第28話 しつこい
グリムナの号令で山賊達が一列に並ぶ。まだこのうち6人はキスの洗礼を受けていない人間ではあるが、素直である。無理もあるまい、人食いのトロールに支配されていたこの絶望的な状況を打破した人間こそがまさにこのグリムナなのだ。
一列に並ばせて何をするのか、一同は疑問符を浮かべているような表情をしているが、それに対面するようにグリムナが一番端の男の前に立った。気合注入の闘魂ビンタでもしそうな雰囲気であるが、ある意味それが一番近いかもしれない。
異様な雰囲気の中グリムナが山賊の男の肩をガシッと掴むと一気に口づけをして舌を入れた。
「やった! さすがグリムナ!! ノンケにはできないことを平然とやってのける!! そこに痺れる! あこがれるゥ!!」
「お姉さん大丈夫ですか? ちょっと人前に出せないような凄い顔してますよ……」
よだれを垂らして興奮しているダークエルフをヒッテがたしなめるが、彼女には全く声が届いていないようであった。グリムナはもう雑音を無視してキスを続ける。
「ぷはぁっ、次」
一人目を終えて次の男にキスをする。「え、なにこれ? 全員キスされる流れなの?」並んでいる男たちはこの異常事態に目を見張って驚いているが何か言えるような雰囲気ではない。しかも山賊団14人の内すでに8人は『洗礼』を受けた後であり、彼らはそれが当然のことであるようにリアクションを返さない。
事情を知らない者たちにとってはそれがさらに混乱を引き起こしているのだ。
次々とグリムナが山賊達にキスをしていき、キスをされた男たちは順にその場に膝から崩れ落ちていく。まるで流れ作業のようである。
「ああ~、なんかこう連続でされると、情緒もへったくれもないわね。良さが薄れる、というか……もっと、こう……一人一人情感を込めてできないかしら?」
訳の分からない注文を付けてくるエルフを無視してグリムナは6人全員へのキスの敢行した。はあはあと息が荒くなっている。ただのキスとはいえこれだけやるとさすがにつらいようだ。精神的にも魔力的にも。
「お前らは並ばなくていい……別に何もない。終わりだ」
これで山賊たち全員へのキスが終わったが、残りの山賊(事前にキスしていた山賊)が期待を込めた表情で並んでいたため、グリムナはそう言い放った。
「ええ? ないんすか? 僕たちも結構助けたと思うんですけど、こう……ご褒美的な……」
「お前ら、なんか勘違いしていないか? 俺は別に好きでこんなことやってるわけじゃないし、ホモでもない。そもそも初対面でそう親しくもない人間にキスをせがむな」
そもそも初対面の人間にいきなり舌を入れてキスをするな。
眉間にしわを寄せて冷たく言い放つグリムナであったが、ここで思わぬ援護射撃が山賊達にあった。
「まあまあ、そう言わずに。一仕事終えたんだし、厚い抱擁とキスがあってもいいじゃないの。なんだったらくんずほぐれつもっと先までやってもいいのよ? 私のことは気にしないで。」
エルフの言葉にグリムナが嫌そうな顔をする。数日前に彼女の事を『邪悪な存在』とか『闇に近しい者』とか考えてた自分が恥ずかしい。自分を殴ってやりたいとも思った。ふたを開けてみれば、シルミラと同じ、腐女子であった。
「そっすよ、グリムナの兄貴。他人の新しいドアを開けといて、自分だけはそのドアから入ってこないなんて寂しいッスよ。」
「そもそもそんなドアは開けてない」
山賊たちの言葉もすぐさま否定するグリムナであったが、いつの間にか、エルフと山賊の一団に円陣を組まれた囲まれるように立っていた。もはや逃げ場はない。
「ね? せっかくだから、先っぽだけでも。ヒッテちゃんが気になるなら私が見えないように目を押さえててあげるから。私はバッチリ見るけど」
何の先っぽか。
「なにもそう深く考える事はないッスよ。愛情表現の一環じゃないッスか。」
「この森に平和が訪れた、今日は記念すべき日なんだから、キスくらい、いいじゃないか」
先ほどのキスで失神していた山賊達まで起き上がって輪に加わってくる。四面楚歌、と言うものである。
「しつこい」
グリムナが無表情でそう言い放った。
「お前たちは本当にしつこい。飽き飽きする。心底うんざりした」
グリムナの言葉が怒気を孕んでいることに気づいてエルフと山賊たちが一瞬ひるんだ。さらにグリムナは言葉を続ける。
「口を開けばホモォ、ホモォと馬鹿の一つ覚え。戦いは終わって、みんな生き残ったのだからそれで十分だろう」
「……男同士で唇を合わせたから何だというのか。そんなことは忘れて、家に帰って元の生活を続ければ済むこと」
「あなた……何を言っているの?」
これまでと違って突然明確に他人を否定するような物言いを始めたグリムナにエルフは絶望したような表情で問いかけた。
しかしグリムナの表情は変わらない。冷たい、しかし怒りをにじませるような表情で言葉を続ける。
「ホモを貴ぶ行為は、人を堕落させることだと知れ」
あっけにとられている聴衆を見据えてからグリムナは静かに続ける。
「何も……難しく考える必要はない。ストレートの異性愛だけが、子供を成し、後世に命をつなぐのだ。どれだけ愛し合おうとも男同士で子を成した者などいない」
「男同士で恋愛して幸せをつかんだものなどいないのだ。いつまでもそんなことに拘っていないで、男女間で恋愛をして静かに暮らせば良いだろう。殆どの人間がそうしている。……何故お前たちははそうしない?」
グリムナはさらに周りの者たちを見回してから人差し指を立てて続ける。
「理由は一つ……」
「……お前達ホモと腐女子は、異常者の集まりだからだ」
夜の森の中、静寂の時が流れる。エルフの女性は完全に感情と言うものの消え失せた表情でグリムナの演説を聞いているのみであった。
「異常者の相手は疲れた……いい加減終わりにしたい」
「グリムナ……」
グリムナが全ての主張を言い終えて、しばらくすると、エルフがゆっくりと口を開いた。
「あなたは……」
相変わらず時の泊まったように静まり返った森の中、エルフが言葉を発し続ける。他の者はただその言葉の先を待つのみである。
「素質あるわよ!!」
エルフの目が爛々と輝いていた。
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