第205話 タチかネコか

 ビュートリットから提示されたベアリス王女の救出作戦、しかし、それと同時に彼は王女の暗殺計画を立てていたのだ。


 そして、聖騎士ブロッズがその情報を得た相手、それこそがかつてのグリムナの幼馴染であり、仲間であった勇者、ラーラマリアであった。しかしやはりフィーは分からない。ターヤ王国と何の関係もないラーラマリアがなぜそんな情報を持っているのか。

 そこをブロッズに尋ねると、ブロッズは憎しみに満ちた表情で口を開いた。


「やはりあの女は害悪だ……自分の事しか考えていない。初めて会った時『取るに足らない』と評したのは間違っていた。一体何が彼女を変えたのか……あの女は何者なんだ……」


「ちょ、ちょっと! 全然答えになってないわよ! なんでラーラマリアがターヤ王国のお家事情の情報なんて持ってるのよ!」


 全く会話が成立していないことに気付いてフィーが戦慄する。今目の前にいる聖騎士、ヤーベ教国はおろか周辺諸国でも知らぬ者はいない庶民の憧れの的が、実は狂気に支配されているのではないか、そう感じたからである。

 しかしブロッズはそんな彼女の感情には気づかないようで、狂気に満ちた表情のままテーブルをドン、と叩いて答えた。


「まさに、そのベアリスとグリムナの暗殺の入れ知恵を王政派にしたのがラーラマリアだからだよ!!」


「なっ……!?」


 これにはさすがのフィーも驚きを隠せなかった。確かに今現在ラーラマリア一行はヤーベ教国に滞在し、ベルアメール教会にその存在を庇護されていることは広く知られている。教会の上層部でもある聖騎士の団長たるブロッズ・ベプトが勇者に関する極秘情報を得ていても矛盾はない。


 しかし、彼女の知る限り、ラーラマリアはグリムナの事を好いていたのではなかったのか。それも、泣き崩れながら帰ってきてくれるよう懇願するほどに。


「なっ、なんでそんなことに……ラーラマリアはグリムナの事を好きだったはずじゃ……それが、殺そうとしてるって……」


「元来自分勝手な性分の女だからな……その好いた相手が、手に入らないのなら、だれか他人のものになるのなら、いっそのこと……そう考えたのだろう」


 フィーは自分の手元にあるワインでのどを潤してから、少しうつむいて考え込んでしまった。彼女には全く理解できない考えである。そもそも享楽的で刹那的な性格のフィーからすれば『思い通りにいかないから好いた相手を殺す』などと言う考え方は全く理解できない。

 『上手くいかないなら別の男に切り替えていけばいいのに』……その程度の思考しか持ち得ない女である。


「その気持ちも……分からんでもないがな……」


 俯いて考え事をしていたフィーであったが、急に寂しそうな、静かな声そう語ったブロッズに驚いて顔を上げた。


「今回のボスフィン……トロールフェストの件を振り返って、自省してみて、彼女の気持ちがなんとなくわかった気がした」


「ん、んーと……気持ち……?」


 フィーが大量の疑問符を浮かべる。正直言ってこの女も他人の気持ちだとか思いだとか、そう言ったものにあまり関心のない人種である。作家のくせに。

 フィーは必死で無い頭を絞って記憶を整理することにした。


(ええと……気持ち? 今ラーラマリアの話してたんだっけ……? ラーラマリアはグリムナが好きで、でも手に入らないから殺そうとしてて、その気持ちが分かるって……あ、そうか!)


 何か答えにたどり着いたようである。しかしこの女の出す答えは、いつも同じだ。


(なるほど! やっぱりこいつグリムナが好きなのね!!)


