第192話 落ちてるんですけど?
「ふぅ……どっこいしょ」
グリムナの投げ入れたロープによって何とかベアリスは落とし穴から脱出することができた。しかし異様な光景である。穴から王女が出てきた。まあ、その穴を掘ったのはフィーなのだが。
ベアリスは穴から這い出て一息ついてから口を開く。
「で? なんで穴なんか掘ったんですか? 危ないじゃないですか。人が落ちたらどうするんですか。まあ落ちましたけど」
「あっ……いやぁ……」
「こいつがやりました」
全員がフィーの方を指さす。フィーはさすがに罪悪感を感じているのか、気まずそうにぽりぽりと頭をかきながらゆっくりと答え始めた。
「えっとぉ……実はね、ちょっと用事があってベアリスさんを捜してたのよね……」
話の流れの中とはいえ、よりによって一番事態を把握していない奴によって事情の説明が始まってしまった。
「あのお、あれなのよね! なんかベアリスちゃんの実家でてんやわんやの大騒動があったらしくてさぁ……」
説明としては間違ってはいないのだが、母国で革命が起こって王族が全員断頭台送り、ベアリスの家族は全員殺されてしまったのであるが。説明がヘタなせいでいまいち緊急度が伝わってこない。
「え? ターヤ王国が? 革命でも起きたんですか!?」
なんと、正確に伝わった。大した理解力の持ち主である。フィーはさらに説明を続けていく。
「それでね、前に会った……なんだっけ? 高官の……トリートメント?」
「ビュートリットさんですか?」
「そう、そのビュルビュルットさんが来て、ベアリスさんを捜して欲しいって」
「なんでですか?」
「なん、で……?」
ベアリスから聞き返されてフィーは思わず考え込んでしまう。グリムナがもう爆発寸前で今にも説明を始めようとせんが勢いであるが、ヒッテがそれを止める。何とかここまで奇跡的に説明が成り立っているのだ。フィーの成長を望むのなら、ここは最後まで説明をさせて、成功体験を積ませたいところなのである。
あえてこの生後62年のアホエルフに任せたいのだ。
「えっとねぇ……ようせい? 妖精派? だっけ?」
「ビュートリットさんがですか? 王政派なんですか?」
「そうそう! それよ! でねぇ、そいつらが一発逆転のために、ベアリスちゃんにきて貰ってガツンとかまして欲しいからちょっと呼んできて~みたいな話だったと思うわ」
フィーが話し終えると、ベアリスは顎に手を当てて考え込んでしまった。「伝わったのだろうか」……グリムナが思い悩んで、彼女に話しかけようとしたまさにその時、ベアリスは口を開いた。
「ふぅん……なるほど、だいたい話は分かりました。ビュートリットさんは確かに前政権の宰相ですからね。王政派の筆頭って事なんでしょう。つまり、最後に残った王族の私を旗印に、革命派と戦おう、ってことですかね?」
さすが、適応力の高い女である。フィーのかなり心許ない説明でも完璧に状況を把握できたようだ。しかし、ここまでの状況は理解できたようであるが、ベアリスはまだ分からないことがあったようで、フィーにさらに質問をぶつけてきた。
「それは分かったんですが、なんで落とし穴を掘ったんですか?」
「…………」
「いや、えと……グリムナぁ……」
「おまえが掘ったんだろ、おまえが説明しろよ」
「あーあ、服がどろどろですよ……」
そういいながらベアリスはパンパンとワンピースの裾を払う、が、元からどろどろだっただろうが、という言葉を全員が飲み込む。フィーは申し訳なさそうに、半笑いで何とか受け答えをするが……
「いや、その……まさかこんな漠然と掘った落とし穴に落ちる人がいるとは思わなかったというか……」
「実際落ちてるんですけど……?」
「すいません……」
恐縮しきりのフィーではあるが、しかしまだ質問には答えていない。
「で、何を捕まえるつもりだったんですか? この辺にはこんな大きな落とし穴が必要な野生動物っていないと思いますけど」
