第221話 しっちゃかめっちゃか

「ラーラマリア……いったいこんなところで何をしているんだ」

「ベルド……帰ってきていたのか……」


 グリムナとビュートリットの二人はどうやらどうしても話のタイミングがかみ合わないので、もう勝手に話をそれぞれ進めることにしたようだ。


「会いたかったわ、グリムナ。砂漠で死ぬなんてつまらないことにならなくて安心したわよ」

「どういう事なんだ? 俺が砂漠にいるって知ってたっていうのか?」

「ベルド……グリムナ殿と知り合いだったのか? 先ほどから屋敷で大暴れしてたのはお前なのか?」

「兄貴には関係のない事だ……」


「どういうこと!? ラーラマリア!! 砂漠に置き去りって! やっぱりあなたグリムナを……!!」


 なんと、レニオが参戦してきた。


「レニオもいたのか! 教えてくれ、この町でいったい何をしてたんだ?」

「レニオさん、お久しぶりです。あなた達がなぜこの町に……?」


 次いで、ベアリス王女がエントランスに到着したようである。ビュートリットの横に立ってレニオに声をかけた。彼女はラーラマリア達がこの町に来ていることを知らなかった。しかし同様にレニオもベアリス達がこの町にいるとは思っていなかったようである。


「なぜベアリス様がここに……? もしかして、この間ビュートリットさんが言っていた『ターゲット』って、ベアリス様……? なぜビュートリットさんがベアリス様を殺そうと……?」

「あ、レニオさん、その件はもう済んだことなんで、内密に……アハハ……」


 ベアリスが人差し指を口の前に持ってきて半笑いでレニオを制する。そうこうしているともう一人エントランスに女性が入ってきた。赤毛の魔導士、シルミラである。


「どうやら役者がそろったみたいね……あれ? てっきりフィーもいっしょにいるのかと思っていたのに……彼女はいないの?」

「シルミラさん! ヒッテ達もフィーさんに合流できなくて困ってたんです! フィーさんがどこに行ったか知らないんですか!?」

「なんと、やはりフィーの居所は誰も知らんのか……」


 次いでヒッテとバッソーがベアリスの後を追ってエントランスに入ってきた。現在9人。


「ベルド、言ったはずだ。お前にはもうこの家の敷居は跨がせないと……」

「ふん、俺がどこに行こうと俺の自由だ。兄貴の方こそ、見損なったぜ。政局に無関係な人間を巻き込んで殺そうとするやつだったなんてな……」

「殺そうと!? やっぱりベアリス様とグリムナを殺すつもりだったの!?」

「なんだって? ってことは俺達の暗殺にラーラマリア達が絡んでるってことなのか? レニオ!」

「フン、やはり知らなかったようだな。兄貴達の背後にいて操っていたのは教会と、勇者一行だぞ」

「兄貴って、ビュートリットさんとアヘ顔トコロテンおじさんは兄弟だったんですか!?」

「誰がアヘ顔トコロテンおじさんだ!!」

「ベルドさんって何者なんですか? 助けてもらっといてなんですけど、元々グリムナさん達のお知り合いなんですか?」


 非常にまずい状態である。しっちゃかめっちゃかだ。もはやどれが誰の発言なのか誰にも分からない。作者も微妙である。


「一旦整理した方がいいんじゃないんかのう……」

「あれ? そういえば前にボスフィンで会った時ベルドさんって貴族の三男とか、そんなこと言ってましたっけ?」

「シルミラはフィーとは会ってないのか? 最後に会ったのはどこなんだ?」

「ああ? ピアレスト王国の、レーウェとかいう国境近くの町で……私、フィーに謝らないといけないことがあったの……」

「ベルド、お前が妻を失って荒れていたのは分かる。だが、その後の行動はそれを差し引いても決して許されるものでは……」


 話が交錯して、場が荒れている。一人一人が自分の言いたいことを言い、その答えが出るたびにさらに他の人がそれに反応し、新たな疑問を口にする。登場人物同士が、微妙にかかわりがありながらも、しかし全貌を知ってはいない。そんな絶妙な関係にある人間同士がここに一堂にかち合ってしまった。人によっては完全に初対面の人間もいるが、しかしそんな人ももう一方の関係者は良く知っていたりする。多分この集団で話し合って酒が入ったりしたらおそらく5・6時間は話が続きそうな予感がする。

 確かにバッソーの言った通り一旦落ち着いて整理した方がよさそうであるが。


「やはり、生きていたか。お前達、必ず砂漠から戻ると思っていた」

「……リズ! ……砂漠ではやってくれたな……いや、もうそんなことは過ぎたことだが……」


 登場人物が一人増えた。砂漠の民コントラ族の若者、リズである。まだこの館にいたのか。ともかく、ただでさえ荒れている場にまた一人関係者が増えてしまったのだ。そうこうしているとドタドタとエントランスホールに駆けつけてくる複数の人間の足音が聞こえてきた。どうやら別の場所にいた衛兵がさらに集まってきたようだ。


