第101話 夜這い

「夜這いよ」


 そう答えて、メルエルテは眠そうに眼をこすった。


「夜這いって……フィーにですか……」


 心底嫌そうな表情を見せるグリムナを睨みつけてメルエルテが答える。


「他に誰がいるっていうのよ。ヒッテちゃんだっけ? まさかあんな小さい子に夜這いする気? ホモじゃなくてロリコンなの?」


 この言葉にグリムナは思わずうなってしまうが、しかしそれでも納得できない。フィーに世界樹の守り人を継いでほしい、という気持ちは分かる。しかしそれと、結婚相手を探すのは全く別の話のはずだ。なぜそこまでグリムナとフィーをくっつけることに固執するのか、それが分からないのだ。


「なんでフィーが望んでもいない結婚を勧めようとするんですか。フィーはまだ若い。そこまでする意味があるんですか? 母親なら彼女の幸せを第一に考えるべきなんじゃないですか」


 メルエルテはまだ少し眠そうに小さくあくびをしたが、その後強い視線でグリムナを見据えながら答えた。


「私はね! 孫の顔が見たいのよ!!」


 しかしグリムナも引く気はない。


「ま……孫もいいですが、まずは子供の幸せでしょう……」


 この言葉にメルエルテは呆れたような表情になり、静かに答えた。


「あなた……子供を育てたことはある? もしかして、『子供は宝』だとか『子供は天使』だとかマジな顔で発言しちゃうタイプ?」


「な、なに言ってるんですか、実際そうでしょう! 純真な子供を見てかわいいと思わない人間なんて……」


 グリムナが言い終わる前にメルエルテは今度は強い口調で言い返した。


「『子供は純粋』だとか、『子供は嘘をつかない』なんて、実際に子育てをしたことのない子育てエアプ勢の妄言よ!! 子供は平気で打算的な嘘をつくし、こっちが子供のためを思ってやってることでも聞きやしない! 毎日毎日ムカついてしかたないのよ!!」


 さらに少し声のトーンを落としてメルエルテは続ける。


「だからもう私は娘には期待しない……これからは孫の時代よ……ッ!」


 真っ直ぐなまなざしでそう言う彼女に、グリムナは『こりゃダメだ感』を感じていた。こういう表情になった時の人というものは、もう止まらないのだ。しかし冗談ではない。グリムナは種付けおじさんではないのだ。このままメルエルテの操り人形になるつもりなど当然ない。何か、何か断る材料がないか、と考えをめぐらす。


「いや、しかし夜這いと言っても、確かヒッテが同じ部屋じゃなかったでしたっけ? 実際気づかれずに夜這いするなんて無理でしょう。それにフィーがおとなしく夜這いされるとも思えないですし……」


 そう言うと、メルエルテはチッチッチ、と、人差し指を横に振って返答をした。


「甘いわね、その程度の事は予測済みよ。あらかじめ二人には強力な睡眠薬を盛ってあるわ。あんたはただ腰振って孕ますことだけ考えてりゃいいのよ。細工は流々、仕上げを御覧ごろうじろ、ってところね。孕ませちまえばこっちのもんよ。お腹の子供までは憎めまい。」


「娘に一服盛ったのか!? あんたやってることが無茶苦茶だぞ!」


「女々しい男ね! 別に責任取って婿入りしろなんて言うつもりはないわよ。あんたはただ気持ちいいことして無事孕ませたらヤリ逃げすりゃいいんだから黙ってついてきなさい!」


「あんた本当に母親かぁ!? なんでそんなに孫に拘るんだよ!! フィーはまだ若いんだから、待ってればちゃんとした相手も見つかるって!!」


 グリムナの極めて常識的な発言にこの過激な母親は「はぁ」とため息をついて、また眠そうに目頭をぐしぐしと擦った。


「親だとか子だとか、あなたは親子ってものに幻想を抱きすぎね……親子なんて血を分けただけの他人よ? ぶっちゃけあの子とは趣味嗜好も合わないし、親子じゃなかったらあんまり関わらなかったと思うわ。言ってみればビジネスライクな関係よ」


