第246話 ヤンデレ師匠のことはおいておこう

「まあ……とりあえず、師匠の事は置いておこう」


 グリムナは何の前触れもなく突如としてヤンデレ化したネクロゴブリコンの事はとりあえず棚上げすることにした。


 師匠が一人暮らしの寂しい独居老人なのは知っている。本来ゴブリンは群れを成す生き物なので寂しいかもしれないが、そちらはぶっちゃけて言って今どうにもできない。

 彼に手紙を送るのも、使い魔が来た時しかできないので実際今どうにかなる問題ではないし、今はそれどころではないのだ。


 そしてブロッズがなんとなく気まずそうにそわそわしている理由もだいたい分かった。謎の人物から使い魔によってこんな怪文書が送られてくれば誰だってそりゃ怖い。


「ところでブロッズ、ベアリス王女がどこに捕らえられてるかは知らないのか? ラーラマリアが連れてきているはずなんだが……」


 グリムナがそう尋ねると、ブロッズは顎に手を当てて考え込む。


「ベアリス王女……ターヤ王国のか? 君たちと共に国へ帰ったのではなかったのか?」

「いや、そうなんだが、いろいろあってラーラマリアに連れ去られてしまったんだ……」


 落ち着いた表情のブロッズと対照的にグリムナは半笑いでそう答える。はっきり言ってベアリスがさらわれたのは言い訳の仕様もないようなくだらない失態であった。


「ラーラマリアなら一か月以上前からターヤ王国に移動してそれから一度も帰ってきていないぞ。先日従者のシルミラだけは帰ってきたようだが……? ネクロゴブリコンからの手紙にあった『君の命を狙っている』という内容と何か関係があるのか?」


「帰ってきていない……? どういうことだ、本当に帰ってきていないのか、それとも何か隠密作戦でもしているのか……?」


 今度はグリムナが考え込む番である。『シルミラは帰ってきた』と言っていたから、自分達はラーラマリアを追い抜いてしまったことになる。そこまでの強行軍で急いできたわけではなかったはずなのだが。ましてやあの健脚で知られるラーラマリアを追い抜くなど普通に考えてあるはずがない。


 しかし実際この時ラーラマリアはターヤ王国の革命派にベアリスの身柄を引き渡して、まだ戻ってきていないのだ。まさかその理由が『体調不良』だとは誰も思うまい。


「ブロッズさん、『ネクロゴブリコン』って名前にあんまり驚かないんですね」


 二人の会話に割って入ってきたのはヒッテであった。確かに言われてみればそうだ。バッソーやフィーも最初は明らかに人間でないこの名前を訝しんでいたものだが、ブロッズは特に抵抗なく受け入れている。


「もちろんだ。ネクロゴブリコンは私の師匠でもあるからな」


 全員がぎょっとした表情を見せた。まさか、聖騎士であるブロッズ・ベプトとモンスターであるネクロゴブリコンが繋がっているとは夢にも思わなかったからだ。レニオに至ってはネクロゴブリコンの存在すら知らないのでぽかんとしている。


「つ、つまり……ブロッズとグリムナは、穴兄弟ってこと?」

「兄弟弟子です」


 フィーの間の抜けた言葉をヒッテが即座に訂正する。しかし遅かった。グリムナは一瞬自分とブロッズとネクロゴブリコンが3Pしている絵を思い浮かべてしまった。


 しかしそれはさておき意外なところで繋がっているものである。騎士、とは狭義には自分の支配地域を持つことを許される代わりに国への騎兵としての奉仕を求められる者の事である。つまり、領主や貴族に当たるのだ。もちろんその多くが外国人で構成される、少し特殊なベルアメール教会の聖堂騎士団にそれは当てはまらないが、しかしコマンド級の人間ともなれば実力だけでなく確かな出自も求められる。


