第118話 猛虎肛破斬と*バースト
一瞬の隙をついてグリムナが見せた『奥の手』、それは倒れたときに口に含んでいた土や枯れ葉をブロッズの顔に吹きかけることであった。率直に言ってあまり誉められた技ではない。騎士道を重んじるものならば「卑怯者」などと蔑むかもしれない。
しかし手段を選んでいる余裕など無い。
『自然権』というものがある。ホッブスが『リヴァイアサン』の中で説いた一説ではあるが、「人は、自然状態においては自らの持つ能力を用いて、それを際限なく行使しうる権利を持つ」。すなわち法律のない『自然状態』とは万人の万人に対する闘争状態であり、その中で人間は生きるためにどんな手段でもとれると言うことだ。
ブロッズとグリムナの戦いは法に認められた仇討ちでもなければ決闘裁判でもない。もちろんスポーツの大会でもない。そこには『卑怯』などという感情に基づくマナーなど存在し得ないのだ。
一瞬顔を振り咄嗟に左手で目をこするブロッズ。しかしすぐに目を開いてグリムナの攻撃に備えようとする。
(しまった……完全に油断していた! 先ほどの決意のまなざしはコレだったのか……!)
目を開いたブロッズにはグリムナの姿が見えなかった。いや、そうではない。視界の端に確かに『それ』は存在したのだ。グリムナはブロッズの左足に片足タックルを敢行していた。ブロッズはあわてて右手の剣で切りつけようとするが、その刹那、彼の体を持ち上げようと力が掛かる。
ブロッズはそれに堪えるべく丹田に力を込める。持ち上げることを諦めたグリムナは今度は彼の右膝裏に手を当て、一気に押し込んだ。まんまと彼の左膝は曲げられ、思わず地にひざを突く。しかしまだ脱力せず右足は堪えている。両の手も地には着いておらず剣も把持したままである。
グリムナの眼光が光った。
両手がフリーにならなければ
全身鎧というものはその名の通り全身を覆ってはいるものの、尻は無防備である。それは馬に乗るためであるが、同時に尻に命に関わるような危険な急所は無いからである。(付近には金的、会陰という危険な急所があるが)しかしそれは尋常の剣法、拳法が相手の場合であって、グリムナには当てはまらないのだ。
グリムナは大きく弧を描きながら右手を加速させ、その親指を彼のラスト・オブ・アスにねじ込んだ。
「
必殺技の炸裂だ。グリムナの右腕全体とブロッズの尻が緑色に淡く輝き魔力が流し込まれていることが見て取れる。
「キマッた!!」
「ナイスアス!!」
ヒッテとフィーがそれぞれ小さく歓喜の声を上げる。端から見るとケツの穴に指つっこんでるところ見て歓喜の声を上げるってなんなんだろう。
「かかったな、グリムナ!!」
しかし、当の指を突っ込まれているブロッズには焦りの表情はない。コレはいったいどういうことなのだろうか。
「アスタリスクバースト!!」
そう叫ぶなりドォン、という爆発音と共に二人を中心に魔力の暴発が起こった。ヒッテ達もその衝撃波で吹き飛ばされて2メートルほど後ろに弾かれた。
「あいたた……何があったの……?」
すぐにフィーが体勢を整え直して周囲を確認する。見るとブロッズはグリムナの技を受けたはずなのに余裕の表情で立っている。
これまでにグリムナの技を食らって立っていられるものなどいなかった。あのイェヴァンですら意識は失わないものの、しばらくは四つん這いになって立つ事などできなかったのだ。暗黒騎士ベルドに至っては白目をむいて射精したまま失神していた。
それをこのブロッズは何事もなかったかのように自分の両の足で立っているのである。
そしてグリムナは……ブロッズとフィー達の調度中間地点辺りに仰向けで転がっていた。所々黒い煤のようなもので汚れており、特にブロッズに直接接していたであろう右腕がひどい。アームカバーも衣服も真っ黒に焦げ、手自体もボロボロになっているように見えた。
「ご主人様!!」
すぐにヒッテが立ち上がってグリムナの元に走り寄って彼の上半身を抱き抱えた。グリムナはどうやら意識がないようである。
「な……何が起きたんじゃ……?」
バッソーも何とか体勢を整えてぼそりと呟いた。それにブロッズが答える。
「ふふ……ぶっつけ本番になってしまったが上手くいったようだな。簡単な話、彼の『技』にあわせて私の魔力を放って相殺、さらには魔力を暴発させて押し返したのさ」
「ん……?」
その言葉を聞いてフィーが顎に手を当てて難しい顔をする。
「んん~……? それってもしかして……お尻から魔法を出したって事?」
「………………」
「まあ……」
「……そういう言い方もできるかな……」
全員に衝撃が走った。
なんと、あの最強無敵だと思われたグリムナの技を破る方法が存在したのだ。元々人を傷つけることが目的ではない、それどころか人を助けるための技を改良したものだとはいえ、誰も逃れられないと思っていた技を、目の前のブロッズは無傷で破って見せたのである。
※ただし魔法は尻から出る
「もしかして、そのためだけに魔法を尻から出す練習とかしてたの……? あのイケメンが……シュールすぎるわね……」
「ワシはなんだか興奮してきたわい……」
フィーとバッソーが口々にブロッズの恐ろしさを称える。
「ご主人様! グリムナ!! 目を覚まして!!」
グリムナを抱き抱えたままヒッテがそう叫ぶ。爆発の中心地にいたグリムナはまだ意識を取り戻さないようである。目も口も、力なく半開きの状態のまま、体はだらりと、力が入っていないのが見て取れる。
「起きて……起きて、グリムナ……あなたがいないとヒッテは……」
ヒッテは目に涙を浮かべて息を荒くしている過呼吸のような症状に見える。
しばらくしてヒッテは天を見上げてから決意したような表情となり、右手を自身の薄い胸に当てた。
「グリムナを……死なせはしない……」
そう呟くと小さい声で何か呟き始めた。
「小さき者よ 灯火の傍に来たりて
此の物語を聞け かの無惨なる語らいを
我が眼は見えず 力もない
歩む道も違うだろう……」
消え入るようにか細い声は、震えており、過呼吸も少し残っているため非常に分かりづらかったが、どうやら歌のようであった。
「時のはかり無く横たわり ただ吐息を吐き続ける」
歌いながら、周りの目で見てもヒッテのいる場所に急速に魔力が収束していくのが感じられた。
「ヒッテちゃん……何するつもり……まさか……?」
フィーが小さい声でそう呟くが、止めには入れない。それだけの迫力が今のヒッテにはあったのだ。彼女は歌を続ける。
「なにゆえ 『なにゆえに』と思うのだ
なにゆえ 『どこに』と思うのだ
我らが意思を 知りたいと思うのだ……」
「よすんだ……ッ!!」
ヒッテの歌声を止める者がいた。
グリムナである。意識を取り戻し、その焼けただれた右手でヒッテの右手を掴んだ。
「今の魔力はいったい……何が起こったんだ……」
やはりブロッズもフィーと同様に如何なる事態なのか計りかねていたようである。二人の様子を見ながら小さく呟いた。
グリムナが息を整えながらヒッテに話しかける。
「俺は生きている……『魔法』を……使うんじゃない……」
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