第407話 生主フィー

 ネクロゴブリコンの過去語りは一昼夜に及んだ。


 真剣に聞かなくて正解であった。


 「400年も昔のことをよく覚えているな」と思いながらもブロッズ達は、食事や休憩を挟みながらそれをなんとなく聞き流していた。しかし彼にとってはそれほど大切な記憶だったのだろう。少なくとも、通常は十年ほどで死んでしまう邪悪な妖精ゴブリンを400年もの間この世界に縛り付けておくほどには。


 かいつまんで重要な部分だけ抜き出すと、彼は400年前、数人の仲間と共にベルアメール神父と協力して竜の復活を阻止すべく行動していた。ちょうどグリムナ達のように。


 結局竜の復活は阻止できず、ベルアメールは避難民を誘導し、そして最後には「竜を近くで調べる」と言って、竜に食われて死んでしまったという。


 竜はその後もしばらく暴れ続けたが、大陸を縦横無尽に破壊しつくして満足したのか、数か月後にはいつの間にかいなくなった。


 ベルアメールと竜がいなくなった後もネクロゴブリコンは竜の再来に備えて世界を見守り続け、そしてグリムナと出会った、というのが事の顛末である。


 ネクロゴブリコンはグリムナにかつての聖者の面影を見、そして彼ならば世界を救えるかもしれないと見込んだのだと。


「そのベルアメールからメザンザは預言を受けていただと……? それも一度じゃないらしいな」


 ベルドが手紙を見ながら呟く。


 一度目はトゥーレトンに聖者の存在を示唆する預言。メザンザはそれを悪用して、明らかにその者ではないと分かりつつもラーラマリアを勇者として認定した。


 そして二度目の預言。


 夢の中に現れたベルアメールからネクロゴブリコンの名を聞いたのだと手紙に書かれていた。


「なんでメザンザなんかに何度も預言を寄越してるのに過去の仲間のネクロゴブリコンには預言を与えないんだ?」


 ベルドが尋ねるとネクロゴブリコンは「むぅ」と考え込んでしまう。そんなこと言われても彼に分かるわけないのだ。


「ネクロゴブリコンはベルアメールを仲間だと思ってたけどその逆はなかった、ってことか……」

「ちっ、違う! そんなことはない! 絶対仲間じゃ!!」

「待てベルド、それについても書いてあるぞい」


 喧嘩を始めそうなベルドとネクロゴブリコンにバッソーが落ち着いて話しかけ、手紙の一節を指さす。メザンザの文章は言い回しが独特で非常に分かりづらい内容であったものの、さすがに『賢者』と呼ばれるだけの事はあり、彼は内容をしっかり理解しているようであった。


「『人ならざる者に通ずすべ持たず』……これはつまり人間種以外に預言を与えられんという事じゃないのか?」


 皆が首をひねる。たしかにそう読み取れる。しかしなぜ人間以外に連絡が取れないのか、それが分からない。だがバッソーは何か気づいたようで口を開いた。


「ベルド、お主がコルヴス・コラックスでたどり着いた答え……『竜は人が生み出した』との事じゃったな? もしそれが正しいならば、竜は人類種に対して『特別な何か』を持っておる、という事になる」


 そしてちらりとネクロゴブリコンの方を見た。彼はハッとした表情になり呟くように語る。


「ベルアメールは、確かに400年前、竜に食われて死んだ。だが、もしかしたら死んではいるものの、その精神は今も竜に捕らわれておるのかもしれぬ。だとすれば……」


 つまり、死んだと思われていたベルアメールの精神は400年経った今も竜の中に捕らわれており、竜を媒介として人類と通信ができる。ならば人類ではないゴブリンとはたとえかつての仲間であろうと連絡が取れないというのも納得がゆく。


「手紙によれば、ベルアメールはネクロゴブリコン師匠と連絡を取りたがっているようですが……?」


「とはいえ、のう……」


 ブロッズが言葉を挟んだが、しかしネクロゴブリコンは腕組みをして考え込んでしまう。


 それはその通りだ。今まさに話したみなの推論が正しいのならベルアメールは人間ではないネクロゴブリコンとは連絡が取れないことになる。そこをひっくり返す手が思い浮かばないのだ。

 ブロッズがおずおずと話し出す。


「その、たとえば私達のいずれかがベルアメールと交信し、それを師匠に伝える、というのは?」


「むう、どうじゃろうな? 口寄せみたいなことができればいいんじゃが、そもそも預言は起きた状態で出来るのかのう? 今までの預言は全て夢の中で告げられておるようじゃが」


 一旦寝てベルアメールが連絡してくるのを待ち、それを起きてからネクロゴブリコンに伝える。ネクロゴブリコンからベルアメールに伝えたいことがあれば、また寝て、ベルアメールから交信してくるのを待つ。それではいかにも効率が悪い。事態は一刻を争う状況なのだ。


「ベルアメールは何を語りたいんじゃろうなあ?」


 バッソーが呟くと即座にネクロゴブリコンが答える。


「それはもちろん竜に対抗する方法の事じゃろう」


 そう。目下の最大の目標、竜への対処法に違いないのだ。


「正直、竜はあれだけの巨体だ。如何に強い魔力を持つものでもアレを破壊しきることなどできない……ならば、どこかにコアとなる器官が存在して、それを探し出して破壊すれば何とかなるのでは? と、おもっていたんだが……」


 ブロッズがそこまで語って黙り込んでしまった。バッソーやベルドが言った通り、コアや、脳に当たる器官が存在しないとなると、あの巨体と再生能力である。もはや物理的に竜を倒す方法など存在しないと言えよう。それは、実際に災害の如きカラテの実力者であったメザンザですら竜の前に敗れ去ったことからも立証されていると言ってよい。


 みながああでもないこうでもないと悩んでいると、どこからか声が聞こえてきた。


『どうやらお困りのようね、皆さん方』


 聞き覚えのある女性の声。きょろきょろとみなが辺りを見回すが、しかし人影など見えない。ただ、ベルドだけが訝し気な目で自分の荷物を入れているバッグを調べ始めた。


「なんだぁ? こりゃあ……」


 自分の荷物の中から、見覚えのない一枚の呪符が出てきた。羊皮紙で出来た丈夫な物だ。


「今の声……フィーじゃないんかのう……」


 バッソーがそう発言した瞬間、呪符に書き込まれていた魔法陣がぼうっと光った。ベルドは驚いてそれを地面に落とす。それと同時に呪符が喋りだした。若い女性の声で。


『はじめましての方ははじめまして、そうでない方はこんにちは。あなたのアイドル、フィー・ラ・フーリで~~~す! ぱちぱちぱち~』


「…………」


 初めましての方など居ないが。


 妙にテンションの高い呪符から聞こえてくる声をよそに、洞窟の中は、静寂に包まれた。

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