第344話 レイヴン&ドラゴン
「この砂漠の下に巨大なダンジョンがあるとはな……」
ベルドは慎重に通路の壁を手で触れて確認しながら道を進む。通路には延々と、何か、レリーフのようなものが彫られているが、全く光のささないダンジョンの中、カンテラの光を照らしても、考古学に明るくない彼にはそれが何を意味するのかは全く分からなかった。
少し進んでは立ち止まり、レリーフを紙に書き写してはまた進む。
彼にはその壁画が何を意味しているのかは分からなかったが、しかしところどころに出てくる巨大な竜の絵が、この遺跡と死神の竜、ウニアを結びつけるものであることくらいは理解していた。
そしてもう一つ、カラス。
ベルドは愛おしそうに、妬ましそうに、ゆっくりとカラスのレリーフを指で撫でながら呟く。
「とうとう見つけたぞ……コルヴス・コラックス……」
ベルドがこの地下遺跡を発見したのは半分以上偶然であった。
騎士団領のオアシスの町に滞在した際、酒を飲みながら元々この地域の原住民であるコントラ族の男と話をする機会があった。
男の名はリズといい、交易品の売買のため不定期にベルドの兄の治める土地であるカルティッシウムを訪れており、彼もその顔を知っていた。
そして何よりコントラ族の中では珍しく大陸共通語が話せるといった点が都合がよかった。
ベルドは竜が何もない場所に突然現れて、そしてまた消えたことの原因を探るため、似たような現象を引き起こす魔剣サガリスを調査にここへ来たのだが、しかし現象としては近いものであるものの、それが如何なる力によって引き起こされるのか、竜との関連性があるのかについては全く見当がつかなかったのだ。
「このままではつまらないな」……砂漠くんだりまでせっかく来たのに、イマイチ収穫が足りない。そう彼は考えたのだ。
この砂漠の名前、『ウニアムル砂漠』……古い言葉でウニアが住んだ砂漠という意味がある。『ウニア』とはもちろん死神の竜、世界を滅ぼす竜の名である。
この土地の原住民である彼ならば、その関連性について何か知っているのではないかと、そう思ったのだ。
「竜を祀る神殿だと……?」
「そう。400年前の竜の災禍。竜は最後、この辺りに消えた、言われてる。少なくとも、そう信じている奴がいた。」
リズはミードをくい、と口に流し込みながらそう言う。対するベルドはよほど興味をひかれた話題だったのか手に強くタンブラーを握りしめたまま聞き入っている。
夏の最も暑い時期、この町には酒場などないのでベルドの手持ちの酒を月明りの下、二人は飲みながら話をしている。
「ここから少し南行った所、いくつかそんな遺跡、ある」
リズは顎で南の方角を差しながらそう言った。
「強い太陽と風。遺跡、ほとんど、風化してる。そんなものでよければ、だ」
――――――――――――――――
結果的に言えばリズからの情報は『大当たり』であった。たしかに遺跡の周辺に本来あったであろう建造物や祭壇などはわずかに「ここに何かあったのだろうか」という程度の痕跡が残っている、専門家が見れば遺跡、しかし素人が見ればただの岩盤であった。
しかし彼はその岩に彫り込まれたかすかなレリーフの残骸から、遺跡群のうちの一つに目当てを絞り、そして太陽光や風の影響を受けない地下遺跡を見つけるに至ったのだ。
元々が熱と渇水に見舞われる死の世界。ほとんど人の手が入らず、それゆえ調査もされていない手つかずの遺跡がそこにはあった。
他国や旧オクタストリウム共和国の学者たちはこの過酷な環境での調査はできない。そしてコントラ族は祖先や先住民に敬意を払うべきという考えがあって、遺跡を荒らすような真似はしない。
そのため手つかずの遺跡が残っていたのだろう。曲がりくねって進む通路を前進し続け、ベルドは奥の部屋にたどり着いた。
「玄室というやつか……」
しばらく太く、長い通路が続いてからの大きな部屋、明らかに何かありそうな雰囲気を醸し出しており、部屋の手前にはおそらくかがり火をたくための台座もある。諜報、破壊活動を主とする暗黒騎士団出身ではあるが、当然遺跡の探索など経験のないベルドにもそれが『特別』な部屋であることは容易に想像できた。
広さはテニスコート半分ほど。中央の奥寄りに何段かのステップののち、棺桶のようなものが安置されている。ベルドは慎重に、落とし穴などの罠がないかを警戒しながら棺桶に近づき、カンテラで蓋を照らした。
「さすがにこいつを開ける気にはなれんな……」
ベルドは特別信心深いわけではないが、神や霊に対する畏敬の念を全く持っていないわけではない。これでも元々は教会に属する聖堂騎士団の
いかにも罠のありそうな、そして『何か』の怒りに触れるような行動もとりたくはない。ダンジョンの中、ここに来るまでに実際
それよりもベルドは気になることがあった。棺には翼を開いた鳥のレリーフが彫られていた。飾り羽もなければ色付けもされていない、均一な調子で描かれた、あまり特徴のない鳥の絵。
「こいつはカラスだな……それも
尾羽の部分をベルドがなぞる。その形は通常の扇形のカラスのものと違って、中央が少し長く伸び、くさび型になっている。
そして、棺の向こう、奥の壁には巨大な竜のレリーフ。ほんの数年前まで彼が毎日見ていた、ローゼンロットの教会にあるものと同じ。これの意味するところはもちろん、死神の竜ウニアである。
「この棺は、実際にこの遺跡を作った奴らの指導者の棺であると同時に、自分たち自身の象徴でもある。そして対峙する竜のレリーフはウニアを示す。ならば、やはり少なくともこの棺に入っていた者は
―― オオガラス
日本では北部に冬季のみシベリアから渡ってくるため『ワタリガラス』とも呼ばれる大型のカラス。その名の通り通常のハシブトガラスやハシボソガラスと違って大型で、翼長は広げると1メートルを越える。非常に知能が高く、人間の4歳児並みの知能を有するといわれる。
一部の言語では明確に
世界中の神話に於いて『知恵ある者』の象徴として扱われ、集合的無意識下における、神の使いであり、そして『導く者』でもある。
古事記においても神武天皇を導いた八咫烏。『八咫』とは『大きい』という意味であり、オオガラスを指すのではないかという学説もある。
「導く者……このコミュニティの少なくとも一人、指導者は
奴らの秘術を使い、民を導いてこの地に逃げてきたのか……」
ベルドの探している物はそのコルヴス・コラックスである。バッソーから聞いた話が確かなら、純血のコルヴス・コラックスは、まだこの大陸のどこかに集落を持っているはずなのだ。
ベルドは棺に刻まれているカラスのレリーフをもう一度よく見てから、その頭の向き、羽ばたく先を見つめた。
「南か……」
おそらくはこの神殿は指導者であるこの棺の主を慰めるために作られた物。そしてこの指導者の最大の功績はおそらく民を竜から逃げるように導いたことだ。
だがカラスは正面にある竜のレリーフから逃げるでもなく、睨みつけるでもなく、全く別の方向を向いて彫られていた。
「竜が去った後、この男は、何を望んだか……故郷に帰りたかったはずだ……」
そしてその想いはかなうことなくこの砂漠で生涯を終えた。ならば最後に臨むものは。その鼻先が向かう場所は。
「コルヴス・コラックスの里は、きっと南に手掛かりがあるはず……」
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