第391話 ゆうべはおたのしみでしたね

「お、おはよう……ございます」


 グリムナがぎこちない挨拶をする。ヒッテも同様に気まずそうにアムネスティに挨拶をした。アムネスティはにこやかに笑いながら挨拶を返す。


「あらあら、眠そうな顔して。二人とも眠れなかったの? もしかして、ゆうべはお楽しみだったのかしら? ミシティのベッド汚さないでよぉ?」


 イラッ


 ヒッテとグリムナの表情が怒りに歪む。


 昨夜部屋に尋ねてきたリカウス。彼との会話により、アヌシュ殺害の真相を知った上でアムネスティと結婚したことを知った。


 つまり、修羅場になる恐れはなくなったのだが。だがしかし、あんな話を寝る前に聞かされて熟睡できるほど二人の神経は太くはなかった。


 逆にアムネスティの方はゆっくり眠れたようで爽やかな笑顔を見せている。夜泣きとかしない子なんだろうか。ちっちゃいグリムナは。


「もし二人に子供ができたら名前を『アムネスティ』ってつけてくれてもいいのよ、オホホホ」


「うるせー死ね」


 と、二人は心の中で毒づいた。


 しばらくし、リカウスがミシティを起こし、全員で朝食をとった。グリムナは心の中で気持ちを切り替えてゆこうと深呼吸をする。


 大変後味の悪い事を知ってしまったが、しかし基本的には彼には関係のない事だ。これからしようとしていることにも何の影響もない。ただ、自分のすべきことをするだけ。


「ん?」


 そんな時だった。ヒッテが食事の手を止め、耳をそばだてる。どうかしたのか、とグリムナが尋ねると、ヒッテは「外が騒がしくないだろうか」と答えた。


 言われてみればそんな気もする。叫び声が聞こえるような。全員が耳に神経を集中すると、リカウスが真剣な声で呟いた。


「まさかとは思うが、また、野盗が来たんじゃ……」


「また?」


 グリムナがそう聞き返すと、リカウスは急いで残りの麦粥を掻き込んでから答える。首都のローゼンロットにも近く、その上で手ごろな小さい村、という事でここに野盗の類が時折略奪に来ることがあるのだという。


 リカウスはそこまで答えると、立ち上がり外に出ようとする。


 グリムナもあわててそれを追っていく。アムネスティは子供がいるため家に残る。本来ならそういった場に女性が出向くのはあまりよろしくないが、ヒッテもグリムナを追って外に出て行った。


「出遅れましたね、村長がもう交渉しています」


 見ると、数十人のガラの悪そうな男達に囲まれて、おそらくこの村の村長であろう、老人と、数人の若い男が話し合いをしているところだった。


 ガラの悪い男たちは装備は統一されていないものの、それぞれ皆簡素な鎖帷子とコニカルヘルム。革鎧の者はいない。


(野盗というよりは……傭兵団か? まあ、どちらも似たようなもんだが)


 グリムナがそう考えながら小走りに近づいていくと、話し声が聞こえてきた。


「だからよお、俺達は正式に大司教猊下から要請を受けて戦争に参加してるれっきとした正規軍、お前らの国を助けるために戦争に参加してるんだぜ? その俺達に物資の提供ができないたぁどういう了見よ!」


 グリムナはまずはホッと一息つき、安心した。どうやらまだ暴力行為にまでは至ってない。何とかして丸く収めようと頑張っているようだ。今度は村長の方が口を開く。


「いえ、出さないわけではありませんが、しかしあまり多くの供出を望まれますと、こちらが冬を越せなくなってしまいますので……」


 なるほど、法外に多い供出を求められて困っているというところのようだ。(法外もなにも、元々法の外での略奪であろうが)

