第169話 劣ったもの
「そもそも我々はこの町ではどこまで行っても、よそ者だにゃ……所詮はウェンデントートで食い詰めて逃げてきた半人半魔の中途半端な難民の子供達。ヒューマンからすれば差別するのに丁度いい相手でしかないにゃ。この町に、安住の場所は、ないにゃ……」
(語尾が気になって、話の内容が全然頭に入ってこない……)
メキの父親が何やら自分語りを始めたが、グリムナは思わず頭を抱えてしまった。
「あの子はそれが分からにゃいから、平気でヒューマンの子とも仲良くしようとする。そんにゃことしても自分が傷つくだけだというのに……自分の立場というものが分かってにゃい……だから平気でヒューマンの厄介事を呼び込んでくるにゃ」
(あ……語尾以外につくこともあるのか……)
グリムナは頭を抱えたまま彼の話を聞いている。いい歳こいた中年男性が語尾に『にゃ』をつけて話す……とってもニャンダフル。
「グリムナさんは優しいにゃ……こんな私たちの話を真剣に聞いて、一緒に悩んでくれる……そんな人間は今までいなかったにゃ」
メキの母親がそう言ってグリムナの方を見たが、正直そんな視線を投げかけられても彼には罪悪感しか湧かない。なぜなら今彼が頭を抱えてるのは彼らの境遇に同情してではなく、話し方が気になって仕方ないからだ。しかしそんなことは気づかずに、メキの父親は話し続ける。
「この町に定住するようになったのは私達の祖父の代、あの子はその苦労を直接見ていないから勝手気ままな行動するにゃ。それがどれだけウォプ・イーのコミュニティを危機に陥れるかも知らずに……若い奴らは、何も分かってないにゃ!」
「そんなことはないですよ。メキさんにはメキさんの考えてることがあるんだと思います。親の考えばかりを押し付けるのも……」
話が頭に入ってこないグリムナに変わってヒッテがメキの父親と会話を始めた。さすが、頼りになる女である。しかしメキの父親は怒りを爆発させるように叫んで言った。
「違う! 若い奴は何も分かってないにゃ! その証拠に最近の若いもんは語尾に『にゃ』をつけないにゃ!!」
「…………」
「…………」
「……ん?」
一瞬、時が止まったような感覚があった。グリムナは完全に固まってしまっている。
「いやいやいや……え? それって意識的につけてるの? その語尾の『にゃ』って奴……」
フィーが思わず半笑いで尋ねるが、メキの両親は大真面目な顔をしている。どうやら、マジのガチだ。
「意識的というか、これはウォプ・イーの伝統みたいなものなんで……女の人が自分のことを『俺』とは言いませんよね? 言わないように気を付けてますよね? そういうものですよ……にゃ」
今のは明らかに意識的につけていたのが分かった。どうやら『にゃ』は彼らウォプ・イー族にとってよほど重要なアイデンティティのようだ。確かに思い返してみればメキは語尾にも文中にも『にゃ』をつけて話してはいなかった。こういうところから伝統というものは変質していくのかもしれない。
「それだけじゃないにゃ……うちは昔猫を飼っていだけど、メキはそれにも抵抗があったみたいで……」
「いやいやいやいやいや……」
思わずグリムナが途中で話を止めた。
「猫を?」
「猫を」
「…………」
「何か問題でも?」
「いや……」
グリムナは思わず脂汗をかく。今のメキの父の発言に凄まじい違和感を感じたのだが、その違和感の正体が、うまく説明できない。それを無理やり言語化しようとすると、何かとてつもない差別発言が出てしまいそうな、なんとなくそんな感じがしたのだ。
「猫が猫飼っていいの?」
しかしフィーが果敢に突っ込んだ。さすがのハートの強さ。こういうときだけは頼りになる女だ。しかしこの言葉にメキの父は露骨に嫌そうな表情をして眉間にしわを寄せた。
「猫と同列に扱われるのは心外だにゃ」
語尾に『にゃ』をつけておいて言っていいセリフか。
「神は世界を作った後、猫たちのうち、正しい心を持ち、優れたものを選りすぐって、ウォプ・イー族を作ったにゃ。そして劣った猫はそのままイエネコとして地に捨てられたにゃ……」
どうやら彼らの神話の話の様である。やっぱり猫じゃねえか。グリムナは思わずしかめっ面になってしまう。
「劣った猫と、優れた猫……」
「そうだにゃ。世の中にはなんであろうと、『優れたもの』と『劣ったもの』があるにゃ。『劣った猫』と一緒にしてほしくないにゃ」
グリムナはなんだか頭痛がしてきた。鼻梁の辺りをつまんで、目をつぶり、しばし考えこむ。
「たとえば……人間にもそういうのが……?」
「何言ってるのよ」
かなり混乱しているようであるが、何を意図してなのか、グリムナの声帯より絞り出された声。それに答えたのはメキの父ではなく、フィーであった。確かに、今話すような内容ではない気もするが……
「エルフの『
この言葉にグリムナは思わず目を見開いた。いや、彼だけではない。ヒッテもバッソーも同様に目を見開いて驚愕している。この女、ヒューマンに対してナチュラルに見下していることはなんとなく気づいてはいたものの、まさかそういう目で見ているとはだれも思わなかったのだ。そこまで見下しているとは思わなかったのだ。
「いい、グリムナ。あなたがそう言う目で他者を見るのが嫌いなことは、なんとなく私も理解しているわ。でもね、目をそらしちゃいけない事実なのよ。この世には『劣ったもの』と『優れたもの』がいるの。事実から目をそらしていたら、何も見えなくなってしまうわ!」
自信満々で言うフィーであるが、グリムナ達はあまりにあんまりな言葉に二の句が告げない。
「元気出せよぉ!!」
そう言ってフィーはグリムナの背中をバンッと叩いた。いや、別に落ち込んでいるわけではないのだが。
というか、この女はエルフがヒューマンよりも優れていることをもはや当然の『前提』として話しているようなのだが、正直言ってエルフをずっと傍で見てきたグリムナ達からすると、「この女、そんなに自分達より優れているか?」というのが正直な感想である。
確かに、エルフはヒューマンよりも顔立ちが整っていて美形が多いように思う。フィーやメルエルテ、エルフの里に暮らしていた他の者たちを見てもそれは分かる。そして、実際ヒューマンよりもはるかに長い寿命を持っている。しかし、それだけである。
長生きではあるものの……正直言ってエルフの里に行った時、文明の程度は同じくらいに感じた。むしろ少し田舎臭かったくらいである。別にエルフだからと言って魔力が人間と比べて強大なわけでも、身体的に人間よりも強靭なわけでもない。
最前線で常に体を張って戦ってきたのはグリムナであるし、魔力なら賢者モードになった時のバッソーの方がはるかに高い。頭脳はヒッテの方が比べるまでもなく上である。むしろこの女のポンコツぶりにいつもグリムナは振り回されてきたと言えよう。フィーはどちらかというと、色々できるものの、どれもがその道の一線級の人間に比べると少し中途半端というか、『劣っている』というか、いうなれば『器用貧乏』な印象さえ受ける。しかしどうやら当の本人は、そうは思っていなかったようなのだ。なんとも羨ましいお花畑女である。
そして、精神性については……フィーやメルエルテを間近で見てきた人間からすれば、どちらかと言えば『品性下劣』という言葉が真っ先に頭に浮かぶ。
「ダメだこいつ……」
ヒッテの口からは素直な気持ちがこぼれた。
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