第406話 竜の姿

 どうしても自分語り、過去語りをしたいネクロゴブリコンと、どうしても老人の長話を聞きたくない3人。


 両者の駆け引きはしばらく続いたが、結局ブロッズの提案通りネクロゴブリコンは思う様過去を語り続け、他の三人は別の話を続けることとなった。


「三人は、ここで何を?」


「何を、とは? もちろん竜の対策じゃ」


 ブロッズの質問に賢者バッソーが答える。ブロッズは表情を暗くした。


「私は、ローゼンロットで、直接この目で竜を見て来ました。……あれは、人がどうこうできる存在ではありません。巨大ロボも、大司教メザンザも、あれには敵わなかった……」


「巨大ロボ?」


 ベルドが疑問の声を上げるが、そこはバッソーが流してブロッズの言葉に応えた。


「そりゃあそうじゃろうのぅ。たとえば、南の方にオオトカゲという、ドラゴンがいる。これが、だいたい全長2メートルくらいで、まあ、体重60キロじゃな」


 バッソーは地面に木の枝で点を書いた。次に洞窟の端から端に歩いて線を引いた。


「竜は目算で全長20kmくらいある。まあ、ざっと1万倍かの。長さが1万倍じゃと、体重はその三乗倍、つまり1兆倍、体重は6百億トンにもなるのう……正直途方もなさ過ぎて想像つかんわい」


 バッソーの計算はあくまで簡易的なものである。実際にはトカゲと竜では全く体重が違うし、あれだけの大きさだと体を構成する物質の密度の違いで体重は大幅に変わってくる。しかし、途轍もない大きさなのは間違いない。


「普通に考えれば自分の体重は支えられんな」


 ベルドがそう言った。たしかに支えられる筈がないのだ。体重は体長の三乗に比例して大きくなるが、筋力は筋繊維の断面に比例、つまり体長の二乗に比例して大きくなるので、大きくなればなるほど自重を支えるのは困難になる。


 さらに言うなら仮に現存生物の数百倍の張力を持つ筋繊維を保有して手足や尾を動かすことができるとしても、それを支える骨の物質的強度を既知の物質では賄えないのだ。動くたびに骨が折れてしまう。


「ベルドの話じゃと、竜は歩くたびに体から煙を噴き出しておるという事じゃったな?」

「ああ。それは間近で観察したから間違いない」


 バッソーはちらりとネクロゴブリコンの方を見る。まだ話は序盤、ベルアメールと初めて会った時の内容が終わっていないようだ。彼の話をBGMとして聞きながら、バッソーは今度はブロッズに話しかける。


「ブロッズ、お主はローゼンロットで竜を見たと言ったのう? あそこでは竜との戦闘があったと聞いたが、どんな感じじゃった?」


 問いかけられたブロッズはゆっくりと語りだした。ここへ来たときは大分緊張というか、心細くしているように感じられた。それはおそらく精神的な不安定さだけではなく、自分が拷問を加えたベルドがいたことにも起因しているのだろうが、他の三人があまりにも何事もなかったかのように話をするのでその緊張も解けてきたようだ。


「ブレスや、圧縮した空気でのプラズマ攻撃などいろいろあったが、基本的に竜は魔法の類は使えないようです。あれだけの質量攻撃ができればそんなもの必要ないのでしょうが……それともう一つ。竜は異常な回復力を持っている。巨大ロボや、メザンザが開けた大穴も、そう時を置かずに全快していた」


「巨大ロボ?」


 ベルドは『巨大ロボ』の意味が分からないようでしきりに首を傾げている。一方バッソーはその言葉を聞いても顎に手を当てて「ふむ」と答えただけであった。回復力についてはそれほど驚いている様子ではない。


「なるほど、大体予想通りじゃな」


 それどころか予想の範囲内であったようだ。続けて言葉を発する。


「儂の予想通りならば、竜はじゃ」


「群体?」


 ベルドが聞き返す。


 群体とは複数の個体がくっついた状態で群れを成し、あたかも一個の個体のように振舞うことを言う。


 主にクラゲやサンゴなどの原始的な生物に多く見られる生体様式であり、それぞれの個体が栄養の吸収や生殖などを専門に行う。ハチやアリなどの社会性動物の分業との違いは、主に個体間の距離であることが多い。


 しかし通常竜などの高度で複雑な構造を持つ動物が群体であることなどない。せいぜいがホヤ程度の生物であり、脊椎動物には存在しない。ならばなぜバッソーはそう考えたのか。


「おそらくは、竜は崩壊と再生を繰り返しながら動いておる。しかし、体の再生には膨大なエネルギーを使うからのう。だから歩くときなどの衝撃を逃がすために体のを解いて瞬間的に分解し、またその結合をことで一個の個体が歩く動作を再現しておるんじゃろう。

 ベルドが見た歩くときに出るは繋ぎきれなかった崩壊した体の欠片じゃろう」


 なるほど確かにバッソーのいう事は道理が通る。あれだけの重量、足を上げてそれを下ろすだけで体が崩壊しかねない。

 そのすべての衝撃を自ら崩壊することにより緩和し、再結合することで動き続けるというのだ。


 しかしこの推論にブロッズが疑問を呈した。


「待ってくれ。竜はクラゲやサンゴとは違うんだ。複雑な思考をし、学習能力を持つ。戦っている時もそうだったし、人間が大勢いる場所から狙い撃ちにして攻撃を仕掛けている。そんな複雑な思考をするなら必ず脳のような、全体を統率するためのコアがあるはずだ」


「だったらそのコアを破壊すればいいという事か?」


 ベルドがそう尋ねたが、しかしブロッズは目を閉じて考え込む。ちなみにネクロゴブリコンの話はようやくベルアメールと共に旅立ったところまで来た。いつまで続くんだこの話。


「群体にそんな複雑な機構は作れない……そもそももしそうなら、体の結合を解いた瞬間にコアからの信号が途切れて、再結合などできなくなるはずだ……理屈に合わない。できるとすれば……たとえば……」


 そう言って空に視線を彷徨わせたまま、ブロッズはまた黙り込んでしまった。


「細胞一つ一つが考えている。グリッドブレイニング……といったところかの?」


 バッソーがそう答えたが、しかし本当にそんなことが可能なのであろうか。ブロッズはバッソーの方を見たまま、即座に反論する。


「それだと体積が小さくなるほどに思考力が低下するはずです。やはり結合の解けた細胞が元の体に戻ることは出来ないのでは……?」


「そんなら、答えは簡単だろう」


 ベルドがくい、と腰に提げていた水筒の中身を飲みながら言った。


「考えてるのは竜じゃねえのさ。多分人間だ」


「人間?」


「そうだ。俺の報告にあっただろう。竜と人は繋がってる。つまり竜の思考は人間全体の集合無意識から成ってるってことさ。どうやって通信してるかは分からねえがな。ベルアメールの『預言』と同じく、な」


 『竜』という生物の、おおよその外殻が見えてきた気がした。


 一方、ネクロゴブリコンの話は、まだ終わりそうにない。

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