりながらぶつぶつとしゃべっている。


「あれ? そういえばお師匠様に貰った呪符ってどうしたっけ? 結局一度も使い魔来なかったよな……」


 そうこうしている間にもヒッテはビュートリットへの尋問を続ける。


「ふぅん、じゃあ別にヒッテやグリムナ達を陥れるつもりはないんですね? もう教会とはつながっていない、ってことで間違いないですか?」


『もちろんだ……グリムナのキスと、ベアリス様の寛大な処置によって、私は生まれ変わることができた。これからは二人のために尽くすつもりだ』


 ビュートリットが口を開かずともすらすらと答えが出てくる。なんとも便利な魔道具である。これがあれば拷問官などあっという間におまんまの食い上げだろう。


「彼を裏切るなど、もってのほかだ。陥れるどころか……私は……グリムナのことを……」


 いつの間にかビュートリットは赤石による答えではなく、肉声で答えていた。


「ああ、彼のことを思うと胸が熱くなる……かなう事なら、もう一度……キスを……」


 何やら不穏な雰囲気になってきた。まだぶつぶつ言いながら荷物をあさっていたグリムナもギョッとしてヒッテとビュートリットの方に振り向いた。


「グリムナ……私は、君のキスで、本当の愛とは何か、やっとそれに気づくことができたんだ」


「ちょ、ちょっと待って! ちょっと待って!!」


 席を立ってグリムナのもとに歩み寄ろうとするビュートリットをグリムナが必死で制止する。


「おかしくない? おかしくない!? そんなこと聞いてないよね!! 裏切り者かどうか聞いただけだよね!? ていうかビュートリットさん奥さんとかいるでしょ!?」


「確かに妻も子供もいるが……しかし、真実の愛を知ってしまったんだ……別れるから……ちゃんとするから!!」


「しなくていい!! 来るな!!」


 しばらくテーブルをはさんでグリムナとビュートリットの追いかけっこが続いたが、しかしグリムナの立つ瀬もない拒否の姿勢を見せ続けられたことでやがてビュートリットは意気消沈して諦めたようであった。悲しそうな表情でうなだれているビュートリットからヒッテが赤石のネックレスを外した。


「ええと……次は……どうしようかな……フィーさんの手紙はゴリラのホモのことだったから……この中で一番ゴリラホモっぽい人につけてみましょうか」


 そう言ってヒッテはネックレスを今度はベルドの首にかけて呪文を唱えた。


「お前ら本当にそれ以上やると名誉棄損で訴えるからな」


 憮然とした表情でベルドが呟くが、ヒッテはそれを無視して彼に尋ねる。


「グリムナの事、どう思ってますか?」


「ヒッテ!? おかしくない? その質問!!」


 しかしグリムナのツッコミを無視してベルドの本音が漏れだす。


『あいつに会う事で……俺は、生まれ変われたんだ……できる事なら、ずっと奴の傍に……』


「ホントやめて!! その人はガチで怖いから!! 初対面の時オレ犯されるところだったんだよ!!」


 もはやグリムナは涙目である。しかしヒッテはにやにやと笑いながらベルドからネックレスを外し、次の獲物を探す。


「うふふ、次は誰にしましょうかねぇ……ええと……」


 レニオと視線が合った。彼はコクコクと頷きながら自分を指さしている。それに答えるようにヒッテは笑顔を見せ、サムズアップしながら彼に向かって話しかける。


「レニオさん、いっちゃいますか!」


「もうやらなくても分かってるから!! レニオについては聞くまでもないから!!」


 ヒッテはスキップしながらレニオに近づいていき、彼の首に赤石のネックレスをかける。すごく生き生きとしている。


「やっとアタシの番ね、グリムナ……」


 もはやヒッテは呪文も唱えていないし、質問すらしていないが、ネックレスをかけるや否やレニオは『待ってました』とばかりに口を開く。もうただの告白大会である。なんなんだこの儀式。


「大好きよ、グリムナ! 本音を言うと、もう絶対離れたくない。ずーっと一緒にいたい!!」


「ホント……もう……やめて……」


 レニオは百点満点の笑顔であるが、とうとうグリムナは泣き始めてしまった。幼馴染の言葉がとどめの一撃となった。


「よかったですね、グリムナ。ハーレムパーティーですよ」


 ポン、とヒッテは泣いているグリムナの肩を叩いた。

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