「くせものぉ! 曲者が! え? 曲者多くない!?」

「うわ、ホントだ、何人いるんだこれ!?」


 お前らも含めて現在15人ほどである。


「とにかく、曲者を排除しろ! ラーラマリア殿以外は招いた客人ではないぞ!」

「ちょっと待て! あれベルド様じゃないのか? 帰ってきてたのか!?」

「待て、お前達! この方達はもはや曲者ではない、剣を納めるんだ。それにこの方は……」

「ま、まさかベアリス様!? 生きていらしたのか!」

「ベルド様がベアリス様を護衛して……?」

「いや、違……違わないけど、少し違う! ベアリス様を護衛してたのはグリムナ殿達で……」

「そのグリムナは少なくとも曲者では?」

「グリムナは……その、勇者! 今勇者になって……」

「ハ? グリムナが勇者!? いったいどういう事なのよ?」


 もはや収拾がつかない。どうしようかこれ。


「ちょっ、ちょっと! 一旦ストップ! ストップじゃ!! 一回みんな黙って」


 状況を見かねたバッソーがエントランスの中央に躍り出て大声で叫んだ。さすがにこういう時は年の功、頼りになる。グリムナも少し遅れてバッソーの後に続き中央に進み出る。


「すいません、ちょっと一回話を整理したいんで、すいません……ええと……」


グリムナは一旦落ち着いてから辺りを見回す。


「ええと、ちょっと一回カテゴリ分けしようかな……すいません、衛兵の人はこっちに並んでください。えと、コルコス家の人、ビュートリットさんとベルドさんもここで」


 ビュートリットとベルドも不満そうな顔を見せながらも渋々隣に並ぶ。二人がどういう関係なのかはいまいちわからないが、しかしどうやら仲が悪いのだろうな、ということだけは分かる。ベルドが妻を失ってどうのこうの、という話をしていて、正直グリムナも何があったのか、とても気になったが、しかしここはぐっとこらえる。一人一人話を聞いていったらとてもではないが話が終わらないからだ。


「ええ、次に私の陣営の人………こっちに並んでください」


 次にバッソー、ヒッテ、ベアリスを並ばせようとする。本来ならここにフィーも並ぶはずだったのだが、彼女は一体どこへ行ってしまったのか。そういえばシルミラが「謝らなければいけないことがある」とか言っていたのをグリムナは思い出したが、しかし本人がここにいなくて、誰もその場所が分からない以上、やはりこれも捨て置くしかない。もしかしてシルミラとフィーが喧嘩をして、それで不貞腐れてどこかへ姿をくらましてしまったのだろうか、そんなことを考えていたグリムナであったが、ふと辺りを見回す。


 ベアリスの姿が見えないのだ。


 いないのはベアリスだけではなかった。先ほどまでいたはずの場所にラーラマリアもいない。


 嫌な予感がした。姿を見せた時から、妙に敵対的な言動をとっていたラーラマリア。あまりにも情報量が多すぎて断片的にしか覚えていないのだが、しかし今回のベアリス暗殺にラーラマリアが絡んでいたような言葉も聞こえてきていたが……


「アーッハハハハハッ なんとも間抜けな連中ね!!」


 高い位置からラーラマリアの笑い声が聞こえた。グリムナが振り向くとラーラマリアがベアリスを肩に抱えてエントランスホールの階段を上がった二階側の通路の端に立っていた。今度ははっきりと分かる。やはりラーラマリアはグリムナの、いや、この場合だとベアリス一派か、とにかく敵なのだ。


 しかし彼女の立っている場所は二階、一階の出口からは遠いうえに、彼女が立っている場所には窓もない。いったいどうするつもりなのか、とグリムナが訝しんでいると、彼女は壁の方に向かって剣を持った右手を数回素早く動かしたかと思うと、そのまま壁にドンッと前蹴りを入れた。

 まるで隠し扉でもあったかのようにそのまま壁は外に向かってゴトン、と落ちた。なんと、聖剣エメラルドソードで壁を切り刻んで穴をあけたのだ。凄まじい切れ味である。もはや剣の範疇を越えているといっても差し支えない。


「アデュー、また会いましょう! ちなみにフィーの身柄も私が預かってるわよ!」


 ラーラマリアはビッと人差し指と中指で敬礼するようにしながらグリムナにウインクをすると、ベアリスを抱えたまま壁の穴から飛び降りて外に逃げて行った。

 してやられた。グリムナ達がとっちらかってしまったエントランスの惨状に右往左往している間に、ラーラマリアは見事目的の王女の身柄を確保してしまったのだ。


 それを慌てて衛兵たちが走って追いかけていくが、しかし追いつくことはできないだろう。彼女の底なしの体力と健脚は、グリムナが一番よく知っている。

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