第215話 一番うまい飲み物
「この国じゃな、
「ミードもいいが、やっぱり俺はワインが一番だな。ワインこそが至高の飲み物さ」
「何言ってやがんだ、究極の飲み物はやっぱりビールさ! おい、ねえちゃん、俺にはビールを持ってきてくれ。
ターヤ王国の南端、コルコス家の治める町、カルティッシウム。現在では小競り合いも少なく、安定はしているものの、ここは古くからターヤ王国の国防の要としてピアレスト王国との国境として戦乱の絶えない土地であった。
カルティッソとは古い言葉でカメムシを意味し、この町を納めるコルコス家の家紋でもある。カメムシは危険が迫ると強い臭気を発して危機を知らせるものとしての象徴として使われることがあり。ピアレストの不穏な動きがあればすぐにこれを王都に知らせるのがコルコス家の第一の務めである。
そのコルコス家が内憂を制すために外患を招こうとしているなどと、町の人間は知る由もない。
その街の中にある、あまり上品ではないトラットリア。
そこの中央のテーブルに陣取っている大声で話すどうやら旅人らしいむさくるしい男達。話の内容からするとどうやらこの国に入国したばかりで、どの酒が一番うまいのか、という話をしているようである。
その話を横で聞いていた隣のテーブルの一団が鼻で笑いながら言った。
「フッ、青い意見ですね……」
細身のプラチナブロンドの少女がニヤリと笑いながらそう言った。
「『美味い飲み物』か……まあ、あれしかないじゃろうのぅ」
一番の年長であろう、白髪にひげの老人も鼻で笑うような見下した態度をとる。
「フッ、砂漠の真ん中でも同じこと言えるんですかねぇ?」
一行の中でも一番年少であろう、小柄な少女もやはり馬鹿にしたような態度である。
「なんだぁ? てめぇら」
さすがに小ばかにしたような態度に気を悪くしたのか、男たちの集団の一人が問い返してくる。
「じゃあお前らはこの世で一番うまい飲み物が何なのか知ってるっていうのか?」
その問いかけに隣のテーブルの集団の中にいた黒髪の若い男がニヤリと笑って答える。
「この世で一番美味い飲み物……それは……」
「そ、それは……?」
ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。あまりにも自信満々な態度に男たちは少したじろいでいるようである。
「水だ!!」
若い男性は手に持っていたタンブラーをぐい、とあおり、喉を鳴らしてぐびぐびと飲み干し、ダンッとテーブルの上に勢いよく置いた。力強い、何の迷いもない行動であった。
「うまいっ!! やっぱり水は最高だっ!!」
「水て……」
最初に店の中央で騒いでいた男たちは少し引いている。しかし、同時に本当にうまそうに水を飲む若い男に興味を持ってもいた。とはいうものの、しかし「水が世界で一番美味い飲み物」という意見には突っ込まずにはいられない。まるで『一番美味い食べ物とは何か』という問いかけに『塩』と答えるような、乱暴な屁理屈を聞かされたような気分になったが、しかし実際目の前で若い男は本当にうまそうに水を飲み干したのだ。
「いや、水って……味、ないだろう……正気で言ってんのか?」
しかし若い男は若干気を悪くしたのだろうか、少し真剣な表情になって即座に答えを返す。
「お前それ砂漠でも同じこと言えんの?」
「それっておかしくねぇ? だってここターヤ王国じゃん」
なんてことがあったりしたが──
「それにしても、フィーの奴はどこいったんじゃろうな?」
「またどっか適当なところで油売ってんじゃないすか? どんな仕事を依頼してもまともに動いてくれないな、あの駄エルフ……」
バッソーがフィーの身を案じてかそうでないのか、それは分からないが彼女のことを口にすると、グリムナが運ばれてきた料理を口にしながら彼女への不満を口にしながらそう答えた。ヒッテとフィーも話を聞きながら自分のもとに運ばれてきた料理に口をつける。
