第35話 二度とやるなよ糞ヒューマン

 グリムナ達はいったんピアレスト王国に戻ってから南下しつつ死神の伝承についてと神殿の噂を探すことにした。途中ターヤ国内の国境近くの村で宿をとり、そこの食堂で話し合いをしていた。


「ええっと、結局一旦ピアレスト王国に戻るって聞いたけど、どこに向かってるの?」


 食事をしながらフィーがグリムナに問いかけた。


「ああ、前に会った時に聞いておけばよかったんだけどな。神殿を探すついでに、ピアレスト王国の森の中に俺の師匠がいるはずだから、師匠にも竜の事について何か知ってないか聞いてみるんだ」


「師匠と言うのは……」


 フィーがさらに問いかける。


「男?」


 グリムナは答えない。しかしそれをフィーは肯定の意と捉える。


「フフ、フフフフ……捗るわぁ……」


「その師匠とも、したんですか? キス」


 ヒッテが答えづらいことを聞く。当然グリムナはこれにも答えない。


「ご主人様は単純だから、してないなら『してないわ!』って言いますよね。言わないということは……」


 ヒッテがにやにやと笑いながらそう言った。合わせてフィーもにやにやと笑う。ヒッテは妙に鋭い、というか頭の回転が早い。短絡的で熱血馬鹿のグリムナとはうまい組み合わせになるはずなのだが、今のところその頭の良さは全てグリムナを追い詰めることにしか使われていない。


「話を蒸し返すようで悪いけどさあ……」


グリムナが不穏な空気を感じ取って流れを変えようと口を開いた。


「マジで! もう! 持ち逃げやめてよ!?」


「もうやりませんよ……」


ヒッテが口をとがらせながらそう言い、両手でつかんだタンブラーに入れてあったミルクをこくんと飲んだ。


「俺言ったよね? 逃げたっていいことなんて何もないって。書類上は俺の奴隷として登録されてるんだから。……まさかとは思うけど」


 グリムナがまさか、というと、ヒッテは慌てて視線をそらした。どうやらそのまさかだったようだ。


「ピアレストからターヤに行く時、あまりにも簡単に国境を越えられたから『こりゃいけるな』って思っちゃった?」


 ヒッテは目線をそらしたまま鼻歌を歌い出した。ごまかすのに鼻歌を歌うやつをグリムナは初めて見た。ビンゴである。


「まあまあ、ヒッテちゃんも反省してるみたいだしそれはもういいんじゃない? もうできないようにもしたし」


「いいや、フィー、お前は知らないだろうけどこいつ二回目なんだよ! って『できないように』? どういうこと?」


「荷物のいくつかにどこにあるかが追跡できるように呪術でマーキングをしといたわ。盗んでも位置がばれるようにね」


 なるほど、これでフィーからは盗まれたものがどこにあるか、ひいてはもしヒッテに盗まれても彼女がどこにいるかが分かるというわけだ。しかもどれに呪術がかけられているかが分からない。

 しかしグリムナは渋い顔をする。彼としてはそんな『秘策』で盗むのを防止するのではなくヒッテに心を入れ替えてほしいのだ。ヒッテはまだ若い。これまでの環境が悪かったのだろうとは思うが、この旅を通じて真人間になってほしいと。誰彼構わずキスする男とレイシストの腐女子がいる環境で真人間になれるのか、ということは置いておいて。


「ヒッテ、このままじゃ俺はお前にキスしなけりゃならなくなる」

「……山賊にしたみたいにですか?」

「トロールにしたみたいにだ」


 この言葉にヒッテの表情が険しくなった。トロールや山賊と同じ扱いも嫌だし、あの濃厚なキスを無理やりされるというのも少し、いやかなり抵抗がある。作者としても12歳の少女と青年のディープキスはあまり書いてはいけない気がする。


「いずれお前は自由市民になる。その時にこんな盗みばかりやらかすような奴のままだったらすぐに犯罪者として奴隷に逆戻りだ。お願いだからもうこんなことはやめてくれ。確かに俺の技で無理やり改心させることもできる。でも俺は、お前自身の意思でやめてほしいんだ」


 ヒッテはこの言葉に俯いて言葉を探すように考え込んでしまった。自分の意図はこれで伝わったのだろうか、グリムナがそう思いながらじっと見つめているとヒッテは口数少なに答えた。