「ビジネスライク……?」


 思わず疑問符を投げかけるグリムナに対し、メルエルテもいい加減イライラしてきたようで怒鳴るように言い放った。


「物わかりの悪い奴ね。とにかく孫よ! 私はすぐに孫が欲しいの!!」


 そう怒鳴りつけると、メルエルテは2,3歩歩いて両手を広げて、天を仰ぎながらゆっくりと話し始めた。


「いい? 私は別に新しい家族が欲しいわけじゃないの。ただ孫を愛でたいだけなのよ! わかる?」


 わからぬ


「教育だとか、しつけだとか、そういう面倒なことは一切合切全部娘に押し付けて、親というものがどんなに大変なものなのかを思い知らせる! その上で孫を猫かわいがりに愛でて愛でて、上澄みのおいしいところだけを掻っ攫かっさらいたいのよ、分かる!?」


 やはりわからぬ


 グリムナにはもはや何も分からなくなってきていた。不意に「トイレに行く」と言って20年も行方をくらます娘、そして孫の顔が見たいからと言ってよく知りもしない男に娘を犯させようとする母親。この二人が狂っていないとでもいうのなら、もしや狂っているのは自分の方なのであろうか。

 しかしそこで、はたと、一つの考えが浮かんだ。


「もしや……最近友人に孫ができてうらやましかったから、とかでは……?」


 即座にメルエルテが目を逸らす。図星であった。なんと単純な女なのか。そんな安直な発想で犯される娘がかわいそうである。銀貨三枚で傭兵仲間に売られるダークファンタジー漫画の主人公よりもかわいそうだ。しかしそのグリムナの考えを察したのか、今度はメルエルテはなだめすかすようにグリムナに語り掛けてくる。


「別にあなたにとって都合の悪い話じゃないでしょう? それに、私の見た感じだと、おそらくあの子もあなたの事を憎からず思ってるって! 間違いないわよ。目の前で処女のエルフがあなたの来るのを待ってるのよ? こんな据え膳食わないで霞でも食べて生きていくつもりなの?」


「処女の……エルフ……?」


 グリムナは思わず口に出して言ってしまった。それほどまでに甘美な響きの言葉だったのだ。一方のメルエルテは攻め処見つけたり、とばかりに畳みかけに来る。


「そう、処女のエルフよ……この先何百年も生きる神聖なエルフの初めての男に、あなたがなるのよ……」


 耳元でそうささやくメルエルテであったが、ここで暗闇より何者かの声が響いた。


「騙されてはいけません、ご主人様」


「ヒッテ!?」


 そう、夜闇の中、月明かりの青白い光だけが辺りを静かに包み込む中、姿を現したのはグリムナ一行の頭脳、ヒッテであった。


「騙されてはいけません、ご主人様を待っているのは、『処女のエルフ』ではなく、『60代、処女の女性』です……」


 60代、処女の女性


 グリムナは目頭を押さえ、眉間にしわを寄せた。


 先ほどまであれほど神々しささえもたたえていたようなプレミア感が突如として喪失してしまったのだ。グリムナは一瞬で現実に引き戻されてしまった。


「ちょ、ちょっと! 滅多なこと言わないでよ。正気に戻ってグリムナ! 処女のエルフがあなたを待ってるのよ!」


「う……冷静に考えてみると母親よりも年上の未経験の女性……プレミア感どころかマイナス要素すら感じさせられるような気がしてきた……」


「くそっ! 精神魔法が解けてしまったか! やるわねくそガキ!」


 そう言いながらヒッテの方をにらむメルエルテであったが、精神魔法など最初から使っていなかったように感じるが。


「それにしても貴方には睡眠薬を盛ったはず……まさか薬に耐性があるの!?」


「飲み物を持ってきたとき、一瞬席を外しましたよね? こんなこともあろうかと、その間に飲み物をメルさんのと入れ替えておいたんですよ」


 先ほどヒッテとフィーの部屋に話に来たとき飲み物を持ってきたが、その後フィーの先祖、エンフェッシの肖像画を取りに行くために席を外した。その隙に飲み物を入れ替えていたのである。


「昼間のトンチキっぷりから何か仕掛けてくるんじゃないかとは思ってましたが、まさかこんな短絡的な方法を採るとは思いませんでしたよ」


「さっきから妙に眠いと思ったらそういうことか! じゃましやがって、喰らえ! 孫パワー!!」


 そう言ってメルエルテは間合いを詰めて右ストレートを放つ。しかし睡眠薬で意識が朦朧としており、精細を欠いた攻撃である。ヒッテの敵ではない。


 ヒッテはストレートを右方向にかわし、同時に左拳を外側から放ってメルエルテの顎にヒットさせた。クロスカウンターである。

 メルエルテはその場に崩れ落ち、辺りは再び夜の静寂が支配した。


「それにしても、なんてブッ飛んだ親子だ……」

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