第176話 暗黒騎士の剣
「バッソー、ヒッテとフィーを連れて、離れていてくれ……俺が、何とかする!」
グリムナがこれまでにない真剣な表情で化け物と化したヤーンの前に立ちはだかり、そう言った。その足は震えていたが、確かに力強く己の体を支えている。辺りはすでに暗くなってから何時間も立っていたが、まだ残っている火事の炎が化け物とグリムナの表情を明々と照らしている。
ヤーンは暴れていたその触手等での動きを止め、先ほどと同じように唸り声を上げながら、ゆっくりとグリムナの前に対峙する。
「やめてください! 危険です!! なんで、なんでご主人様が!? こんな悪徳の栄えた町、放っておけばいい!! この町がヒッテ達に何をしてくれたっていうんですか!!」
叫びながらグリムナに走り寄ろうとするヒッテをフィーとバッソーが何とか抱きとめて押さえる。
「この人たちに助ける価値がありますか!! こっちは人を助けるために必死に人を探しているっていうのに誰も真面目に話を聞こうともしない! 自分の事と金の事しか考えていない! 娘を助け出してあげたっていうのに怒りの言葉をぶつける始末!! こんな死んで当然の奴らにご主人様が命を張る価値がありますか!!」
泣きながら激情をぶつけるヒッテ。しかしバッソーとフィーは彼女を必死で抑え込んで、グリムナとヤーンから距離をとる。グリムナは動きを止めたヤーンに静かに語りかけた。
「ヤーン……いや、メキか? 冷静になるんだ……暴力では何も解決しない。この町や、両親に対し、怒る気持ちは分かるが……」
ブォン、という大きな風切り音と共にヤーンの右腕がグリムナを襲った。グリムナはすんでのところでそれをしゃがんで躱し、距離をとる。メキの体はいつの間にやらヤーンの右肩の上に座るように移動し、一体化していた。
「やめろ! 冷静に……」
何とか語り掛けようとするグリムナであるが、ヤーンの攻撃は止まらない。矢継早に両腕と触腕による連続攻撃を仕掛けてくる。その攻撃は単調であるがゆえに何とかグリムナも捌ききれてはいるが、何しろ手数が多い。このままではじり貧である。ヒッテが何とかしてグリムナを退かせようとまた声を張り上げる。
「ヤーンとメキだって同じです! メキはヤーンのことを知ってるのに黙ってた!! ヤーンは自分の母親のカルケロを殺した悪魔です! こんな奴ら放っておいて逃げて!!」
カルケロの名が聞こえてヤーンの攻めの手が一瞬緩んだ気がした。しかしそれでもグリムナは彼から距離を取ろうとはせず、まだ言葉を続ける。
「……ヤーンは……ヤーンはカルケロさんを殺してなんていない!!」
その言葉に、ヤーンは完全に動きを止め、振り上げた右手はそのまま震えながらズン、と地に落ちて自身の体を支えた。グリムナは確かな手ごたえを感じた。やはりまだ声は届いているのだと。
「ヤーン、俺の声が聞こえるか……一緒に来るんだ……まだ取り返しはつく。……許されない罪なんてないんだ……少なくとも……」
グリムナは辺りを見渡してから、再度ヤーンの方向を見て語り掛ける。周囲はヤーンが破壊しつくした家々と死体が転がっている。
「少なくとも……俺は、君の罪を赦すよ……」
グリムナはそのままヤーンに近づこうと一歩、二歩と歩み寄っていたが、しかしその体に、丸太の如き何かがめり込んだ。
ヤーンは動きを止めてはいなかった。グリムナの「赦す」という言葉を聞いた瞬間、突如として激高したように右腕でグリムナを殴ったのだった。
「あ……がぁ……」
血反吐を吐きながら吹き飛ぶグリムナの体。ヒッテとフィーが慌てて力なく倒れた彼のもとに走り寄る。バッソーはグリムナとヤーンの直線上に入り、ヤーンの方に向きなおって何やら呪文を呟く。すると、彼のすぐ前の空中に魔法陣のような紋様が現れ、障壁となって彼らを守った。
だが悲しいかな、賢者モードになっていないバッソーの魔力は頼りなく、弱い。ヤーンの触腕の一つがその障壁ごとバッソーを叩き潰す。障壁のおかげか、死んではいないようであるが、彼もグリムナ同様血反吐を吐き、瀕死の状態である。動かない足を引きずって、足をちぎられた虫の如くグリムナの傍に逃げようとする。
「オオォォォ……」
二人の負傷者を抱えて動けないグリムナ一行の前にヤーンが近づく。もはや獲物へのとどめを遮るものなどいない。無数の触腕と丸太の如き腕がグリムナ達を叩き潰そうと蠢いた、その時であった。
(ここまでか……)
