第255話 スーパーソニックマワシウケ
剣を眺めていると、レイティは落ち着いてきて、恐慌状態にあった精神も静まってくる。
彼女にとって剣とは『力』の象徴であるとともに『正義』そのものでもある。
厳密に適用されることはほぼないが、この国では一般市民が明確な目的無く帯剣することは禁止されている。騎士と軍人だけが、普段からの帯剣を許される。それはレイティにとって、自分が特別な存在であることの象徴だ。
アムネスティの金魚の糞とも揶揄される彼女は、常に彼女の後ろについて最前線で『悪』を断罪し続けた。
幼い頃、戦火により住んでいた家と両親を失い、自身は奴隷として売り飛ばされた。買われた先では、満足な食事も与えられずにひたすら果樹園での作業を、空が白む前から始め、夜遅くまで毎日強いられていた。年の頃が10を超えたころからは豪農であった主人のドラ息子から性的な暴行も日常となっていった。
そんな絶望的な状況から救い出してくれたのが、ヴァロークのウルクであったのだが、しかし決して彼も正義のヒーローではないし白馬の王子様でもない。レイティは彼の下で人類への恨みと、生きる術を学びながら成長していった。
やがて彼の手元を離れ、竜を復活させるための触媒となる人材を探しているときに出会ったのがアムネスティであった。
レイティはすぐにアムネスティの人柄の虜となった。
『こんなクズは、生まれて初めて見た』
それが彼女アムネスティへの人物評である。悪い事は全て他人のせい。自分の環境が恵まれていないのは全て他人が悪いせい。驚くほど思慮の浅い、自分勝手で単純な思考回路であった。そして、そのクズと行動を共にすることで、彼女に新たな一つの感情が芽生えていた。
『暴力は素晴らしい』
人権騎士団に所属してから、彼女はありとあらゆる暴力をふるった。武力、数の暴力、権力、社会的正義。様々な理由で反撃できない状態に敵を追い込み、そして暴力で追い込む。殴り返せない相手に暴力をふるうのは本当に爽快だった。それが正義の名の下に行えるのならなお良い。彼女は自分に暴力を振るってきた者たちの気持ちをこの時初めて理解した。
そして、やはり人間は滅びるべきだという確信を強く持ったのだった。
「ラーラマリアは、まだ到着してないはずスけど……もしや、竜が復活した……?」
逃げまどう人ごみの中、彼女は剣を眺めながら笑顔を押さえきれずにいた。ついに、ついに待望した時が来たのだ。彼女が望んで止まなかったこの時が。レイティは轟音の中心地に向かって歩を進める。地震は少なくともローゼンロット全域で起こっているが、どうやら轟音の中心地は礼拝堂の方向だ。
避難民は礼拝堂から外へ逃げていく。建物が猥雑で密集しているゲーニンギルグから外へと逃げていく。そして、レイティはその逆。何が起こったのかを確かめるため、礼拝堂に向かって、一人だけ歩いていく。
予定とはだいぶ変わってきている。本当なら聖剣エメラルドソードを持つラーラマリアを触媒として竜を復活させるつもりであった。そのための人々の『絶望』はすでに飽和状態になっていると観測していた。
だが、今はまだラーラマリアはこの町にはいない。だとしたらいったい誰が……彼女の脳裏には最初に竜の触媒にと考えていたクズ女の顔が浮かんだ。グリムナ達の侵入騒ぎの後、彼女がどうなったかは知らない。
もしかすると、もうアヌシュ殺害の件が露呈して断罪を受けているのかもしれない。いや、それは少し早すぎる気がする。混乱の場にあった、他殺体。裁判所の令状が出るにしてももう少しかかるだろう。だとすると、アムネスティは今頃自身に捜査の手が及ぶのではないかと暗い部屋の中で戦々恐々としているのだろう。
その不安な精神状態の中、あのクズ女ならエクストリーム責任転嫁を発動して恨みを何者かに募らせているかもしれない。そんな状態ならば、エメラルドソードが、竜の魔石がなくとも、竜が復活するのかもしれない。いや、もしかしたら竜の魔石などなくとももう竜は復活できる段階まで来ているのかもしれない。そんなことをつらつらと考えながらレイティは歩き続ける。
