第363話 地下室のその奥には

「グリムナ、ついに記憶が戻ったのね……」


「ああ、今まで迷惑かけてすまなかった」


 涙目のフィーにグリムナが謝る。その両手は未だヒッテの両肩の上に置かれたままである。


「でもねぇ、ヒッテちゃんの記憶はまだ戻ってないのに、いきなり抱きしめるのはやりすぎねえ」


「ヒッテの記憶は本当に戻るんでしょうか……昔の事を教えてもらえませんか? 例えばヒッテがグリムナさんの事をなんて呼んでいたか、とか」


「『ご主人様』って呼ばせてたわね……」


「え……」


「ちょっと!!」


 三人が楽しげに話しているとリヴフェイダーが近づいて話しかけてきた。


「あら? ヒッテちゃんも記憶を失ってるのぉ? そういうの流行ってるの?」


「流行ってるわけじゃないんだけど、ヒッテちゃんはコルヴス・コラックスの秘術を使ったせいで記憶を失っちゃったのよ」


 リヴフェイダーとフィーが話していると割って入るようにグリムナが出てきてリヴフェイダーに問いかけた。


「なあ、以前に話した時はコルヴス・コラックスの場所は知らないみたいだったが、どうにかして探し出せないか? おそらくは大陸の南西の方角だろうってとこまでは分かっているんだ」


 グリムナがそう尋ねるとリヴフェイダーは「そうねぇ……」といったきり何か考え事を始めた。ちらりと横にあるヤーンの亡骸を見、そしてグリムナに話しかけようとした時であった。


「ボス、ちょっといいですか」


 3人の男たちが小走りに近づいてきてリヴフェイダーに話しかけた。


「どうかしたのぉ?」


 駆け寄って来たマフィアの男たちは言いづらそうにちらりとグリムナ達の方を見る。


「大丈夫、この人たちは味方よぉ」


「ん……味方……?」


 グリムナが少し微妙な表情となる。味方と言えば味方、なのだが、しかしリヴフェイダーはマフィアのボスの側面もあり、あまりに反社会的な行動を目の前でとられるとグリムナ達も黙ってはいられないのだが。


「その……奴の居場所を掴みました。ブロッズ・ベプトのアジトを」


「ブロッズ・ベプト? 第四聖堂騎士団のブロッズ・ベプトか? 彼がなぜこの町に」

「たまたま観光で来てるわけじゃないわよねぇ?」


 フィーが半笑いでそう言うが、当然そんなわけはない。ましてや今の話の様子だとマフィアがその居場所を追っていたのだ。観光のはずがない。


 「ねぇ、聖堂騎士団と言えばさあ、砂漠の遺跡から消息を絶ってるベルドとかいう奴も元聖堂騎士団なんでしょう? そいつがなんか情報知らないかしら」


 グリムナが記憶を取り戻したやり取りについてほとんど関わらずに見守っているだけだったメルエルテがそう言った。


 確かに南へはコルヴス・コラックスの居住地を探しに来た側面があるが、しかし同時にベルドも遺跡で同じ情報を得て、南へ旅立ったはずである。


 そしてブロッズとベルドはかつての上司、部下の関係に当たる。彼なら何か知っているかもしれない。そう思ってグリムナはリヴフェイダーに尋ねる。


「ガラテアファミリーはなんでブロッズを探してるんだ?」


「鬱陶しいからよぉ」


 リヴフェイダーの説明は以上であった。


 さすがに説明不足だろうと感じたのか、報告に来た部下が説明を始める。


「やたら攻撃的で、もう何人も、うちに限らずマフィアの人間が殺されてるんですよ。奴はこの町一番のお尋ね者ってところですね」


 マフィアの言葉にグリムナは思わず考え込んでしまう。


 この場所、広場の中央にあるヤーンの亡骸。元はと言えば体が化け物に変化してしまったヤーンを助けたところでブロッズがしゃしゃり出てきたせいで彼を助けることができなかったのだ。


 異常に潔癖な性格のため、ヤーンを許すことができず、彼を殺害したブロッズ。ガラテアファミリーはリヴフェイダーをはじめ、幹部はグリムナの『魔法のキス』で改心している。そこまでの悪事でなくとも過剰反応しそうではある。


