第6話 悪代官
「グリムナ……大丈夫?」
村に戻ってきたグリムナに声をかけたのはレニオであった。
「なんだか憔悴してるように見えるんだけど…最近ずっとどっかに通い詰めてるみたいだし、何か言えないような悩み事でもあるの?アタシでよかったら話を聞くけど?」
「い、いや……もういいんだ。細かいことは言えないが、もう終わったことなんだ。心配かけてすまない」
仲間と話せてグリムナの精神の恐慌状態もだいぶ和らいだようである。レニオはまだ心配そうな表情で彼の顔を覗き込んでいる。
しばらく話をしていると、グリムナもだいぶ落ち着いたようでいつもの調子に戻ってきた。レニオが言うには次の目的地が決まったらしく、宿を借りている村長の家の離れでラーラマリアが呼んでいるという。
グリムナは近くにあった井戸で水をくみ上げ、十分に口を漱いでからラーラマリアの待つ家に向かった。正直言って気が重かった。昼頃喧嘩別れのような別れ方をした上に、その上ネクロゴブリコンと『あんな事』があった。何か気取られたりしないか、普段の自分と違うところがないか、ファーストキスも失って、なんだか悪い方向に一皮むけてしまった気もする。ラーラマリアは存外にそういうところに鋭い。そうでなくとも普段からわけのわからないいちゃもんばかりつけられている相手だ。
「はぁ……」
思わずため息をついたグリムナの手をぎゅっとレニオが握って引いた。
「本当に大丈夫なの? 言いにくいことなら言わなくてもいいけど、つらいことがあるなら言って! 内容が分からなくても慰めてあげることはできるわよ……」
レニオは恐らく本当に心配してそう言ってくれているのだろうが、実を言うとグリムナにとっては彼も心配事の一つなのだ。小さいころから彼は常にグリムナと一緒に行動している。しかもやたらとボディタッチが多い。これまではあまり考えないようにしてきたが、彼は同性愛者なのではないのか?自分を性的対象として『好き』なのではないか?そんな考えが首をもたげてきた。
なぜそんな考えが急に浮かび上がってきたのか?もちろん先ほどグリムナ自身が同性同士によるキスを体験したからである。しかも年老いたゴブリンのオスと。
そんなわけで彼にとってはやたらと自分に対し攻撃的なラーラマリア、ラーラマリアの太鼓持ちで場を引っ掻き回すことが大好きなシルミラ、そして逆に必要以上に好意を向けてくるレニオ、全てのパーティーメンバーが頭痛の種なのだ。はっきり言って勇者一行は彼にとって幼馴染ではあるものの気の置けない友人、というわけでもないのだ。もっと有り体に言うと、居心地が悪い。
さて、そんなことをつらつらと考えながら歩いていると村長の家の離れ、現在勇者一行が拠点にしている建物についた。レニオが軽くノックをしてからドアを開けて中に入る。離れの家の中にはラーラマリアとシルミラ、それにこの村の村長が待っていた。
ラーラマリアは先ほど喧嘩別れしたグリムナが戻ってきたことで一瞬安堵の表情を見せたが、レニオがグリムナの腕を抱きしめるようにして引っ張ってきたことに気づいてすぐに不機嫌な表情に戻った。
「あんたら本当に仲いいわね……」
不機嫌そうな顔のままラーラマリアが呟く。
「ホント……腕なんか組んじゃって、まるで恋仲みたい……もしかしてグリムナが昼間いなくなったのって、二人でこそこそ密会でもしてたんじゃないでしょうね?」
ニヤニヤと笑いながらシルミラが茶化す、が、昼間ネクロゴブリコンと濃厚接触をかましていたグリムナはこの言葉に思わず固まってしまう。
「そんなわけないでしょう! アタシは次の目的のために情報収集してたんだから! シルミラが自分で指示した内容じゃないの!」
「冗談よ。そんな本気になって怒ることないじゃない。で、ゴルコークの事については何かわかったの?」
すごい剣幕で怒りだしたレニオをまだにやにや笑いながらなだめて、シルミラが目的地についての話を促すと、レニオが説明を始めようとした。彼はこのパーティーで斥候を務めている。
「オークの事が片付く少し前から調べてたんだけど……」
「……あ、さっきの『そんなわけないでしょう』ってのは『こそこそ密会でもしてたんじゃないの』って部分についてであって、『恋仲かどうか』についてはまだ未確定というかなんというか……」
「レニオ、目的地についての話の続きを」
話が嫌な方向にそれそうな気がしたためグリムナが軌道修正をした。
「やっぱり村長の話や近隣の噂であった通り、この辺りの政務を担当している代官のゴルコークってのは仕事は出来るがあくどい男みたいでね。かなり重い税をかけて私腹を肥やしてるらしいわ。公爵も父の代からの側近であった彼には強く言えないのもあるし、実際内政能力は高いみたいで、今すぐどうこうしようって気はないみたいね。」
「それに……『召使い』のこともですな……」
レニオが調査結果を簡単に口にすると村長が恐る恐る口を開いた。
「うん、それについても調べてきたよ。最近領内で外見の美しい人がいれば性別にかかわらずゴルコークの屋敷に半ば強制的に『召使い』として雇われてるって奴だよね? 領内の、それもあまり身分の高くないものにとどめてるだけあってまだ大ごとにはなってはいないけど、やっぱり屋敷に集められた彼女たちはゴルコークの慰み者になっているみたいだね。それも、女だろうが男だろうが、既婚者だろうが見境なくね。」
レニオの報告に黙っていたラーラマリアの表情が一転厳しいものになった。それに気づいてシルミラがフォローをする。
「ラーラマリア、落ち着いて。決してホモが悪いわけじゃないわ。ホモが悪人というわけではなく、たまたまその悪人にホモ趣味があったというだけよ。ここは冷静に。」
何に対してのフォローだ。
「そうだよ。決してホモが悪、というわけじゃないわ。ねっ、グリムナ!」
(なぜ俺に振る)
ビッとサムズアップしてそう言ったレニオにグリムナは複雑な表情になった。
さらにレニオは自分のメモ帳を見ながら報告を続ける。
「特に気に入った人は地下の牢獄に監禁して自分の気の向いたときだけ部屋に呼び出して何やらしてるとかなんとか…まあこの辺りの情報になるとさすがに推測と伝聞だけになるんで信憑性ないけどね……」
「なるほど……とにかく、次の標的は決まったわね……」
静かに話しながらゆっくりとラーラマリアが立ち上がった。
ラーラマリアはさらに握りこぶしを作り、テーブルにドンッとそれを打ち付けながら力強く発言した。
「ホモに制裁を!!」
「だからホモは悪くないって!」
「ホモは悪じゃないよ!!」
(ホモは滅びてくれ…)
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