第338話 いい歳こいて

「傷一つない……さすがね、グリムナ」


 ラーラマリアがグリムナのを見て感心したようにそう言うと、グリムナはまくり上げていた袖を戻して腕を隠した。


 傭兵団の襲撃から二日の時が過ぎている。


「そろそろ出発しようか。こんな大所帯で迷惑かけられないしな」


 グリムナがレニオの家のリビングでそう言うと、皆が頷いた。


 グリムナ一行は今や5人編成のパーティーとなっている。ラーラマリア、ヒッテ、フィー、メルエルテ、それにグリムナ。


 この二日間空き部屋を借りていたが、ベッドで寝られるのは二人だけで、あとは床の上で寝ることになる。旅をしていて野宿生活の多い彼らには別にそれは平気なことではあるが、さすがにこれ以上新婚の夫婦の家に厄介になり続けるのは良くない。


 それに、メルエルテが脅すのだ。


「村人の方もそろそろ限界だからね。もたもたしてると『焼き討ち』でもされちゃうんじゃない? ヒューマンは野蛮だから」


 まさにそんな時であった。荷物もまとめ上げ、いざ旅路に戻らんという時であった。


 どんどんと、ややもすれば乱暴ともいえるような鬼気迫る扉のノック。


 元々村人全員が顔見知りの様な小さい村だ。平時であればノックなどしない。ドアを開けながら「おおい、〇〇はおるかい」と尋ねるのが常である。ノックをするときはたいてい乱暴に、急いで、そして横柄に。「いるのは分かっている、さあ出やがれ」と中の住人を呼び出すときである。


 一瞬空気が止まるような感覚があったが、すぐにレニオが返事をしようと息を吸い込み、だがそれよりも早くドアを開けたのはラーラマリアであった。


「何か用?」


 やや敵対的な空気すら感じさせる冷たい言い草。


 ドアを開けた先にいるのは一人ではなかった。十数人ほどの村人達。その先頭には厳しい表情の壮年の男。この村の顔役の一人、バーンという人物だ。そしてそのすぐ後ろには苦悶の表情を浮かべるグリムナの父もいた。


「ラーラマリア……」


「出て行けって言うんでしょう? 分かってるわよ」


 相手の言葉を遮ってラーラマリアが答えた。不機嫌そうな声ではあったが、しかし眉間にしわを寄せたりだとか、ことさらに怒りをあらわにするようなことは無かった。


 どうも彼女は、最初からこうなることが分かっていた節がある。


「バーンさん、ラーラマリアは村を助けるためにオーガや傭兵達と戦って……」

「いいのよ」


 レニオがラーラマリアをかばおうとしたが、ラーラマリアはそれを止めた。


「すまない……グリムナ」


 グリムナの父がそう呟くように言った。目線は逸らしたまま。


「お前らが村に帰ってくるなりこれだ。そもそも勇者の目的は、竜を倒す旅はどうなったんだ? 一か月も何をするでもなくぐだぐだと。そのせいで三十人もの村人が死んだんだぞ!」


 バーンと呼ばれた中年の男性が怒気を孕んだ声でそう言うと、ヒッテが言い返す。


「敵を追い払ったのは誰ですか! けが人の治療をしたのは誰ですか!? 自分達では何もせず、ほどこされるばかりのくせに文句ばかりは一丁前、恥ってものがないんですか!!」

「いいんだ、ヒッテ」


 ヒッテの言葉を遮ったのはグリムナであった。その表情にはやはりラーラマリア同様怒りの色はない。ただ、彼女よりは随分穏やかな顔であり、柔らかな笑みを浮かべているようにすら見えた。