「酷いもんですよ。ちょっと女をさらって娼館に売っ払ったり、家を火にかけただけでまるで悪い事でもしたかのように咎めてくるんでさあ」


 グリムナは思わず天を仰いで眉間をつまむように押さえた。


 そうだった。


 いくら『魔法のキス』で改心したといっても元々が市民を食い物にしたきた(比喩表現)マフィアと、生きた人間を食い物にしてきた(直接表現)トロールである。


 要は『このくらいええやろ』の認識がグリムナとは著しく違うのだ。


「ま、まあ、いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえずブロッズ・ベプトのところに行くならついていってもいいか?」


「ええ、いいわよぉ」


 リヴフェイダーはそう答えるとマフィア達の方に振り返り、右手の拳を天に高くつき上げて叫んだ。


「よぉし! じゃあブロッズのでしゃばり坊主をブチ殺しに行くわよぉ!」


「おお!!」


「え、いや……ちょっと……」


 いろいろ言いたいことはあるものの、とりあえずグリムナはリヴフェイダー達に無言でついていくことにした。


「いいんですか? グリムナさん……この人たち何するか分かりませんよ」


「まあ、おいおい注意していくわ……」


 ヒッテの問いかけにグリムナは力なく応える。ここ数日色々ありすぎて彼はお疲れである。


 さて、しばらく町の中を歩いているとリヴフェイダー達は小汚い家の手前で立ち止まった。おそらくこれもガラテアファミリーであろう男達十数名が取り囲んでいる。


 その中の一人がリヴフェイダーに気付いて話しかけてきた。


「すいません、一応ボスが来るまで待ってましたが、どうやら本人は今は留守みたいです。それか、裏口かどこかから逃げちまったのか……どうしますか?」


「とりあえず中に入るわぁ……グリムナ達も一緒に来るわよね?」


 リヴフェイダーを先頭にグリムナ一行は家に入っていく。トロールのリヴフェイダーと歴戦の冒険家であるグリムナ達、この5名が現状の最強メンバーである。マフィアの男たちは念のため家の外で周囲を警戒している。


「小さい家だな、確かに生活臭があるが、もうここにはいないんじゃないのか?」


 グリムナが家の中を見回してそう言うと、ヒッテが何やらしゃがんで床を丹念に調べていた。「何かあるのか」とグリムナが尋ねると、ヒッテは顔を上げた。


「この床下、パントリーじゃないです。通路みたいです」


 確かに床に切れ目がある。地中は温度の変化が少ないため食料の貯蔵庫にしている家はよくあるが、しかしヒッテの指し示すそれは取っ手がついておらず、日常的に開け閉めするには妙に不便な蓋になっていた。


 グリムナが枠に指をひっかけてそれを開けると、石の階段が続いていた。


「地下室じゃん……ここ降りるの?」


 フィーが露骨に嫌そうな表情をする。


「ちょ、ちょっとなあ……この間の件以来、密室とか地下とか怖いのよね……」

「この間の件、って、何かあったの?」


 素知らぬ顔でそう尋ねるメルエルテにフィーは白い目を向ける。


「お母さん本気で言ってるの? 自分が何したか覚えてないの?」


「千年近くも生きるエルフは自分が何したかなんて覚えてたらやってらんないわよ。で、なに? なんかあったの? お母さんに言ってみ?」


 どうやら長くなりそうなのでグリムナは二人を無視してカンテラを片手に地下の階段を下っていく。その後にヒッテとリヴフェイダーもついてきた。


 頭をぶつけそうな階段をしばらく進む、と言っても砂漠の地下遺跡のような大きいものでは当然ない。


 ちょうど建物の一階分くらいの高さを降りるとすぐにかんぬきが外につけられたドアがあった。明かりでちゃんと照らせば地上の入り口からも見える距離である。


「開けるぞ……」


 そう言いながらグリムナが閂を外してドアをぎぃ、と。少し押す。生臭いような、獣臭いような、そして汚物の匂いもする。そんな雰囲気に顔をしかめながらドアを開けたグリムナはその地下室にいた人物に驚愕した。


「ベルド!!」

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