 暗黒騎士ベルドがそうであったように当然ブロッズも貴族なのであるが、その貴族がまさかゴブリンに師事しているとは青天の霹靂であった。


「尤も……私は師匠に見放された身……人々の期待を一身に受け、実際に多くの人を助けている君が知らないのも無理はないさ」


 ブロッズは伏し目がちにそう付け加えた。愁いを帯びたその表情も、まるで宗教画の様な、儚げで神聖な美しさを秘めていたが、しかし今までにグリムナが見ていた自信に満ちていて、快活な性格の聖騎士ブロッズ・ベプトとは違う人物のように思えてならなかった。


「ヤーンの事は……本当に済まなかったと思っている。人を殺さずに済むのなら、それが一番正しいということは、私も分かってはいるのだ」


 グリムナとブロッズが会ったのはボスフィンの町、ブロッズがヤーンを殺害したのが最期である。正直この件についてはグリムナも忸怩たる思いがあったが、しかし元来怒りの長続きしない性格、もはや怒ってなどいなかったが、しかしそれでも予想外に彼の謝罪が聞けたことにグリムナは驚いた。ラーラマリアと同じように、自分の非を素直に認め、謝罪するような人間とは思えなかったからだ。


「私も君と同じ気持ちなんだ、グリムナ。この世界を、人間をどうにかして救えないかと思っている。ただ、心の狭い私には、君のように悪人も弱者も同じように許すことができないんだ。たとえ君のやり方が正しいと分かっていても、君と同じようには行動できないんだ。

 これからも、私は間違いを犯し続けるかもしれない……それでも、君と同じ気持ちだということは、忘れないで欲しい……」


 そう言ってブロッズは牢に近づき、鉄格子越しにグリムナの頬に触れ、愛おしそうにその感触を確かめていた。


「ブロッズ……俺だって同じ気持ちだ。やり方が違えど、志が同じなら共に歩めるはずだ。俺も同じように、お前の事を愛している……」

「俺の声色を使って変なセリフあてるな」


 グリムナのサイドキックがフィーの腰に炸裂した。グリムナは咳払いをして改めてブロッズに話しかける。


「俺だって、自分のやり方がすべて正しい、自分だけが正義だと思っているわけじゃない。むしろ俺はいつも間違ってばかりだ。でも、俺を導いてくれる仲間が……」


 グリムナはそう言って隣に視線をやった。にこり、とフィーが微笑む。


「お前じゃない」


 グリムナはそう言って隣に視線をやった。にこり、とヒッテが微笑む。理想主義に走りがちで無茶ばかりするグリムナを隣でずっとサポートし続けたのがヒッテであった。結果的にグリムナが自分の考えを強行したとしても、それでも隣に仲間がいる、ということはそれだけで精神的に大きな支えになるのだ。


「前にも言ったが、君は……仲間に恵まれたな。いや、君のような人間だからこそ、良い仲間が集まるのか……」


 一転してブロッズは柔らかい笑みを見せた。以前ボスフィンで会った時のような勝ち誇った笑みとも、先ほど見せていた愁いの表情とも違う、人を安心させるような温かい表情であった。

 しかし今度は厳しい表情に変わってさらに言葉を続ける。


「しかしメザンザには気をつけろ。奴は教会を発展させることしか考えていない」

「ハッテン場の事しか考えていないのね……」


 もはや誰の発言か明言することはあえて避けるが、余計な茶々入れを無視してブロッズは話し続ける。


「君達を拘束するように指示しているのはラーラマリアだ。利害の一致している彼女とメザンザが法的根拠なしにこんな無法を働いている。私も何とか釈放してもらうよう掛け合ってみる。決して無茶はしないでくれ」


 ブロッズはそう言い残して牢屋のあるフロアを後にしていった。

その眼には、決意と覚悟に満ちた、強い力があった。


(メザンザ……人の道を説く宗教家でありながら、その実、教会の勢力拡大しか考えていない自分勝手な男……直接対決だ。必ずその邪悪な欲望を暴いてやる。……奴こそが悪だ)

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