第94話 北へ。
「っか~、さすがに今の発言はないわ」
同性愛を全ていっしょくたにするグリムナの発言に、流石のフィーも怒りの色を隠せない。
「あのねぇ、あなたが無自覚系の天才キャラだってのは私もわかってるのよ? 何気ない仕草で男を誘っておいて、いざ相手がその気になると『あれ? オレ何かやっちゃいました?』系なのはね」
「いやもうその時点でちょっとよくわからないですけど」
「黙らっしゃい!!」
フィーの怒りの言葉に思わずグリムナは仰け反ってしまう。思えはいつも暢気なフィーがこうはっきりと怒りの感情を見せるのは初めてのことである。どうやらだいぶお怒りの様子で、これは少しおとなしく話を聞いた方が良さそうだ。
「だからと言って、だからと言ってよ!? だからと言ってさあ……ううっ……知ろうともせずに全部いっしょくたにするような発言する事ないじゃん……ヒック……」
なんと、この女、泣き出した。
にわかにグリムナは焦り始めるし、バッソーとヒッテはあまりの急展開についていけずにあんぐりと口を開いている。何故グリムナの周りにはこう、情緒不安定な女ばかり集まるのか。
「ちょ、ちょっとフィー? 大丈夫か!? 気をしっかり持て!」
「ごめんなさい、なんか……私の事を全否定されちゃったような気がして……」
この女にはBL以外何もないのだろうか。
「でもね、私はあなたに道を踏み外してほしくないだけなの……」
「いや、すでに道を踏み外しまくってる人に言われても説得力無いですけど」
「あなたは確かに天才よ! 数十年に一人のホモの才能を持って生まれた、ホモの神に愛された男、でもね……その才能にあぐらを掻いていては、いつかその座を追われてしまうわ!」
グリムナの眉間にしわが寄る。そもそもホモの才能とは何なのか……そんな神に愛されたくはないし、その座を追われたところで何のダメージもない。いや、むしろそんな座は早く追い落としてほしいのだが。彼からすると。
「本当に……今度そんな発言したらポリコレ的にぶっ潰すわよ」
「ぽ、ポリコレ?」
聞き慣れない単語にグリムナが聞き返すが、その返答を待たずして、先にヒッテが口を挟んできた。
「あのですね……だいぶ話が逸れてしまいましたが、結局北と南、どちらに向かうんですか?」
そうだった。フィーが取り乱したために大分話が逸れてしまったが、元々そう言う話であった。
カルケロの残したメッセージによれば、ネクロゴブリコンが何か知っているらしい。彼に会うならばアンキリキリウムの近く、南に向かうべきではあるのだが、しかし、レイスによりかけられたヒッテの呪いを解く為なら北に住むというエルフを訪ねたい。
フィーは随分と北には行きたくないようだが、グリムナの意志は固い。誰がなんと言おうと北へと進路を取るつもりである。
「おお、そう言えばそういう話じゃったな」
バッソーが思い出したように先ほどの話の続きを始めた。
「それでじゃ、北にあるというエルフの住む隠れ里におる、世界樹の守人をしているエルフなんじゃが、彼女が呪いについては詳しいはずなんじゃ」
「せっ、世界樹ですってぇ?」
このバッソーの言葉を聞いてフィーの表情が一気に歪んだ。何か世界樹に因縁でもあるのだろうか。しかし、この『世界樹』という単語をどこかで聞いたことがあるな、とグリムナは思い出した。
「世界樹? 確か、フィーの名前が……世界樹に関係した名前じゃなかったか?」
そう、以前にヒッテが歌っていた歌。その歌詞の中に確かに『フィー・ラ・フーリ』という単語があった。ヒッテはそれを『風の世界樹』という意味だと言っていた。
それが北にあるという世界樹と関係があるのかどうかは分からないし、実際これから訪ねようとしている呪いにも関係あるのかは分からないが、少なくともフィーとは何か関係がありそうである。
「まあそうだな。一旦そっちに向かってからにするか、師匠を尋ねるのは」
グリムナはそう答える。彼にしてみれば仲間であるヒッテが呪いの障害を受けていて、それを解けるかもしれない人物がいるのなら当然そこへ向かう。もちろんそうなのだが、これに抗するのはフィーである。
「ちょ、ちょっと! 本当に北に行くの? 考え直さない? 呪いだって今のところ実害はないんでしょう? 別に放っとけばいいじゃない、奴隷如き」
この『奴隷如き』という言葉にグリムナの表情には怒りの灯が燃えたが、フィーは全く気付いていないようである。グリムナはそのことにも気づいて、おそらくフィーに悪意はないのだろう、無いからこそ余計に悪いのだが、と思いながら極力怒りを抑えるようにしながら話した。
「俺にとってヒッテは仲間で……家族みたいなもんだ。何か悪影響が出てからじゃ遅いかもしれない。フィーは北に向かいたくないみたいだが、俺は北に行く。なあ、なんでそんなに北に行きたくないんだ?」
ようやく核心に迫る質問をグリムナが投げかけたが、それに応えたのはフィーではなくヒッテであった。
「いやもう大体わかりますよ。フィーさんそこのエルフの隠れ里の出身なんでしょ? んで、BL小説で生計を立ててるのを知られたくないから帰りたくないってことだけでしょう? あんまりくだらない話に巻き込まないでくれませんか」
大体そんな感じだろう。グリムナもそう思った。しかしこれには逆にフィーがまた切れ返したのだった。
「いい? ヒッテちゃん……それは大変な誤解よ……」
「違うんですか……?」
「私はBL小説を書くことに微塵の後ろ暗さも感じてはいないわ……」
「ああそうね、そっちね。そんな気はしてたよ」
グリムナが若干呆れ顔でそう答える。
「ヒッテちゃんはまだ若いから分からないかもしれないけどね……結局男女間の恋愛なんてものは幻想でしかないのよ。恋愛感情なんてものは所詮、生殖のための誘導装置。でもね! 同性間の恋愛はまた別なのよ! 男同士で子を成すことはできない。それでも愛し合う! これがどういう意味か分かる!?」
「わ……分かりませんけど」
完全にフィーのスイッチが入ってしまった。ヒッテは若干、いや、かなりヒキ気味にそう答えるが、フィーの勢いはまだまだ
「男同士の恋愛、それこそがこの世界に存在する真実の愛なのよ!!」
「同性間の恋愛……じゃあフィーさんはレズなんですか?」
「…………」
何か言ってはいけないことだったのだろうか、フィーは急にテンションが下がって頬杖をついて、しばらく考え込んだ後口を開く。
「いい?ヒッテちゃん、『美しい』ということは『正しい』ということ、『善い』ということよ。これは分かる?」
「ルッキズム(外見的身体的特徴に基づく差別)だと思いますけど、何が言いたいかは分かります」
ヒッテはそう答えるが、さっきまでポリコレがどうのこうの言っていた人間がルッキズム全開の発言をするのはどうなのか。この女は差別に関して毎回こんな調子で発言している気がする。
「そして、鍛えこまれた男の体というものは美しいわ。女性の体よりもね……」
ヒッテとグリムナはとりあえずは彼女の主張を聞いてみることにした。
「つまり! 異性愛より、レズビアンよりも! ホモは論理的に正しいということになるのよ!!」
「フィーさん一度ちゃんとした病院行って診てもらった方がいいですよ。ちゃんと『頭が悪いので診てください』って言うんですよ?」
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