第223話 ラーラマリアからの手紙

「うわぁ!?」


 ビュートリットの屋敷の大広間に突如として投げ込まれた人間の頭大の大きさの黒い塊。窓ガラスをまき散らしながら飛び込み、床にめり込んだ『それ』の存在に一時騒然とした。


「な……なに? 石?」


 レニオが恐る恐る部屋の中に飛び込んできた物体を覗き込みながらそう言った。黒くてよく分からなかったが、それは確かにバレーボールくらいの大きさの石、というか岩、であった。


「び……びっくりした……てっきり人の生首が投げ込まれたのかと……」


 グリムナも驚愕していたようだが、それが石であることに気付いてホッとしたようだ。しかしすぐに窓の外を見ながら大声を上げた。


「ていうかなんだこれ!? カタパルト!? 皆、第二波に気を付けて! 窓から離れるんだ!!」


 とはいうもののみんな中央の食卓を囲んで食事をとっているので誰も窓の近くになど居ない。少し呆れたような口調でヒッテが声をかけた。


「グリムナ、多分攻撃のためじゃありません。投げ込まれた石に何か括り付けられてますよ……なんだろ? 手紙?」


「あれ? ヒッテちゃんいつの間にグリムナの事名前で呼ぶようになったの? 前は『ご主人様』って呼んでたよね?」


「なっ、べっ、別にいいじゃないですか! 何て呼ぼうとも」


 レニオが目ざとくヒッテの変化に気付いたが、ヒッテは顔を真っ赤にして答えようとしない。


「あらあら、ヒッテちゃんグリムナと本当にそんな関係になっちゃったの? あんた裁判でのこと懲りてなかったのね」


 シルミラもニヤニヤ笑いながらヒッテに歩み寄っていく。グリムナは『裁判』の心胆寒からしめられた出来事を思い出して青い顔をしている。


「ねぇねぇ、いつからよ? いつからグリムナの事名前で呼ぶようになったの? なんか二人の関係性に変化があったの?」


 レニオが笑いながらしつこくヒッテに絡み始めるが、ヒッテは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


「あの~、手紙読まなくていいんかのぅ……」


「あっ……」


 こいつら緊張感ないのか。


 よりにもよってバッソーのボケじじいが突っ込みに回らねばならないような始末である。レニオは慌てて投げ込まれた石の近くに駆け寄ってひもで縛ってあった手紙を手に取った。


「え? なにこれ、本当に手紙だけ? 手紙投げ込むためにこんな大きな岩を投げ込んだの? いくら何でも大きすぎでしょ!?」


 レニオは割れてしまった窓の方に振り返りながら言葉を続ける。


「いや普通もっと小さい石とかでやらない? ていうか普通は矢文じゃないの? 少なくともこんなでかい岩でやるなんて聞いたことないよ!」


「まあ、手元に弓矢がなかったんだろう……それに、小さい石よりも大きい石の方が気付きやすそうだから、って、いかにもラーラマリアが考え付きそうなことじゃん……」


 グリムナのその言葉に少し取り乱していたレニオも冷静になってきた。


「そうだよね、やっぱラーラマリアの仕業か、これ……」


 カタパルトも使わず、たいして考えもせずに人間の頭大の岩を屋敷に投げ込んでくる、そういう女なのである。それはさておき、レニオが手紙を手に取って確認すると、確かに手紙にはラーラマリアの署名があった。中身を取り出してレニオが確認をする。


「ベアリス様……それに、やっぱりフィーさんの身柄もラーラマリアが押さえているみたいね。彼女たちの命が惜しければ、ベルアメール教会の本拠地、ローゼンロットに来い、と……」


 一同の表情が固くなる。しかし同時にビュートリットだけは安心したような表情を見せた。少なくともすぐにベアリス王女を殺害しようという気持ちがないことだけは明らかになったのだ。

 しかし返してほしくば敵の本拠地に乗り込んで来い、ということだ。


「それと、手紙がもう一通あるわ……これは、フィーさんからの手紙ね。読むわよ」


 そう言って、もう一通の手紙をレニオが朗読し始めた。





 ── グリムナへ ──


 ゴリラにはホモセクシャルが多く存在するそうよ


 普通はメスがオスを誘惑して始まるのが大半らしいけど


 オスのゴリラが好意を持った他のオスゴリラに迫り、


 そのままメスにするようなマウントポジションをとり、


 射精するという記録も多く残っているわ。


 メスに相手にされなかったオスが仕方なく


 オス相手に欲求を満たそうとするのは


 他の霊長類にも見られるらしいけど


 ゴリラの場合は違い、メスがオスを誘う様に


 オスがオスを誘惑し、意識して交尾するらしいわ。


 人間と同じように、進化の過程で


 知能指数が高くなると同時に


 ホモセクシャルが増えることは


 何か関係しているのかもしれないわね。


 ── フィーより ──





「怪文書だ……」


「怪文書ね……」


 レニオとグリムナが天を仰いだ。


 なんなんだこの手紙。この非常時に書くような内容なのか。そしてなぜこれをグリムナに。こんなもの貰ってどうしろというのか。


 グリムナが視線を手紙に下ろす。


「いや……まあ、あれだ。きっとこれは暗号文的な……アレだよ。きっと、敵に分からないように、俺達にヒントを……」

「何のヒントですか?」

「何の……?」


 ヒッテの間をおかないスピーディーなツッコミにグリムナは思わず言葉に詰まってしまった。確かに、何のヒントなのだろうか。というか、彼女は今、いったいどこで何をしているのだろうか。それが分からなければ、唐突にこんな暗号などを送ってこられても、解読のしようがない。


 仮に何かのヒントがあったとしても、それが彼女の居所に関するヒントなのか、例えば敵の弱点だとか……しかし今はそもそもその敵が誰なのかが分からない。漠然としすぎなのだ。

 落とし穴の時もそうだったのだが、フィーはいつもそうだ。やりたいことはなんとなく分かるのだが、しかし雑である。


「もしそうだったとしても、なんに関するヒントなのか……敵に関するヒントなのか……場所に関するヒントなのか……それ以外か」


「何のヒントでもない、ただの雑学の可能性もあるぞい」


 確かにバッソーの言うとおり特に何か意味があるわけではなく、駄文を送り付けて来ただけの可能性もある。いや、いくらフィーがアホでもこの非常時にそんな意味のない事をするだろうか……まあ、しそうではある。


「それ以外……たとえば裏切り者とかですか?」


「裏切り者?」

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