「私は……グリムナが好きだ……」


 まさかの正解であった。


「私は、持ち前の正義感でもって、世界が救えると小さい頃からずっと思っていた。しかし今回の件でよく分かった。私の様な心の醜い、狭量な男に、世界など救えはしない……世界を救えるのは、彼の様な、心の優しく、大きい男だ……」


 それまで俯きがちにボソボソと喋っていたブロッズはここで顔を上げた。しかし、その不安げな、親とはぐれた幼子の様な心細そうな瞳は決してフィーを見ているわけではない。もっと遠く、ここにはいない誰かを見ているのか、はたまた人の世の儚さを見渡しているのか、なんとも掴みどころのない視線であった。


「だが、彼には、できないことがある。その優しさゆえに、踏み切れない線がある。それを、私が……代わりに行うのだ」


「か……代わり?」


 またもやブロッズが何を言っているのかいまいち見えなくなってきて、フィーは思わず聞き返す。


(代わり……? グリムナにはできない事……? ええと……グリムナは受けだから……タチになれないってことかな? ブロッズがタチ役をやるよ、ってこと?)


「私が、彼の太刀タチとなるのだ」


 まさかのビンゴであった。


「彼は優しすぎる……愚者を切り捨てることも悪人を罰することもできない。ならば、私がそれを代わりに行うのだ。その結果、彼は私を嫌うだろうな……彼の目には、暴力で他人を従わせる野蛮な人間に見えるだろう……だが、それも仕方ないのだ。誰かがやらねばならないのなら、せめて私がその手を汚そう」


(……なんか知らんけど……えらい一人で盛り上がってるな……)


 フィーは思わずごくりと生唾を飲み込んだ。


「愚か者も、悪辣な者も、彼が救う新しい世界には必要ない。きっと彼はそれを望まないだろうが、そう言った邪悪なものは、あらかじめ私が排除しておかなくては……」


 頼まれてもいないのに「グリムナができないなら、自分が手を汚そう」と悲劇のダークヒーロー気取りで訳の分からないことを言うブロッズ・ベプト。「誰もそんな事頼んでねーよ。何勝手に盛り上がってんだ。ひっこめ。お前は邪魔にしかならない」と、フィーは心の中で毒づいているが、しかしそれを声に出して言うような愚かなことはしない。


 何しろ美しい外見と穏やかな性格で知られ、社会的な地位も非常に高い聖堂騎士団の団長、そのブロッズが心の内にこれほどにどろどろと淀んだ、鬱屈した思想を持っているなど、だれも思わなかったのだ。ヘタに反論したり否定したりしたらよくわからない理論でこちらを攻撃してきかねない。そう考えると、フィーはとりあえずここは聞き流してやり過ごそう。そう考えたのだ。


 ひとしきり心の内を吐露して満足したのか、ブロッズはタンブラーの中に残っていたワインをぐいっと飲み干すと席を立った。


「少し話し過ぎてしまった。あまり気にしないでほしい。それでは……」


 ブロッズはウェイターに支払いを渡すとそのまま店の外に歩いて出て行った。フィーは「ふぅ」と軽いため息をついてワインで口を潤す。聖騎士ブロッズがあのような偏った考えの持ち主だったとは。彼女は恐怖を感じていた。


 しかし、それと同時に有用な情報を思わぬところから得られたのも事実である。彼の口から得られた情報で(その意図は分からないものの)ビュートリットがベアリス殺害を企んでいること、そしてその入れ知恵をしたのがラーラマリアであること、この二つが明らかになった。


 あとはターヤ王国に入国してその答え合わせをするのみである。さらに、実を言うと彼女は現地での情報収集以外にも、この『答え合わせ』の手段を持ち合わせてもいるのだ。

しかし彼女はまさにそのビュートリットの策略によりグリムナ達が今、砂漠に置き去りにされて命の危機にあることを知らないし、たとえ知っていたとしてもどうすることもできないという状態があるのだが。


「さっきの人……もしかして、ブロッズ……いや、まさかね……」


 ぶつぶつと言いながらフィーの相席、先ほどまでブロッズが座っていた席に、赤毛の少女が着席した。


「お久しぶりね、シルミラ」


 この人物が、フィーの持つ『答え合わせ』の手段であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る