第206話 打ち合わせ

「お久しぶりね、シルミラ。元気してたかしら?」


 相席に座った女性に、フィーがそう声をかけた。そう、フィーが本来このトラットリアで会う予定であった人物、それこそがこの赤毛の女性であり、その人物とは勇者ラーラマリアのパーティーメンバーにして幼馴染み。強力な魔法で彼女を支援する魔導士、シルミラであったのだ。あろうことか、シルミラはフィーを通じて勇者一行とグリムナ一行の間で間者のように連絡を取り合っていたのである。


 シルミラは椅子に座って少し佇まいをただすと、ウェイトレスに飲み物を注文してからフィーの方に向き直って話しかけてきた。


「じゃあ……早速本題の方に入ろうかな……」


 にやり、と笑みを見せるシルミラ。それに呼応するようにフィーもフッと笑みを見せる。シルミラはフィーの笑みを確認するように観察した後さらに口を開いた。


「次の新刊の内容とスケジュールについてなんですけど……」


 シルミラは、いつの間にか出版社とフィーを繋ぐ、編集者のような仕事をしていた。


「いやー、やっぱ旅しながらの執筆だとシルミラみたいな人がいると助かるわー

 趣味がおんなじで話もしやすいし」


 何度も語られたことではあるが、シルミラも、フィーと同様重度の腐女子である。


「今日はグリムナ達は一緒じゃないの?」


 シルミラがそう尋ねると、フィーは食後のデザートに頼んでおいたカスタードプディングをスプーンで掬いながら答える。


「最近ちょっとね、理由があって別行動してんのよ。今頃ステップ地方か……まあ、そっからどこを通ってるのかは分からないけど、私とは別ルートでターヤ王国に向かってるはずだけどね」


 スプーンの腹の上で新たな山を作ったプリンをうっとりした表情で眺めながら、自分のパーティーのことをベラベラと何の気なしにしゃべるフィー。

 先ほどブロッズからベアリス、グリムナ暗殺計画の黒幕がラーラマリアだという事実を聞いたばかりなのに、もう忘れたのだろうか。しかしシルミラはその情報を得ても特にリアクションをするでもなく、ただ興味深そうに話を聞いているだけである。彼女はその企みに加担していないのであろうか。


「そう言えばシルミラはどうなの? ラーラマリアがこの町にいるの?」


 今度は逆にフィーがシルミラに尋ねる。言い終わると彼女はプリンを口に運んで、今度は惜しげもなくぐいっとワインをあおった。ちなみに彼女は知らないが、今グリムナ達は砂漠で蛇を食べたり、おしっこをその蛇の皮に詰めたりしている。


「いやあ、最近なんかあいつ一人で行動してることが多くってさぁ……あんまり私することないから勝手に行動してるんだよね……一応レニオがついてずっと見てるみたいなんだけどさ。なんか最近不安定で躁鬱病の症状が出てきてるみたいだし」


「躁鬱……」


 フィーは彼女の言葉にそう呟いて、先ほど自分のもとを去った聖騎士のことを思い出した。思い返してみれば彼も感情の起伏が随分激しかったように感じる。


「今はターヤ王国に滞在してるはずだけど……」


 この言葉にフィーは「ん?」と首を傾げた。グリムナはベアリスを連れてターヤ王国に向かっている。自分も別ルートからそこへ向かっている。ブロッズもターヤ王国へ行くと言っていた。そこにラーラマリアもいるというのだ。キーパーソンが、全てターヤ王国に向かっている、何かが起きそうな、そんな気配を感じながら……


「ま、そんなことはどうでもいいんだけどさ! それよりさっきブロッズ・ベプトに偶然会ったんだけどさ、あいつ『グリムナのことが好き』とか言ってたのよ! ヤバくない!?」


 とりあえずそれは置いておいて、BLの話を始めることにした。


「うあ~! マジマジ!? 超ヤバいじゃん! 現実が小説に追いついてきちゃってるじゃん!!」


 ヤバいのはお前らの脳みそであるが。


 ともかく、二人は仕事の話はどうなったのか分からないが、そんなとりとめもない話を始めた。いつも通り、フィーは熱っぽく、早口でホモについて語る。


「そうなのよ! それで、『私が、グリムナの代わりにタチになる』とか宣言しちゃってさあ! もうあの二人は完全にデキてるわね。やっぱり私思うんだけどさ、グリムナは『そういうもの』を惹きつけるように生きているっていうかさ、なんかもうわざとやってるようにしか見えないっていうか……あ、そういえばレニオはどうなの? レニオ! あの子グリムナのことが好きなんでしょう? 何とかして二人っきりにできないかなあ? 前に二人を一緒の毛布で寝かせることには成功したんだけど、それっきり進展しなかったみたいで……」