ベアリス以外は。
「その……ベアリスちゃんを捕まえようと思って」
「は?」
ベアリスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いやおかしいですよね? 特定の人を狙って罠を仕掛けるなんて。ふつうに考えて、そんな特定の人だけがかかる罠なんて作れる訳ないし、かかるわけないですよね?」
ベアリスの言うことはもっともであるが……
「実際落ちてるんですけど……?」
今度はフィーの反撃である。
そう、実際落ちてるのだ。普通ならかかるわけのないバレバレの落とし穴に、落ちた間抜けがいたのだ。そしてこれも普通ならそんなことはあり得ないのだが、それはまさに目的のベアリスだったのだ。もうこれは事実なのでそのまま受け止めるしかあるまい。
「納得いかない……なにか呪いでもかかってるのでは……」
まだ腑に落ちないといった感じの表情で考え込んでいるベアリスであるが、グリムナが事態を前に進めようと話しかける。
「その、落とし穴の件はいいとして、ターヤ王国に戻るという件、そこをじっくり考えて欲しいんですけど……正直危険な事だとは思いますし」
「ああ、いいですよ」
グリムナは彼女の即答に思わず聞き返す。
「え? いいですよ、とは? まさかもう戻るって決めたんですか? 早すぎません? ちゃんと考えて決めてるんですか」
「でも、私を求めて『来てくれ』って人がいるんですよね? なら行きますよ」
「……命の危険があるかもしれないんですよ……? そこをしっかり考えた上で……」
「考えましたよ? すぐ答え出ましたけど」
あっけらかんに答えるベアリスに思わずグリムナは閉口してしまった。簡単に答を出しすぎる。本当にちゃんと考えているのだろうか、そう不安に思っているのである。しかしベアリスはさわやかな笑顔でグリムナ達に話しかけてきた。
「まあ、そこら変はゆっくり座って話しましょう! そうだ、せっかくだからごちそうしますよ。お茶……は、無いですけど、お水飲みますか?」
元気よく話すベアリスになんとはなしにいやな予感のするグリムナであったが、ベアリスはそんなことお構いなしにスコップを手に、一際大きな岩のそばにまで歩み寄っていった。
確か「水を飲むか」と聞かれたような気がしたが、なぜ岩の元に歩み寄るのか。そんなところに水はなさそうであるが、しかしベアリスはそのままザクザクと岩のすぐ横の土を掘り始めた。
そのまましばらく岩に沿って掘っていると、少し土が湿り始めた。ベアリスはグリムナ達の方を見て笑顔を見せた。
「ね?」
(なにが?)
と、グリムナは思ったが、しかしベアリスはそのまま岩の方に振り返って穴を掘り続ける。すると、湿った土は広がり続け、やがて小さな水たまりが現れた。
「ね? こういう大きな岩のそばには乾燥しているように見えても、水分が残っているんですよ」
「なるほど、生活の知恵ですね……でも、かなり土が混じって濁ってますよ? 湧き水でもないようだし、これ飲めるんですか?」
ベアリスは「水をご馳走する」と言っていたが、まさかこの泥水のことだろうか。これを飲めと言うのは相当厳しいような気がしてグリムナが不安そうに訪ねるが、ベアリスは自信満々な表情で20センチほどの小さい筒を取り出した。
「これは、『ヨシ』という草の茎です。筒上になってるんですよ」
そういってベアリスが筒の先端をグリムナの目線にあわせて見せてくる。確かに中空形状になっており、向こう側のベアリスが見えた。
ベアリスはそのまま筒に何かをぱらぱらを詰め始めた。
「ここにですね、砂利、砂、木炭の粉を詰めていってですね……」
最後にベアリスは自分のワンピースの裾をバリッと破いて木炭を入れた後に蓋をした。
「ハイッ」
「……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます