第190話 不審な人物
ステップの中にあるオアシス。そこに寄り添うようにその村、遊牧民族タンズミッミルの交易中継地点のネオムという村があった。ネオムとは彼らの古い言葉で『折り重なる』、『交差する』という意味である。
土壁で作られた簡素な家に、大きめの布を巻きつけて飾り立てたような変わった服装。他の、オクタストリウムとも、ピアレストとも明らかに違った文化圏である。特に女性は布で髪や首元まで隠し、見せているのは顔だけ。貞淑で知られるタンズミッミルの女性は完全防備の服装である。そこにはチラリもポロリもラッキースケベもない。ガッデム。
グリムナはバッソーと二人で、道の端の空いたスペースで野風の笛を使った『占い』を再度行っていた。
ぱたり、と笛は東の方角を指して倒れる。すぐにグリムナは地図を開いて、現在の場所からスッと直線を東方向に引いた。すでに記してあった以前に占った方角の直線と好転を指し示しながら言う。
「移動していなければ、この辺りですね……」
「ふむ……村からそう離れた位置ではないのぅ……」
バッソーも地図を見てから、東の方を眺め、そう言った。東の方角、彼らの位置からでは建物が邪魔になって見えないものの、やはり一面のステップが広がっている場所である。以前のようにもしかするとアンキリキリウムでそうしていたように人里でホームレスをしているかもしれないとも思ったのだが、やはりベアリスは村からは少し離れた場所で生活をしているのかもしれない。さらにこの村の近くならいざとなればオアシスに水を汲みに来ることもできる。生活基盤を築くにはちょうど良い立地ともいえる。
一方のヒッテとフィーは村で不審な人物を見ていないかの聞き込みをしていた。屋台で大きめの平べったいパンを購入しながら店主の親父に話を聞いている。
「はい。身長はヒッテよりも少し高いくらいで、銀髪の少女なんですけど」
「不審なよそ者っていったってねぇ……」
「結構もちもちしてるわね、このパン」
「だろ? 南の方であんたらが食ってるパンはパサパサしてるからな。みんなこっちのパンは旨いっていうぜ?」
フィーが全く意味のない横槍を入れたので話がそれてしまった。
「親父さん、もう二人分パン買うから何か情報ないですかね?」
「っていってもなぁ、ここは交易の町だからな。『不審なよそ者』っていったって、村にいる人間の半数は『よそ者』だぜ?」
「オクタストリウムから来る人たちはみんな黒髪ですよね? 銀髪の人がいたら大分目立つと思うんですが……」
それも若い女の独り歩きである。この辺りはボスフィンなどよりも随分治安は良いが、そもそもこの世界で女の一人旅などする者はいない。大変目立つはずなのだが、店主は「う~ん」と考え込んでしまう。
「ドライフルーツもいっぱい入ってておいしいわね。コレりんご?」
「だろ? うちのパンはこの村でも一番だって自負してるぜ! よかったらこれからもひいきにしてくれよ」
ヒッテのサイドキックがフィーの腰にズンッとめり込んだ。
「あだっ!? なにするのよ!」
よろよろと後ずさりしながらフィーが不満の声を漏らす。フィーのやる気のない態度に彼女の怒りが炸裂したのだ。
最初はヒッテとバッソーとグリムナの三人で今後の進路の話し合いをして、その間にフィーに一人で聞き込みをさせようとしていたのだが、前回のボスフィンでの聞き込み、ヤーンのことを全く探さずにオクタストリウムのBL事情をリサーチしていたことにグリムナが懸念を示してヒッテとセットで聞き込みをさせることになったのだが、果たして彼の懸念は見事に的中した。
最初はフィーに聞き込みを任せていたのだが、彼女はベアリスの捜索を早々に諦めてステップ地方のBL事情を調査し始めた。やがて、この地域の人間が小説を読むどころか識字率も非常に低いことが分かると今度は男に対して『男性に性的魅力を感じるか』を調査し始めた。
ベルアメール教会の影響も少ないこの地域では同性愛に対してもあまり抵抗がない事を知ると彼女は大層興奮し、実際に経験したことがあるか、どのような恋愛を経験したかを根掘り葉掘り聞こうとしたのだ。
ヒッテはもはや我慢の限界であった。寿命の大変に長いエルフ族はやる事なす事全てが遅く、熱意が感じられない。フィーもそれは例外ではなく、ホモ以外の話題になるとそれらをすべて後回しにして自分の趣味に走る傾向がある。
ヒッテは一度目の蹴りを彼女にお見舞いして、今後の聞き込みは自分がする、と宣言した。ところが、ヒッテが聞き込みをしていると先ほどのように全く関係のない話題を振ってきて邪魔をするのだ。
そして先ほど、二度目の蹴りが彼女の腰にヒットしたのだった。
「くっ……前から思ってたけど、ヒッテちゃん、結構肉体で語るタイプよね……すぐ死ぬヒューマンは気が短くて困るわ」
「言っても分からないメスブタにはこうやって聞かせるしかないんですよ」
二人が不穏な会話をしていると店主が困ったような表情で話しかけてきた。
「頼むから店先で喧嘩しないでくれよ……そう言えば最近、俺は見てないが、東の方にある岩場で人影を見たって話ならあるぜ?」
「本当ですか!? どんな話ですか!」
思わぬ良い情報にヒッテが食いつく。彼女らはまだ知らない情報であるが、これはグリムナの『占い』とも合致する方角である。ヒッテが詳しく聞き出すと、情報としてはどうやら村の外、10kmほど東に行ったところにある岩場で何者かが暮らしている痕跡があるのだという。その程度の情報ならば普通であればそれほど珍しいことはない。野営をしている旅人であったり、村や町に入れないお尋ね者が人里離れた場所で暮らしている、という事は別にベアリスの件以外でもよくある話なのだ。しかしこの村では少し事情が違う。
つまり、ホームレスであっても、水場の近いこの村で暮らせばいいし、お尋ね者であったとしても、この村にまでオクタストリウムの役人が犯罪者を追ってここまで来ることはないのでやはり村で暮らせる。
ならば、わざわざ夜に冷える上に野生動物にも襲われる危険のあるステップで暮らす意味など普通はないのである。何か特段の事情、タンズミッミルに対して見つかるとまずい、とか、あるいはその者の個人的な趣味である、とか言うような理由がなければ。
「これは……」
ヒッテが喜びの色を顔に浮かべてフィーの方に振り向くと、フィーも笑みを浮かべてこくり、と頷く。
「じゃあ! もう! 自由行動でいいわよね!?」
やはりろくなことを言わない女である。ヒッテはすっかり呆れた表情をしていたが、フィーの方はすぐに残ったパンを口に詰め込むと、店主の親父に聞き込みを始めた。
「ねえ、あなたはどうなの? 男同士の行為に興味があったり、経験してない?」
「ええ? 今はねぇけど、若いころ少ぉし、あったような、なかったような……」
「そこ! そこのところをもそっと詳しく!!」
ヒッテは、フィーをその場に置き去りにして、グリムナ達の元に戻ることにした。
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