「ご主人様は……やっぱり甘いです」


 ぼそっと言ったヒッテにグリムナは睨んだまま何も答えない。


「わかりました。もう二度とこんなことはしません」

「口で言うのは簡単だが……前回だって……」

「前回ヒッテは『もうやらない』なんて言ってないです」


 この言葉にグリムナは思わず考え込んでしまう。そう言われてみればそんな気もする。


「ま、まあ……分かってくれればいいよ。ちゃんとしてくれるなら別にいいんだ」


 ゴホンと咳払いをしてグリムナはそう言った。怒りが長続きしないのが彼の良きところでもあり、悪しきところでもある。他人を恨んだり憎んだりするくらいなら何か別の楽しいことでも考えよう、そんなに他人の事嫌ったって相手はきっとそこまで気にしてない。多分そいつ今頃、パフェとか食ってるよ。というのがグリムナの考え方である。実際自分をパーティーから追放したラーラマリアの事も別に嫌ってはいない。相変わらず苦手ではあるが。


「話変わるけどさあ、グリムナはなんで竜の事調べてるの? しかもこんな少人数で」


 そういえばフィーどころかヒッテにすらそのことを話してなかったな、と思いグリムナは二人に向かって話し始めた。


「知っての通り、俺は元々勇者ラーラマリアのパーティーに回復術士として同行してたんだ」

「ホモ疑惑で追放されたんですよね?」

 速攻でヒッテが補足してくれる。

「疑惑じゃないけどね」

 フィーもさらに補足する。なかなかのチームワークである。


「……まあ、その流れでね。勇者も竜を倒すために冒険してるから……」


 グリムナは言葉に力がない。自分たちのせいであるが、ヒッテは「どうかしたんですか?」と他人事のように心配する。他人事だが。


「でもそれおかしくない? 勇者はあんたをパーティーから追放したんでしょ? それなのに勇者の為に協力する意味が分からないわよ。もしかして勇者たちを出し抜いて見返してやろう、なんて考えてるの? もっと他の理由が何かあるんでしょう? 勇者の彼氏を寝取ったから追放された、とか。そんで最終的には勇者パーティーの乗っ取りを考えてる、とか」


 フィーがそう言うと、ヒッテはあきれ顔で小さく顔を横に振った。グリムナがフィーに答える。


「そんなことは考えていない。ラーラマリアが冒険を続けるならそれを助けたいし、大災害を呼ぶ竜を倒して世界を救うことはこの大陸の人間みんなの悲願だ。そのために自分の力を使いたい、ただそれだけだ」


「あ……あきれたお人よしね……自分の事を追放した勇者に復讐どころか協力しようっての? プライドってもんはないの?」

「俺はつまらない体面に拘ったりしない。それこそが俺のプライドだ」


 フィーの言葉にグリムナは冷静に答える。ヒッテは特に驚いたようなリアクションはなかった。グリムナなら言いそうなことだ、と考えているのだ。この話は終わったようで、しばらく沈黙が続いたが、ヒッテが口を開いた。


「ご主人様は別にいいんですけど、フィーさんは怒ってないんですか? 盗んだこと……」

「別にいいってどういうことじゃコラ」


 即答したのはグリムナだったが、その問いかけにフィーはヒッテの方に向き直って、少し顔を近づけて笑顔でこう言った。


「ヒッテちゃん、人はだれしも間違いを犯すものよ……私は気にしていないわ。気にしてない、でもね、次やったらぶち殺すぞヒューマン」


 食堂の空気は冷えっ冷えである。空気を変えようとグリムナが口を開いた。


「にしても、あのヴァロークって奴なんでカルドヤヴィにいたんだろうな……? ストーカーって奴?」


「ストーカーねぇ……案外あんたのケツを狙って……」


 フィーが皿に残ったレタスをフォークでいじくりまわしながら何か言いかけたが、話すのをやめ、不意に顔を上げて人差し指を口の前に持って行った。どうやら静かにしろ、と言う意味のようだ。しばらくそうしていて、ヒッテとグリムナはポカンとした顔でフィーを見ていたが、やがてフィーがゆっくりと口を開いた。


「グリムナ、あんたの元居たパーティーの勇者って、ラーラマリアって名前だったわよね?」


 グリムナが肯定の意を示すと、フィーは眉間にしわを寄せて難しい顔をしながら言葉をつづけた。


「どうやらそのラーラマリアさん、ちょっと面倒なことになってるみたいね……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る