第61話 ヴァロークの目的
ヴァローク、最近よく聞く名である。レニオの口から聞くことのできた、聖剣を探している連中、それが、ヴァロークであった。
グリムナ達が知っている範囲では、何やらヒッテの周りにたびたび姿を現し、何かをたくらんでいるらしい。さらに、自分たちと同じく死神の神殿を探しているとも言う。そしておそらく、個人ではなく、組織の名前である。
そして、レニオが言うには同じヴァロークという名の連中が聖剣を探しているという。これはどう考えても聖剣を探索するために死神の神殿を探していると考えてもよいだろう。
グリムナとレニオはお互いの持つ、ヴァロークについての情報を交換することにした。グリムナは最初、ヴァロークを個人名だと思っていたことを話した。その理由は、ヒッテの前に度々ヴァロークと名乗る男が姿を現していたからである。その続きをヒッテが話した。
「ヴァロークと名乗る男はヒッテが小さいころから何かあるとき、何もない時、何度もその姿を見せていました。最初、もしかしてこの人がヒッテのお父さんなのかな、とも思ってたんですが、あいつから愛情を感じたことはありませんでした。目の前に現れて、口にする言葉は決まって同じ、この世の中がいかに腐っているか、このまま生きても人生に幸せなんて訪れない、なんて暗い言葉ばかりでした」
話を聞いているうちにグリムナは段々と顔をしかめていた。彼はどうも人の話を聞くときに感情的になりすぎるきらいがある。共感力が高すぎるのだ。
「ある時、ヒッテがお店から食べ物を盗んで捕まった時があったんですが、店主に捕まってしまって殴る蹴るの私刑を受けてる間も、ヴァロークは近くにいて見てるだけでした。とうとう、ヒッテは血を吐いて、その時になってヴァロークはようやく止めに入りました」
ヒッテは少し上の方を向きながら思い出すように話している。その表情は前髪で目が隠れているために杳として知れない。しかし、声からは嫌悪感や怒りは感じられなかった。
一方レニオは眉をひそめてつらそうな表情をしているグリムナとは対照的に、真剣な目でその話に聞き入っていた。
「別にそれを恨んでいるわけじゃないんです。悪いのは盗みを働いたヒッテですし。でも……総合的に考えて、やっぱりあの男が何の目的でヒッテの前に現れたのかが分からないんです。優しい言葉をかけたり助けたりはしてくれなかったですけど、その一方で戦う方法やスリのテクニック、ばれないうそのつき方なんかは熱心に教えてくれてたんです」
以上でヒッテの話は終わった。しばらく重苦しい空気と沈黙だけが流れた。フィーだけが何事もなかったかのように鍋のお代わりをしている。グリムナは相変わらず悲しそうな眼をしているが、レニオは何やら難しい顔をしている。
「アタシが知ってる情報だと、ヴァロークは竜の惨禍よりもはるか昔、この大陸に人がたどり着いたときに発生した組織だって話よ……ブロッズ・ベプトから聞いたんだけど……」
真剣な表情のままレニオは続ける。
「ヒッテちゃんの言ったヴァロークの行動は……まるで、この世界に憎しみを持たせようとしているように感じる……」
グリムナはあまり進まない食事をスプーンで口にゆっくりと運びながらレニオの話を聞いていたが、彼のこの言葉にハッとした表情で顔を上げた。
『世界に憎しみを持たせる』……この言葉と、以前にヒッテが言ったセリフ『こんな世界、竜に滅ぼされてしまえ』……その二つが繋がったのだ。
「ヴァロークは……人々を絶望させて、竜を復活させようとしてる……?」
グリムナが目を見開いて驚愕の表情でそう呟いたが、レニオは慌てたような態度でそれを否定する。
「いや、確かにそうとれないこともないんだけど、でもそれにしては手段が草の根運動すぎるというか……もし一人一人にヒッテちゃんみたいに絶望させるようにケアしてるんだとしたら効率が悪すぎるよね……? それに、もしそんなことしてるならもっとヴァロークの目撃情報がありそうなもんだし……」