砂漠を脱してから十日余りの日にちが過ぎている。砂漠を越えて山に入ってからはそこまで困窮した食生活を送っていたわけではないので、生還した遭難者が初めて料理を口にするような、そんながっついた食事風景ではないものの、みなしきりに料理の合間に水を口に運んでいる。先の旅で、水の本当のうまさを知ったのだ。ベアリスだけは最初から知っていたが。
ターヤ国内につき、やっと一息ついたところである。しかしそこで彼らはある噂を耳にしたのだった。
『王族の最後の生き残り、他国に亡命していたベアリス王女が革命派に暗殺されたらしい』
「物騒な話もあるもんですね。王女が暗殺された、ですって」
まるで他人事のようにベアリスがそう言った。言いながらもニヤニヤと口元が笑っている。人が殺されたニュースでニヤニヤ笑うなど不謹慎なことこの上ないが、しかしそれも当然、彼女は知っているのだ。王女は暗殺などされていない。乞食よりも汚い服装をしてはいるものの、今まさにターヤ王国内の安食堂で飯を食っているのだ。
「誰がそんなうわさを流したんでしょうね。暗殺以前に亡命もしてなかったと思いますが」
グリムナもやはり他人事のようにそう言う。そもそも前提が間違っているのだ。王女は最初から亡命などしていない。ただ王宮を追放されたら、勝手に姿をくらまして、山猿の如くの野山を駆けずり回って自由に生きていただけなのだから。
これを『亡命』というには少し無理がある。
「ともかく、亡き国王の忘れ形見、可憐な17歳の少女でしかない王女が無残に殺されたという噂で市民は憤っておる。これはつまり、そういうことじゃろうの……」
バッソーが言う『そういうこと』とはつまり、王党派が革命派に対抗し、国民を一つにまとめるための手段として『革命派による王女暗殺の噂』というカードを切ったということである。
やはりリズの逃亡は偶発的な事件ではあるまい、ビュートリットが仕組んだことに違いない、ということなのだ。そしてこれを否定する者はもはやグリムナのパーティーにはいなかった。
「その辺の調査をフィーさんにしてほしかったんですけどねぇ……本当に、どこへ行っちゃったんでしょうか……」
「まあ、合流できないなら仕方ないさ。手がかりもないし、元々風の向くまま気の向くまま、自分勝手に生きてる奴だからな。またどこかで小説書いてるか、『取材』でもしてるんじゃないのか?」
ヒッテが少し心配そうに言ったが、それに対するグリムナの返答は塩対応であった。正直グリムナは彼女に何度も煮え湯を飲まされている被害者なのだ。それも仕方あるまい。それよりも彼には気になることがあった。
「それより重要なのは……」
言いかけて、彼は少し声のトーンを落とした。
「ベアリス様がビュートリットにこの後どう対応するかですよ」
現在彼らは変装もしていないし、フードなどを被って身を隠したりもしていない。知っている人間が見れば、それがベアリス王女とその従者であると気づくかもしれない。ただ、変装はしていないが、ひたすらに服装が汚い。特にベアリスである。元々白かったワンピースはもはや真っ黒になっているし、いろいろなところに引っ掛けたり、思い付きで裾を破いて使ったりしてもいるのでボロボロである。
そして、くさい。
正直言ってよくこの飲食店に入れて貰えたものだと思う。おそらく砂漠を出てからも一度も行水などしていないのだろう。肘や膝、足首の皮膚がゾウの皮膚のように角質状になっており、触ればぽろぽろとはがれて落ちそうなほどに汚れている。
よもやこの汚い乞食然とした姿を見てベアリス王女であると見抜ける者など居はしないのだから変装もしていないのであるが。
グリムナに問いかけられたベアリスは少し考え込んでぽりぽりと頭を掻く。フケが飛ぶ。
「う~ん、いっその事、真正面から行ってお話を聞いてこようと思います!」
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