 しかし、最初は二人で盛り上がっていたシルミラとフィーであったが、フィーが一人で盛り上がっているところを見ると、シルミラはだんだんと冷静になってきた。


「ねぇねぇ、レニオもあんたたちの幼馴染なんでしょ? 彼ってガチなの? っていうか、あんな外見だけど、本当に男なんだよね? 絶対?」


(よう喋るな、コイツ……)


 一度冷静になってしまうと、その考えが頭から離れない。いつの間にかシルミラは黙ってしまったが、しかしフィーのマシンガントークは次々と続く。


「そうそう、あんたグリムナの裁判来なかったから知らなかっただろうけど、すごい事があったのよ! ゴルコークが証人として表れてね、あ、っていうか、私が呼んだんだけどさ! ゴルコークがグリムナのケツをいじり倒してさぁ!」


 秩序なく、喋ってる内容もハチャメチャで、構成も何もあったもんじゃない。ひたすらに自分が思いついたことを垂れ流すように口から吐きだす。言葉ではあるものの、それはまるで『会話』というよりは『鳴き声』のようであった。


 一方、シルミラはそんな彼女を見ながら冷静になってしまっている。いつもなら彼女に同調し、一緒になってはしゃいでいる彼女であったのだが、今日はなぜか会話の途中で一瞬冷静になってしまった。


 『波に乗り遅れてしまった』のだ。


「次の小説はね、絶対にレニオネタで考えてたんだけどね、さっきたまたまブロッズに会っちゃったからさあ、彼のネタで行こうかな~、なんて」


 実を言うとこの二人の仕事、小説の打ち合わせについては終始こんな感じで進んでいる。なんてことのないような会話の中でフィーが着想を得て、そこからプロットを作って、なんとなく原案の小説を作っていく。まあ、小説と言ってもほとんどヤマなしオチなしイミなしのエログロ娯楽作品なので問題はないのだが、この時シルミラはあることに気付いた。


(これ……私がいなくても成立するな……)


 とうとう気づいてしまった。しかし『気づいた』事に気付かずにフィーはマシンガントークを続ける。


「そういやさっきのブロッズなんだけどさ、なんか完全に病んでるような感じでさぁ、そんな感じで『グリムナのことが好き』なんて言うもんだからこりゃヤンデレもいけるかな、とか思って……」


「許可とってます?」


「へ?」


 温度差、というものがある。冬に室内に暖房をかけているときに換気のために窓を開けると、暖かい空気、分子運動の盛んで気圧の低い室内の空気に向かって、外の冷たい、気圧の高い空気が流れ込んでくる。これが風の発生である。自然環境に於いて、地球規模のそれが起これば、たちまち突風が吹き、空気の分子が荒れ狂い、気圧の谷が発生し、そこに水蒸気が流れ込み、積乱雲が発生、いかづちが発生して荒れ狂う嵐となる。


「いや前から気になってたんですけど、ブロッズさんとかグリムナに、許可とか取って書いてるんですか? この話……」


 その嵐が今二人の間で発生したのだ。


「読んでるらしいですよ、ブロッズ……」


「え……? ちょ……何の話してるの?」


「ブロッズ・ベプトの話ですよ……フィーさんの小説、知ってるどころか読んでるらしいですよ……」


「え……だって、アイツ、そんなこと……一言も……」


 シルミラはフゥ、と小さいため息をついて頬杖をついた。これはフィーの態度に呆れたからではない。自分の態度に呆れてしまったのだ。「またやってしまった」という、自分の行動に呆れてのため息であった。


 現状に飽き、退屈になると、すぐにその場をぶち壊すようなことをしてしっちゃかめっちゃかにしてしまう。シルミラの悪い癖である。この癖が悪い方向に発動して、結果、グリムナはラーラマリアの勇者一行からホモ疑惑で追放され、ラーラマリアはのちに精神を病んで苦しむこととなった。悪いと思っていても、何が起こるのか、ふと気になって、好奇心からまたやってしまう。


 しかし実を言うと今回はそれだけではない。


 フィーのことが、少しだけ羨ましかったのだ。楽しそうに、グリムナの周りで起きたことを嬉々として話す彼女が、ほんの少しだけ羨ましかったのだ。


 グリムナは不思議な魅力がある。


 彼がパーティーからいなくなってから、勇者一行は何か、火が消えたように暗くなってしまった。彼の周りではいつも面白い事が起こっているというのに。幼いころからずっと一緒にいたメンバー、シルミラ、ラーラマリア、レニオ、グリムナ……この中の中心人物はラーラマリアだとずっと思っていた。しかしグリムナがいなくなって初めて分かった。パーティーにトラブルをもたらし、火をつけ、生き生きと動かしていたのは、実はグリムナだったのだと。


 彼がいなくなってから、勇者のパーティーは次第に会話も少なくなり、別々に行動することも多くなってきていたのだった。

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