「別に感謝の言葉が言われたくてやったことじゃない。俺が『そうしたい』から『そうした』。ただそれだけの話だ。……もういいんだ。行こう、みんな」


 ここで下手に抗弁すればレニオ達にまで塁が及びかねない。そう考えてグリムナは、ヒッテの手を握ってぐい、と引っ張り歩き出す。


「あ……」


 思わず声が出てしまった。


 大きく、暖かい手であった。ただ手を握られているだけで、包まれているような、守られているような。そんな安心感が訪れてきた。


 そしてその時、ふと気づいた。オーガに殴られて気を失った時、朦朧とする意識の中感じた、自分を抱き上げていた人物。あれはグリムナだったのではないかと。


 そして、この安心感を受けるのは、初めてではないような、そんな気もした。


 先頭を歩くグリムナに続いてフィー達も各々の荷物を担いで追ってくる。最後尾には荷物を持っていないレニオとシルミラ。見送りをしてくれるようだ。


 道すがら何度もレニオはラーラマリアに謝っていた。さすがに彼は村人に比べて冷静である。やりようのない怒りの矛先を幼馴染に向けるような愚行はしない。


「別にいいわよ。だけじゃ気が済まなくて八つ当たりしたかっただけってことくらい分かるわ。そんなことでいちいち驚いたりはしない」


って、……なに?」


 村の入り口まで来て、何かを見つけて立ち止まっているグリムナ。そのグリムナの方を親指で指さしてラーラマリアは言った。


「アレよ」


 村の入り口、と言っても明確な区分けや城壁があるわけではない。ただ、村の外の方に向かって「ようこそ、トゥーレトンへ」という古ぼけた看板が立っているだけである。


 そこに明らかに急ごしらえであることが分かるような簡素なつくりの木製の台がいくつも並べられており、その上にスイカ大の丸いものがごろごろと無造作に積み上げられていた。


「ひどい……」


 ヒッテが思わず口に手を当ててそう呟いた。


 それは、傭兵団の残党の生首であった。


「派手にやったわねぇ、野蛮なヒューマンらしくていいじゃない」


 にやにやと笑いながらメルエルテがそう言う。彼女が言っていた、ここ数日村人が『夢中になっていること』とはこの落ち武者狩りであったのだ。


 仲間を殺された憂さ晴らし、失った財産の補填。趣味と実益を兼ねる最大の娯楽である。


 グリムナは片手を胸に当て、傭兵達の方に祈るようなしぐさを見せると、ゆっくりとレニオとシルミラの方に振り返った。


「俺達は……もう行くよ。迷惑かけて、済まなかった」


 沈黙の時が流れた。ほんの少し、寂しそうな笑顔を見せるグリムナ。今にも泣きだしそうな表情のレニオ。その空気に耐え切れなかったのか、努めて明るい声で、フィーが声を上げた。


「な、なによこの辛気臭い空気。別に永久の別れってわけじゃないんだからさ! 旅が終わったらまた遊びに来るから。ほら、シルミラ! またBL談議に花でも咲かせましょうよ! ね?」


「まだそんなのやってるの?」


「え?」


 予想していたものと全く違う答えが返ってきて、フィーは目をむく。本来ならばここで「貴方の新作……ずっと待ってるわ。どちゃくそシコいのをお願いね!」なんて言って夕陽をバックに笑顔で決め! となるはずであったのだが、どうもおかしい。


「え……ど、どういう事? 何を、言って……」


 握手をするつもりだったのか、フィーは右手を差しだした姿勢のままふるふると震えている。それに対しシルミラは三白眼で以て応える。


「いや、いい歳こいてBLだとかホモだとか、まだやってるの?」


「ま……まだやってるのって……どういう意味?」


 フィーには全くその言葉の意味が理解できなかった。なぜならば彼女にとっては男同士の恋愛というものは川の水がやがて海に流れ込み、それが雲となってまた山に降り注いで川になるのと同じように自然なことであって、もちろんのことながら、そこに期間限定のタイムセールが設定されることもないし、賞味期限もない。


 ホモは永遠なのだ。


「分からないの? 真実の愛だの、尊いだの、くだらないこと言ってないでもっと自分の人生を真面目に生きなさいよ」


「は……はひぇ?」

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