ヒッテが涙を流しながら、ヤーンを睨んでいた目をそらし、ぐったりとしているグリムナの顔を見つめた。
「短い間でしたけど、ヒッテは……グリムナと一緒に冒険ができて、幸せでした。……こんな醜い世界にも、本当に尊いものがあるって教えてもらえました……」
「そうよ……この世界には尊いものがたくさんあるの……醜くても、ホモでも……みんな尊く生きているの……特にホモは、すごく尊いわ……」
ヒッテはさらにグリムナの顔に自身の顔を寄せて呟く。
「ヒッテが最後に見るのはグリムナの顔がいいです……逃げずにここで一緒に死ぬのを……許してくれますか……?」
「私は最後までグリムナのホモファックが見られなかったのが心残りね……せめて最後にあなたの服を脱がせるのを許してくれるかしら……?」
「………………」
「………………」
「あのですねぇ……」
「せっかくいい場面なのにちょくちょくホモトークを差し込むのやめてもらえます?」
フィーの茶々入れにとうとうヒッテが切れた。
「なんでよ! 私だって混ぜてよ! 仲間でしょ!?」
フィーも反論するが、それにしても混ざり方というものがあるだろう。もう少し感動的な絡みはできないのか。いや、この女には無理か。
「そこに転がってるバッソーさんとやればいいじゃないですか! 初対面の時同い年トークで随分盛り上がってたじゃないですか!! 大体フィーさんご主人様と一緒に死ぬとか、そんな殊勝なキャラじゃないでしょ! 自分だけはどうやっても生き延びるタイプじゃないですか!!」
「いやよあんな萎れたじじい! 私だって若い男がいいわよ!! ……グリムナ……あなたのいない世界なんて、生きていてもつまらないもの……」
「だから何どさくさに紛れてヒロイン顔してるんですか! じじいのケツでもひん剥いててください!!」
「うう……ヒドイ……ワシ頑張ったのに……」
バッソーもあまりにあんまりな扱いに涙を流す。しかしそんなこちらの事情などヤーンが汲んでくれるはずもなく、その触腕を伸ばしてきた。
もはや助からぬと思ってグリムナを抱きしめたまま目をつぶったヒッテであったが、襲い掛かってきた触腕の先端が切断されて宙を舞った。
ボトボトと触腕が落ちたことに気付いてヒッテが目を開くと、ヤーンと自分達の間に立ちはだかるように、身の丈2メートルはあろうかという大男がおり、その両手にはこれまた2メートルはありそうな大剣が握られていた。オールバックの茶髪に岩の如き堀の深い顔、鎧は身に着けていないが、その大柄な騎士の顔にはヒッテは確かに見覚えがあった。
「ベルド……」
ヒッテの口から語られた名前にフィーも驚愕しながらその名を叫んだ。
「本当だ! グリムナに一撃でやられて情けなく射精しながらひっくり返ってた暗黒騎士ベルドじゃない!!」(第44話参照)
「詳しい説明ありがとよっ!!」
そう言いながらベルドはまたも迫りくる触腕を藪でも払うかの如くその大剣で打ち払った。グリムナやバッソーが手も足も出なかった攻撃も彼にかかれば児戯にも等しい単調な打撃に過ぎない。しかし次々と襲い掛かってくる触腕は息をつかせる間もない。
フィーは「なんでこんなところに……」と言いかけたが、それを制してベルドが叫ぶ。
「ここは俺に任せろ! お前らはグリムナと爺を背負って安全な場所まで避難しろ!!」
死亡フラグのようなことを叫んでベルドはヤーンに対峙する。その間にヒッテはグリムナを、フィーはバッソーを背負って急いでその場から離れた。
ベルドには次々とヤーンの触腕が飛んでくるが、彼はそれを難なくいなし、打ち払い、躱し、切断する。しかしあまりにも手数が違いすぎる。次第にその攻撃の圧に押されて、ベルドはじりじりと後ずさりしてしまう。
「クソッ、きりがねぇな! 化け物め!!」
これだけの猛攻を一人で対応するベルドも十分に化け物であるが、しかし確かにこのままではじり貧である。しかもヤーンは切断された触腕を戦いながら拾って、再度自分の体に取り込んでいるのだ。剣技では分が悪い。
追い詰められたベルドに、ついに剣戟の隙間を縫ってヤーンの触腕が迫りくる。
「しかし悪いが剣だけが暗黒騎士の戦い方じゃないんでね、喰らえ!!」
回転の間に合わなくなった両手剣から左手を離し、自身に向かってくる触腕に左手を当て、ベルドは一瞬で魔力を高める。
「ブラックプリズン!!」
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