第267話 歌
グリムナは、神を信じていない。
霊を信じていない。
魂を信じていない。
彼が信じているのは、人だけだ。
この世界を作った唯一なる神など存在せず、幽霊は生きている人間を慰めるための妄想に過ぎず、魂は記憶の積み重ねが作り出す反応の集合体に過ぎず、人を救えるのはただ、人だけであるが故に。
グリムナは薄れゆく意識の中、最後にはヒッテの頬を撫でた感触だけ、その手触りだけを感じて、もはや見ることも聞こえることもなかった。そして、その感触すらも消え、無くなった。暗闇の中に落ちるように、溶けるように、消え去る様に。
―小さき者よ 灯火の傍に来たりて 此の物語を聞け
―かの無惨なる語らいを
―我が眼は見えず 力もない 歩む道も違うだろう
―時のはかり無く横たわり ただ吐息を吐き続ける
―なにゆえ 『なにゆえに』と思うのだ
―なにゆえ 『どこに』と思うのだ
―我らが意思を 知りたいと思うのだ
辺りには、ヒッテの悲し気な、しかし美しい歌声が響いていた。
未明よりは大分静かになったものの、未だ町は町は喧騒と建物の崩れる音、そして家の燃える音に包まれていた。遠くからは竜の咆哮も聞こえる。しかし歌っているヒッテの周りだけは静かな空間で満たされていた。光の胞子が辺りから吸い寄せられるように彼女の周りに集まり、気絶しているラーラマリアの横に転がっているエメラルドソードの柄についている宝石がボウッと鈍く光っている。
―アア ケトス バネ ケトス
―セティ ラクトス アド ラクトス
―セティ タレス ケリ タレス
―エリィ カネケトス タリ ケトス
―嗚呼 世界よ あまねく 世界よ
―土は木へ 木は大地の命へ
―そして大地の命は 世界の中で私と彷徨う
歌声が涙に滲み、震える。
ヒッテの身体は先ほどから魔力が周辺から集まり発光していた。魂を燃やし尽くすように、力の限りに、しかし今にも折れそうな葦の如く頼りなく。子守歌のように優しげだが、同時に怒りに満ち溢れたようにも聞こえる。
すでに動かなくなったグリムナの体を抱きしめ、彼に訴えかけるように切々と歌う。
―嗚呼
―
―
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