しかし、レイティが爆心地の礼拝堂まで来て目にしたものは全く予想だにしていなかったものであった。
地面にできたいくつもの巨大なクレーター。そのうちの一つの中心にいる大司教メザンザ。それに対峙するグリムナ達。戦っていたのはメザンザとグリムナ達であった。アムネスティの姿などどこにもない。
これは一体どういうことなのか。もしや本当にただの地震で竜とは関係ないのか。それともあのハゲ坊主が人知を超えた力で大暴れしているだけなのか。全く状況はつかめない。ただ一つ言えること。
「あのクソアマ全然使えないッスね」
それだけは確実であった。どうやらあの地鳴りと地震はアムネスティとは全然関係なかったようだ。しかしそれにしたってあの地響きは一体何だったのか。それにグリムナ達が全員がかりで戦ってもメザンザを倒せないというのも分からない。しかもグリムナ達一行の中には大陸最強の名をほしいままにする暗黒騎士団のトップ、ブロッズ・ベプトもいるというのに。
確かにグリムナ捕縛の時のメザンザは人間離れした動きを見せてはいたものの、地響きを起こせるような人知を超えた力は持っていなかったはず。
「原初の星なる命の結晶よ、大地を再び始まりに戻し給え、バロウ ロッツォ!!」
一行の中の一人、バッソーが詠唱を始めると5メートルほどの火球が彼らの目の前に出現する。輻射熱だけでも相当熱いのだろう、全員がそれに顔をしかめて耐えるのがレイティからも見て取れた。
―――――――――――――――――――
「あんな魔法、見たことなかったッスね。大陸広しといえどもあれだけの威力を扱える人なんていないんじゃないスかね?」
その赤毛の女性、レイティはインタビューに対し、椅子に座ったまま大げさに両手を広げてそう答えた。
「あれではっきりわかったんスよ。強力な個人の力の前には、むしろ大きな軍隊は役に立たないことがあるってことがッスね」
実際その時の城内の荒れようは酷かったのは確かだ。いくつものクレーター、それに崩壊した建物……こちらはほとんどが大司教によるものであったそうだが、しかし炎の魔法によるススも酷いものだった。
「え?」
レイティはこちらの質問に対し意表を突かれたような表情で聞き返してくる。
「『死ぬかと思ったか』って? 大司教がスか?」
「…………」
レイティはそれまで少し前のめりになって勢いづいて話しているような感じであったが、その質問をされるとストン、と椅子の背もたれに寄りかかって急に冷静になった感じがした。
「ん~~……」
少し困ったような表情でこりこりとこめかみの辺りを掻く。いや、困っているというよりは馬鹿にしたような顔にも見える。少し口角が上がっており、眉根をひそめながらも半笑いの表情だ。
「やっぱりあなた達は分かってない。……大司教メザンザという人物を」
若干ムカつく表情で、その女性、レイティは私達に応えていた。
―――――――――――――――――――
自分の体をはるかに超えるスケールの火球、輻射熱だけでも少し時間があれば十分に人を殺せる温度である。その火球が自分の方向に向かって来ようというのに、メザンザは逃げようともしなかった。逃げられないのではない。逃げる必要がないのだ。
メザンザはその場に少し内股になる様にして体を引き絞る様にがっちりと足を固定する。
「こおおおぉぉ……」
深く息を吐き出し、力を練る。それと同時に左腕は上腕を前に出し、前腕は右に倒して右腕の肘に。右腕は垂直に上方向に伸ばす。
「スーパーソニック廻し受け!!」
そのまま時計回りに大きく、しかし見えないほどの速さで腕を回す。いや、ほとんどの人間にはそれが腕を回しているとは認識できていなかった。湿度の高い夏の空気は両手によりベイパーコーンを発生させ、衝撃波がまたも土砂を巻き上げる。バッソーが発した巨大な火球はメザンザの『受け』により霧散していたのだ。
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