「まあ、それもそうか……」
レニオの言葉でグリムナは一応落ち着いたものの、不安そうな表情は隠せない。一同は重くなってしまった空気のまま食事を続けた。日はもうとっくの昔に暮れてしまって、辺りは闇に包まれている。今夜は月も出ていないようで焚火の光だけがグリムナ達の顔を煌々と照らしている。
グリムナはちらり、とヒッテの顔を見た。あまり自分の過去を話さない彼女だが、やはりつらく苦しい人生を歩んでいたのだ。グリムナには奴隷がどのような生活をしてるか、など知る由もないが、世界に『滅んでしまえ』と思えるほどの憎しみを募らせる彼女が不憫でならなかった。叶うことならやはり彼女に生きていればこそ、実る穂もあるのだということを知ってもらいたい。それが彼の率直な気持ちであった。
「気持ち悪い目で見ないでください」
ヒッテの言葉に思わずグリムナは鳩が豆鉄砲食らったような顔になってしまった。ヒッテはさらに椀に残っていたスープをくいっと飲み干して続けて言った。
「ご主人様のそういう、優しいところが、キモイです」
追撃を仕掛けられて恐縮しきりのグリムナをレニオは優しい表情で見ていた。
「ふふ……やっぱり、グリムナと一緒の方が楽しいなあ」
そう呟いた後、レニオはしばらく考え事をして、空を見上げながら静かな声でグリムナに話しかけた。
「ヒッテちゃんは幸せだね……ねぇ……やっぱり、アタシ、こっちのパーティーに来ちゃダメかなあ?」
その言葉を聞いてグリムナは少しつらそうな表情を見せる。レニオはその表情だけで彼が何を言おうとしてるかを察し、寂しそうに笑った。
「ごめん、やっぱりレニオにはラーラマリアについていてほしい。あいつとシルミラだけじゃかなり不安なんだ。でもレニオがついていてくれれば……」
「だったらグリムナもこっちにくればいいじゃない!」
グリムナが言い終わる前にレニオがそう言い放ったが、しかしグリムナはやはり困ったような表情を浮かべる。
「ごめん、こっちはこっちで調べてることが少しずつ形になりつつあるんだ。ラーラマリアと一緒じゃ自由に行動できないから、そっちには行けない……やっぱり、考古学っぽいことしてるのは、これはこれで楽しいんだよな……」
グリムナはすまなさそうに、はにかんでそう言った。
「さて、もう遅いし今日は寝ましょうか! レニオ君だっけ? 当然今日はもう遅いしここで寝てくんでしょ?」
唐突に声を上げたのはフィーであった。
「さっ、ヒッテちゃん、一緒に寝ましょ! グリムナとレニオは悪いけど一緒に寝てね。余分な毛布なんてないし」
どうやらやはりこの女はグリムナとレニオをくっつけたいようである。
「えっ? ちょっ、おい! なんで俺がレニオと!?」
「当然でしょ? 男女で一緒に寝て間違いが起きちゃったらどうするのよ!」
確かに言ってることは間違っていないのだが、何か釈然としない。
「たまにはいいじゃない、グリムナ! それともアタシが風邪ひいてもいいっていうの?」
レニオがそう言いながらグリムナの荷物から毛布を取り出して、覆いかぶさるようにグリムナにしなだれかかってくる。グリムナは、というと。嫌がってはいるのだが、そうは言ってもやはり毛布は一枚しかないし、強く言われると断れない性格なのだ。渋々レニオとくっついて眠ることになった。
グリムナは「なんでこんなことに」とかぶつぶつ言いながらだったがしばらくすると静かに寝息を立て始めた。
「ねぇ、グリムナ……アタシがもし本当に女の子だったら、ずっとあなたの傍にいられたかな……?」
虫たちの声だけが鳴り響く中、そう聞こえた頼りなさげな小さいその声に、答える者はいなかった。
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