第142話 イリーガル・ハイ

 コツ、コツ、コツ……


 フィーが証言台の周りをパンプスで歩き回る。今日はスーツのようなカチッとした服装で、その姿を見せびらかすように歩き、結局証言台に戻った。何がしたいのか。


「うふふ……随分と裁判が紛糾していたようね。愚かなヒューマン共が無い知恵絞ってたった一人の罪なき市民を犯罪者に仕立て上げようと必死ね」


 フィーはその表情に笑みをたたえてはいたが、その言葉からは怒りともとれる感情が読み取れた。裁判長は己を責められている気がして、思わず目を伏せた。


「このフィー・ラ・フーリが来たからにはそんな茶番はもう終わりよ。真実を知るエルフの前に愚かで欺瞞的な主張を通そうとしたことを恥じ入るがいいわ」


「裁判長、彼女は弁護人ではないのでは?」


 検事が物言いをつける。確かにフィーは弁護士資格など持っていない。この法廷では弁護士資格を持っていなくとも裁判所が特別に許可した人間か、もしくは被告本人が弁護をできることになっている。しかし裁判長は検事の発言を『却下』した。

 そもそもが法の埒外の理屈でグリムナを裁こうという裁判なのだ。今更多少の逸脱があったとしてそれを責められるものなど居ようはずもない。


「感謝するわ、裁判長。……さて、今議題に上がっているのはそこにいるグリムナがロリコンかどうか、そこが結局争点なわけでしょう?」


 誰もその問いに応えない。しかしその沈黙こそが答えである。バッソーはグリムナが児童虐待をしていようがしていまいが、そもそも法に触れるような事はしていないのでは、という主張であったが、フィーはそこではなく彼がロリコンかどうかを争点としようとしているようである。


「まあ、こんな小さい子供を奴隷として買って一緒に旅をしているんだからそう思われるのも仕方ないかもしれないけどね、でもいくら何でも一緒にいるだけで性的虐待を唱えるのは暴論が過ぎるわ。一緒に旅をしている私がはっきりと証言するわ。彼は『シロ』よ! 決してロリコンなんかじゃないわ! そもそも彼は……」


 若干早口で喋るフィーにグリムナは期待の目を寄せる。自分の興味のあること以外の話題になると途端に喋りがたどたどしくなるフィー。しかし今の彼女にそんなオタク特有の情けないトーク展開は微塵も感じられない。堂々としており、自身に満ち溢れ、聞く者を圧倒する『力』が確かにあったのだ。


「……彼は、ホモです!!」


「…………」


「……この……クソアマ……」


 おそらく賢明な読者諸氏はこの展開、なんとなく読めてはいたであろう。しかしあえてこのままいかせていただこう。


 グリムナは思わず頭を抱え込んだ。いつものパターンではないか。この駄エルフが今までに一度でも期待通りの働きをしたことなどあったか。しなくてもいいことをして事態を複雑化させるか、スライムローションの時のように8割方偶然の産物によるサポートがあったぐらいではないか。この女に一体何を期待していたというのだ。


「いいですか、この半年余り、私は彼の旅に同行していました。そして確信をもって言うことができます! 彼は、間違いなくホモです。私はこの目で何度も目撃してきました。彼が男に口づけをする様を! お菊様に異物を突っ込む様を!! これがホモでなくて一体何だと言えるのですか! 実際異物を突っ込まれた人の中には、この国にもゆかりの深い聖騎士の方も……おっと、これは秘密だった……ハハ」


 フィーのマシンガントークは止まらない。いやに饒舌に喋っているとグリムナは感じていたが、何のことはない。弁護に自信があったからではない。ホモの話題に繋がっていたからあんなにのびのびと喋っていたのである。


「そもそもがホモとは男女間の恋愛の代替行為ではないんです! いいですか? 男女間の恋とは究極のところ子作りのための生存本能に過ぎないんです。しかし男同士の恋愛は違う。それはつまり、好きだからこそ愛し合う! プリミティブな愛のカタチ……」


 熱っぽく語るフィーをしり目にグリムナはそのまま頭を抱え込んで項垂れていたが、検事からツッコミが入った。


「主張の内容は分かりますが、『ホモだからロリコンじゃない』って言うだけなら誰でもできますよね? それを証明できるものがあるって言うんですか?」


 フィーは早口すぎてよく分からない言葉を述べ続けていたが、ピタリ、と止まって「フフッ」と鼻で笑った。


「当然! こちらをご覧ください!」


 そう言うと法廷に入って来た時に持っていた数冊の冊子を顔の高さに掲げてみんなから見えるように提示した。


「この数冊の小説は……彼の、この旅での愛の記録が記されています……もちろん、男同士のです」


 その冊子は、フィーが執筆した、グリムナをネタにしたBL小説であった。


「これは……彼の、手記です」


「……オオイ!!」


 あまりに無茶な主張過ぎて、一瞬グリムナのツッコミが遅れた。


「ここに、彼のここまでの男性遍歴が全て記されています。便宜上私が作者ということになっていますが、実際には彼の手記です。この内容に記されている通り、彼は掘って掘られてガチホモ冒険野郎であり、決してロリコンなどではないのです。中身が気になる方は是非購入してください。今なら全巻購入者は40%オフのキャンペーンも実施されています!」


 傍聴人席からはざわめきが聞こえた。


「おお……」

「本当に……? 40%も?」

「そう言えばグリムナって聞いたことがある名だ……確か、ホモで有名な……」

「聖騎士って誰だ?」


 これは非常にまずい事態だ。そう感じてグリムナは必死に声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て、待て!! 法廷で嘘の証言をするな!! それはお前が書いたフィクションのBL小説だろうが!! 作者のところにフィー・ラ・フーリってちゃんと書いてあるだろうが!! 全部お前の書いた妄想話だろうが!!」


「認めません」


 その言葉を無情にも裁判長が打ちとめた。「認めない」……「認めない」とは何か。フィーがまだ主張の途中なのに発言は控えろということであろうか。


「高潔なエルフが、そんな低俗なエロ小説を書いたなど、認めません」


「おあ!?」


 裁判長の口からは全く予想外の言葉が漏れた。グリムナは驚愕のため、間抜けな声をあげてしまった。


「エルフって言うのは高潔で清楚で……なんというか、尊い存在でなければいけないんだ……だから、そんなただれた性行為を描くような、そんな事実は、認めません」


「こっ……このウスラバカ……」


 グリムナの口からは思わず小さい声で罵倒の声が漏れた。


「それに、手記だけじゃないわ! 証人も呼んであるのよ! この人を呼び寄せるために時間がかかっちゃったんだから! 入ってきて!!」


 もはや裁判長の許可を求める事もせず勝手に証人を呼び寄せるフィー。ここは既に彼女の独壇場である。邪魔をできる者など居ない。ギィ、ときしむ音を上げながら法廷のドアが開けられ、髭面の男が入室した。


「どうも、ピアレスト王国で代官をしている、ゴルコークと言います……」


「ゴ……ゴルコーク……」


 グリムナの表情が、恐怖に歪んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る