 グリムナは間に割って入るようにして、直接交渉をしていた傭兵団のボスと思しき人物に話しかけた。


「まあ待て、落ち着いてくれ。そもそもあんた達正規軍なら物資は国の方から出るんじゃないのか? 徴発の指示を上からされてるのか? 命令書は?」


「ああ? なんだてめえ! いきなり出てきやがって!」


 しまった、刺激しすぎたか、とグリムナは焦る。急に出しゃばって責め立てるようなことを言ったグリムナに傭兵は気を悪くしたようだ。


「そもそも俺たちは国のために戦ってんだぞ! 自分の代わりに血を流してくれてる兵に物資を提供するのは当然のことだろうがよ!!」


「いや、そのりくつはおかしい」


 グリムナは果敢に反論を試みる。


「あなた達は見たところ傭兵ですよね? だったらヤーベ教国から契約金が出てるはずでしょう。対価を別に貰ってるのに感謝や物資の供出を強要するのはおかしいでしょう」


「てめぇ!」


 しかしこれが完全に傭兵の逆鱗に触れてしまったようで、男は腰の剣の柄に手をかけて抜いた。


「確かに命を張って戦っているのだから、少ない契約金だけでは割に合わないということですね。理解できます」


 その剣先とグリムナの間にさらに誰かが割って入った。リカウスである。傭兵は抜いた剣を肩に担ぐように乗せて彼の話を聞く姿勢を見せた。


「フン、少しは話の分かる奴がいるじゃねぇか」


 グリムナもその様子に思わず冷や汗をぬぐった。彼の言ったことは正論ではあるものの、しかしあまりにも対決姿勢をあらわにし過ぎてしまった。元々無法者が相手なのだ。四角四面の対応では収めることは出来ない。


「ですが、我々も生きてゆかねばなりません。理解してください」


 『理解してください』……傭兵の方眉がピクリと動いた。気づかれぬよう、グリムナは若干重心を前に置く。リカウスが『理解する』のはよい。だが、『理解を強要する』のはまずい。傭兵のリアクションからそう感じ取ったからだ。


 だが予想に反し傭兵はリカウスの肩に手を置き、親しそうな言葉で話しかける。


「なるほどなあ、その通りだ。誰だって生きていかなくちゃいけねぇ。それは俺達も同じさ。お前たちを守り、俺たち自身も生き延びる。両方やらなくちゃいけねえってのが傭兵の辛いところだねぇ……供出量の交渉に入ろうか」


「よ、よかった。理解してもらえましたか。では、村長、具体的な供出可能な量を……」


「全部だ」


 傭兵の言葉に一瞬誰もが息を呑んだ。


「金目の物、食いもの、全部出しな。てめえらは霞でも食って生きろや」


 やはり交渉の余地などなかった。傭兵は喋り終わるよりも早く肩に担いでいた剣をリカウスめがけて振り下ろす。


「うわあ!!」


 だが一瞬グリムナの動きが早かった。剣はグリムナの腕の骨まで達していたものの、何とか踏みとどまった。


「まさか、焦土作戦を行ってターヤ王国側に略奪をさせないためですか! 理解はできますが……」


「今理解とかどうでもいいから!!」


 そう叫びながらグリムナは剣を持つ相手の親指をホールドしながら傭兵に顔を近づける。


「んむちゅうぅぅぅ~……」

「んむんぐんんん!!?!?!?♡♡♡?♡♡!!♡?」


 魔法のキスが決まった。ちゅぽん、と音を立てて唇が離れ、糸を引く。傭兵は白目をむいてその場に倒れこみ白目をむいて失神している。


 誰もが何が起きたか理解できず、呆然と立ち尽くす。その隙をついて、ヒッテが傭兵に関節を極めながら投げ飛ばし、脱臼させて無力化させていく。


 ようやく自分達に逆らったのだ、と理解した残りの傭兵がグリムナめがけて押し寄せてくる。


 だが、一人の人間に対して攻撃できる人間の数は限られている。そして、グリムナはそういった、多勢に無勢の戦いに慣れているのだ。


 切りかかったロングソードを躱しながら懐に入り込み唇を奪う。同時に次に近い者との間に相手の体を入れるように立ち位置を調整し、盾とする。さすがに傭兵も味方ごと切り殺すなどという非情は出来ない。


 幾度もの実戦、経験を経て、グリムナの実力はすでにのレベルに達している。いくら数が多かろうと傭兵如き敵の数には入らない。次々と傭兵たちは唇を奪われ、戦闘不能になった者の体と、イカ臭い匂いが辺りに充満し始めた。


「同性愛者ですか!? 嗜好としては理解しますが、今やることでは……」

「お前ちょっと黙ってろぉ!!」


 今それどころじゃないのに理解野郎が話しかけてきた時であった。


 ずん、と大地が揺れた。

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