第352話 副葬品

「ぬおおおおお!!」

「どりゃあ!!」


 二人の気合一発、叫び声と共にゴッ、と鈍い音がして石棺の蓋が床に投げられた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 フィーとグリムナの荒い息遣いが静かな玄室の中に響く。


「はぁ……もうダメ、限界ぃ……」


 そう言ってその場にぺたん、とフィーが座り込む。


「ごめんな、フィー……思いやってやる余裕がなくて」


 グリムナが謝ると、フィーは不満げな顔で、無言で両手の手のひらをグリムナの方に見せた。


「こんなのはじめてよ……ホラ、血が出ちゃった……ホントに痛かったんだから!」


 グリムナは申し訳なさそうに頭を掻いて苦笑いをする。


「グリムナはもっと女の子の体を気遣う余裕を持たなきゃ」


 最後のお小言を聞いてからグリムナはフィーの手を引っ張って立ち上がらせる。フィーは立ち上がってから自分の手をまじまじと見た。その手はもう傷一つない綺麗な手になっていた。グリムナの回復魔法である。


「私の怪我はキスで治してくれないのね」


「は? する意味ある?」


 一瞬でグリムナの顔が険しくなったのに気付いてフィーは取り繕うように半笑いで言葉を続ける。


「あっ、いや、感謝はしてるのよ? グリムナの回復魔法で助けてもらうのは初めてじゃないし、覚えてないかもしれないけど……」


 グリムナは少し考え込んでからその言葉に応える。


「誰かに刺されたんだったか……?」


「思い出したの!?」


 フィーの言葉に少し考え込むグリムナ。やがて少し真剣な顔で話し始めた。


「最近少しずつな……なあ、知ってるなら教えてくれないか? 俺と……あの、ヒッテって子とは、いったいどういう関係だったんだ?」


「それは……」


 応えようとして、しかしフィーは言い淀む。


「それは、あなた自身で、自分の力で思い出した方がいいわ。全てを思い出した時、あなたの本当の気持ちが一体誰と共にあるのか、それが一番重要なのよ」


 グリムナはその言葉にハッとした。ずっと、自分の記憶がないことに引け目を感じていた。目を覚ました時からずっと真っ直ぐな気持ちをぶつけてきていたラーラマリア、周りの人間が言うには、本当の婚約者だというヒッテ。自分には記憶がないのに、その二人を目の前にしてなんとなく、申し訳ない気持ちがあったのだ。自分はか、そればかり考えていた。


 しかしそれは間違っていたのだと、彼女に気付かされた。一番大事なのは、『自分の気持ち』なのだと、自分の気持ち以外何も考えていない目の前のエルフに気付かされたのだ。それは、これまでずっと、『他人のために何ができるか』ばかり考えていたグリムナにとっては衝撃であった。


 この時初めて、目の前にいる、顔ばかり可愛くて頭の中ちゃらんぽらんのキチガイエルフの瞳を、本当に美しいと感じた。


「ま、まあ、その時もし私を選ぶなら……そっちがその気なら、別にこっちもまんざらじゃ……」

「よし、遺跡を調べて、すぐに外に出る方法を探すぞ!」


 ここから先は特に聞く意味は無いな、と感じてグリムナは石棺の方に振り返った。「チッ」と、小さく舌打ちをしてフィーもグリムナと一緒に石棺を覗き込む。


「うわっ……予想はしてたけど本当にミイラだ……なんまんだぶなんまんだぶ」


「遺体からは何もわかるものはなさそうだが……やっぱりここにあったか!」


 そう言ってグリムナは上半身を石棺に突っ込んで、ごそごそと仲の物を漁り、いくつかの物を外に出した。フィーは青い顔をして叫ぶ。


「ちょ、ちょっとミイラの物を勝手に! あんた生きてる人間には無限に優しいけど死人には容赦しないわね! なんなの? このゴミは?」


 取り出したものをつぶさに観察しながらグリムナは「副葬品だ」と答える。


「副葬品って……死者を埋葬するときに入れる?」


「そうだ。副葬品に、お前なら何を入れる?」


 少し考え込んで小首をかしげ、フィーは答える。


「そうねぇ……その人が愛用してた品だとか、思い出の品、だとか……?」


 グリムナは副葬品の中の小さな壺のようなものが特に気になるようで、その蓋を開けて中を確認しながら話を続ける。


「そうだな……だがそれだけじゃ足りない……一番大切なのは、死後の世界で苦労しないように、|ように、必要な物……コレだ」


 グリムナは壺に手を突っ込み、その中の物を手のひらで掬い、フィーに見せた。


「ふふ……すごいぞ、こいつは! 期待以上のものがあった!」


 変な笑いを浮かべるグリムナを正直フィーは『気味が悪い』と思った。真っ黒になった、粒の塊を見せる彼に、フィーは問いかける?


「なに、これ? 砂利?」


「砂利を死後の世界でどうしろって言うんだよ。いいか、副葬品っていうのは『使者の遺言』だ。遺跡のからは当時どんな生活をしていたのか、何を重要視していたのかが分かる……いいか、こいつはオリザだ」


「オリザって……確か、南の方で食べられてる?」


 フィーの言葉にグリムナは一層笑顔を見せ、興奮した表情で熱く語る。


「そう! この植物は湿性穀物で、水の少ない砂漠じゃとれないし、北部では麦を食べるからほとんど食べられない。大陸じゃ南西部の方で主食にしている。オクタストリウム地方じゃ時々食べることもあるがな」


「なんでここで採れないものが副葬品に? なんか論理が破綻してない?」


「つまり! この男、コルヴス・コラックスがどうしても帰りたかった場所、そこでしか食べられない物。それを副葬品にするためにわざわざ取り寄せたんだ。物流も大して発達してない何百年も昔にな」


 そう言われてもいまいちピンとこないようでフィーはしきりに首を傾げている。


「この遺跡を作ったのはコルヴス・コラックスじゃない。指導者、この男だけがそうだったんだ。竜から逃げるため人々を導いた男、しかし竜の惨禍が過ぎた後も彼は、故郷を恋焦がれつつも、とうとう帰ることはかなわずこの世を去った。他に小麦やオーツ麦なんかがなく、これだけが副葬品として入れられてたってことは、間違いなくこの男にとってオリザは重要な物だったんだ」


「そんな珍しいもの副葬品にするなんて大変ねぇ」

「そこなんだよ!」

(なんなんこいつ?)


 異常にテンションの高いグリムナにフィーは若干ヒキ気味である。


「僥倖だ! なんてツイてるんだ俺は! この大陸でも珍しい、オリザを主食にしていたなんて! コルヴス・コラックスが! これならわかるんだ。奴らが大陸のどのあたりにいた種族なのか!」


「あっそう。ふ~ん、そうなんや」


 ちょっとそれはどうなんだろう? と思うほど興味のなさそうな声で鼻をほじりながらフィーが答える。


「みんなが探してやまなかったコルヴス・コラックスの居場所を俺が掴むなんて! こういうのだよ! こういう冒険を求めてたんだよ! 俺は!!」


「とりあえずこの部屋を出る方法を何とか探さないとそれも全部無駄になるんじゃないの?」


 呆れた表情でフィーがそう呟いた時であった。


 ゴゴゴゴ、と大きな音を立てて、玄室の入り口をふさいでいた岩戸がせりあがった。


「はぇ?」

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