第248話 ビショップ空手の実力

 ブロッズはサーベルを右手に持ち、右前の半身に構える。


 対してメザンザは左手を前に、深く腰を落としてゆったりと構える。


 ブロッズはメザンザが徒手空拳の使い手だという事は噂に聞いている。体もでかいし、多少の腕でも評価されているのだろうと、所詮は護身術程度の腕前だろうと高を括っていたのだが、しかしこうやって正対してみると言い様もない圧力を感じる。

 それに先ほどのブロッズの抜き放った剣を受けた方法も不明だ。


 見た目には武器を持っているようには見えなかったものの、しかし確かに何かで受けられた、打ち払われた感触があった。感触からして金属ではなかったが、暗器なのかなんなのか、手の内が見えなくて、それが不気味だ。いったいビショップ空手とはなんなのか。


 ブロッズは右手の剣で自分の体を隠すようにして慎重に間合いを詰める。それはメザンザがローブの袖の中に暗器、特に射出武器などを持っていないかを危惧しての事であるが、しかし実際メザンザは徒手空拳である。

 ブロッズはメザンザが戦うならばまず間違いなく後の先であろうと思って警戒していたが、しかし実際には先に動いたのはメザンザであった。


 息を吐く音と共に右の前蹴りが飛んでくる。ブロッズは間合いを外して足首を切り落とそうとサーベルを振り下ろしたが、メザンザは即座に右足を下ろし、右の順突きに切り替えてくる。これもやはりブロッズは間合いを外して横薙ぎに剣をふるうが、そのサーベルの峰をなんとメザンザは素手で叩き落したのだった。

 一瞬驚いたブロッズであったが、すぐに間合いを取って呼吸を整える。


(素手か……となると、先ほど剣をはじいたのも……? 理論上は不可能ではないが、しかし狙ってできる物なのか)


 メザンザの底知れぬ力に驚愕するブロッズであるが、しかしこの地形が彼に味方しているのだ。礼拝堂は二人を挟んで両側にミサ用の長机がずらりと並んでいる。二人は直線的にしか動きが取れない。そうすると得物を持ち、リーチの長いブロッズが有利となるのだ。もちろん長机の上に乗ればもっと広い動きが取れるが、メザンザの目方ではそれも足場に不安が残る。


「左様か」


 メザンザが構えを変える。深く落としていた腰をアップライトに構え、両の手の形は貫き手に、大きく広げるように構える。


 そのままメザンザは大降りに腕を振り回し、手刀で切りかかってくる。何の変哲もない振り下ろしではあるものの、メザンザのリーチ、そして腕の質量をもってすればそれはウォーハンマーの打ち下ろしにも等しい。「これは受けられない」、そう判断したブロッズは振り下ろしをやり過ごした後に突きを入れようとするが、間を置かずして振り下ろした手刀が今度は振り上げられる。

 得物を持っていないメザンザの腕はそれ自体が質量の高い武器であるとともに制御するための筋肉でもある。切り返しが早いのだ。


 続けて矢継早に手刀を繰り出すメザンザに対し、ブロッズは冷静にそれを躱し、攻撃の合間合間に腕を切り付けるが、深く踏み入ることができない。圧倒的質量の暴風の前には如何に得物があろうとも易々とは攻めきれないのだ。


「これなら如何か」


 そう呟くとメザンザの攻撃が縦回転から横回転へと変わった。メザンザの手刀は障害物で止まることはない。長机を粉砕し、木片が散弾となってブロッズを襲う。ブロッズは体を真横に構え、自身の前に剣を立て、最小限の動きでこれを防ぐ。

 だが木片の目くらましのその向こう、メザンザはすでにブロッズに肉薄していた。


 右の拳。


 木片ではっきりと視認はできないが、間合いから考えて順足の追い突きのはず。


 ならばとる行動は一つ。


 ブロッズは左手で拳を自身の右に払い、踏み込みながらメザンザの胴にサーベルを差し込む。


 相手の背中側に回り込みながらの攻撃となる。つまりこれを外に払うことはできず、内に払えば今度は戻す斬撃で腹を切り付ける。もはや詰んだ、そう思われたが。


 差し込んだはずの剣がピクリとも動かない。


「なん……だと……!?」


 サーベルは上からメザンザの掌底、下からは右ひざ、完全に挟みこまれてその動きを止めていた。万力のような力で締め付けられ、押すも引くもままならぬ。


 バキン、と嫌な音がしてサーベルが折れた。それと同時に払っていたメザンザの右腕が引かれ、鶏口拳、蟷螂鈎手に近い形となってブロッズの喉を狙う。ブロッズはそれを右肩で巻き込むように体を捻って逸らし、返す勢いで右ひじ内を入れようとしたが、接近戦ではやはりメザンザが上、左の鈎突きがブロッズを捉えた。


 左のわき腹、それはすなわち肝臓である。まずい、と感じたブロッズは即座に後ろに跳び、距離をとったがしかし内蔵へのダメージは時間差で来る。着地してすぐに体の中心に溶けた鉛を流し込まれたような鈍痛と体の重さにうずくまってしまった。


(声が……いや、呼吸ができない……ッ! 肋骨もおそらく折れている……)


 悠々と近づいたメザンザがブロッズの肩を蹴り飛ばしてひっくり返すと、鎧の中に手を突っ込んでペンダントの鎖を引きちぎり、『竜の魔石』を手にした。


「大儀であった。さがってよし」


 そう言ってメザンザはにやりと笑みを見せ、ゆっくりと右足を上げる。下段蹴り……一撃で家具を粉々に粉砕する彼の最強の蹴りがブロッズに照準を合わせているのだ。もはや言うとおりに動かず反抗ばかりする聖騎士に用はないという事である。


 「ここまでか」……いう事を聞かない体に絶望しながら、ブロッズは覚悟を決める。自分の気に食わない者を『悪』と断罪し、好き勝手に処分してきた自分についに因果が返ってきたのだ、そう考えていた。この先は、きっとグリムナが『正義』を成してくれるはず。何も残せない自分にふがいなさを感じながら、内臓の激痛に身をよじりながら最後の一撃を受けようとしていたのだが、振り下ろされたメザンザの蹴りは彼の体には着地しなかった。


 礼拝堂の窓を割って、何者かが大跳躍しながら飛び蹴りをメザンザに放ったのだ。メザンザは蹴りよりもガラスの破片を避けて後ろに大きく跳んで距離をとった。


「大丈夫か、ブロッズ!?」


「グリ……ㇺ……」


 ダメージの大きいブロッズは名前を呼ぶこともできない。それを察したグリムナがすぐに回復魔法をかけて傷を癒した。


「グリムナ、エメラルドソードに使われているものと同じ竜の魔石を奴に奪われてしまった。取り返さないと危険だ」


「竜の魔石? なにそれ?」


「竜の遺骸から作られたという聖剣エメラルドソード、魂を吸い取る力があると言われている剣だ。今はラーラマリアが持っているが……その剣についている魔石が『竜の魔石』だ。それと同じ石を、メザンザに奪われてしまった……どう使うつもりかは分からないが」


「なんでそんな石持ってるの?」


 グリムナの疑問は尽きない。


「その……ボスフィンで、ノウラ・ガラテアから奪ったんだ」


「えっ? ノウラ・ガラテアってマフィアのボスの? 知り合いなの?」


(……しまった……さっき会った時に詳しく説明しておくんだった……)


 物事を先送りにしておくといざというときに困るという事例である。

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