第40話 全ての可能性を考慮する

「ヒッテ、誰かにつけられてるとか、人の気配は感じなかったか?」


 グリムナ達は宿をとってから昼食がてら町の中を歩き回って怪しい人影がないか探しながらぶらぶらしていた。今は宿の部屋に戻ってきてヒッテとグリムナの二人でテーブルについて話をしている。宿はラーラマリア達が泊まっているところから200メートルほど離れた場所にある。ラーラマリア達は教会のバックアップもあり潤沢な資金があるため高い宿に泊まっているが、グリムナ達は一番最底辺の安宿である。


「ヒッテはスパイでも暗殺者でもないんだから、そんなのわかりませんよ」

「でも、この間は山賊相手に大立ち回りを演じてたじゃん」


 グリムナはそう言ってから少し考えて再度ヒッテに話しかけた。


「ヒッテはその戦い方をどこで学んだんだ……? これから、少しずつでいいから俺にも教えてくれないかな。戦い方を」


 前回の山賊達との闘い、それにゴルコークの衛兵との闘い、山賊や衛兵相手では意表を突く攻撃で相手を戸惑わせて先手先手をとれたものの、トロールを相手にした時はまるで歯が立たなかった。自身の戦闘能力の低さを感じ、これからの戦いに備えようというのだ。


「それは別にいいですけど……ご主人様は本当にあんな、ところ構わず嬉ションガールに世界が救えると思ってるんですか?」

「変な二つ名つけないで」

「思うんですけど、あのラーラマリアとかいう女と付き合ってもご主人様の評判が下がるだけで何の得もないですよ。竜を倒すのはいいですけど、あの女とは別に協力する必要はないと思います。あの女からは離れた方がご主人様は幸せになれると思います」

「これ以上下がる評判もないと思うけど……同じ目的なら別々に行動してもやっぱり協力すべきだと俺は思うんだよ。それにラーラマリア達は……」


 確かに『稀代のホモ』と有名になってしまって、腐女子界隈だけではなく教会の聖堂騎士団にまで名を知られていた。これ以上評判の落ちようがないともいえよう。グリムナの言葉を聞きながら、ヒッテは彼が言い終わる前に口を開いた。


「家族だから……ですか。ヒッテはどうですか? 一緒に冒険してるヒッテは家族じゃないんですか?」


 グリムナはその言葉にバツが悪そうに席を立ちあがって、少し窓を開けて外を見ながらつぶやいた。


「それとこれとはまた別の話だろう……それにしてもフィーは遅いな……宿の場所は伝えてあるのに……やっぱりシルミラと話が盛り上がってんのかな? 夕飯どうすんのかなあ」


 心配の仕方がすでに主婦のそれであるが、明らかに話から逃げるようなグリムナの態度にヒッテは不満そうな表情を見せつつも、彼女も窓の傍にまで寄って行って外の景色を眺めた。

 窓の外は日が沈みかけており、周辺の民家からは夕餉の支度だろうか、煙とともにいい匂いがしてきた。グリムナは注意深く周辺を行きかう町人たちの様子をうかがってみたが、仕事から帰る時間だからだろうか、人通りが多く、怪しげなものはない。この時間にたとえばグリムナの様子を探っていたり、立ち止まっている人影があれば相当目立つはずである。

 しかし元々暗殺者がいるとして、彼らのターゲットはグリムナではなくラーラマリアなのだ。よくよく考えてみれば無駄なことをしていたな、とグリムナは今度は探し人をフィーに切り替えて通りを眺めていたが、その時後方から部屋のドアを開ける音がした。


「ああ~、もうなんかどっと疲れたわ、あの分からず屋め」


 フィーが戻ってきたのである。


「おかえり、その辺のトラットリアで飯でも食いながら今後の事を話すか」


 何やら疲れた様子のフィーを気遣ってか、グリムナ達は通りの向かいにある大衆食堂で食事をしながら今後の話と、ラーラマリア達の様子をフィーから聞くことにした。



「はあ!? それじゃ結局ラーラマリアに暗殺者の件を話すことはできなかったのか? お前6時間もかけて何やってたんだよ!?」


 大衆食堂の中にグリムナの声が響いた。無論客層が低賃金層のためそう白い目で見られることもなかったが、思わず調子が上がってしまった事に気づいてグリムナは気まずそうに声のトーンを落とした。

 フィーが言うにはあの後全員でラーラマリア達の泊まっている宿に移動していたのだが、結局暗殺者の件は言いそびれてしまったのだという。フィーとシルミラが同人談議に花を咲かせただけで終わったのだ。


「それが聞いてよ、あのシルミラって子? どうしても話が合わなくてさあ、とにかく頑固なんだよね。こっちの話聞きゃしないから、怒って喧嘩別れしてきちゃったのよ」

「話が合わないだぁ? 嘘つけ、お前ら朝はあんなに大盛り上がりしてたじゃないかよ。なんか隠してないか?」

「だって、あの子がグリムナは絶対に受けで輝く人材だ、って譲らないから……」

「何の話しとんじゃいぃ!!」


 グリムナがテーブルをドンッと叩いた。さすがに何事かと周りの客の視線を集めたがグリムナはもう気にしない。もともとラーラマリアに注意を促すために近づいたにもかかわらずフィーは自分の趣味の話で盛り上がった上に嗜好の違いからシルミラと喧嘩別れしてきたというのだ、無理もあるまい。

 さらに言うならその嗜好の内容が他でもない、グリムナ本人のカップリングの話だというのだからそりゃ切れもするだろう。


 はあ、とため息をついて佇まいを正した。さすがに少し目立ちすぎたと反省したようである。少しすると料理が運ばれてきた。ここは内陸部で川も近くないため、家畜で飼われている豚や鳥の肉がメインディッシュである。とりあえず三人はぼそぼそと食事をとり始めた。肉にはあまり脂がのっていないが、朝からこの町に移動してきて疲れがたまっていたのかしばらく無言でがっついていた。フィーは先ほどまで怒られていたのに全く気にしている様子はない。もしかしたらヒューマン如きに怒られてもどこ吹く風なのか、いや、彼女のマイペースな性格を考えると誰に何を言われようが堪えないだろう。


 食べながら不機嫌そうにグリムナが口を開いた。


「じゃ、つまり明日改めて会いに行くにしても、今日一日はラーラマリア達は襲撃されるかもしれないことを知らないわけだ……」

「別に一日くらいいいじゃないですか……」


 ヒッテが不満顔でそう呟く。どうやら彼女はラーラマリアと関わること自体反対のようである。


「俺は後悔をしたくないんだ。やれることは全てやりたい。もし俺がここで手を抜いて、ラーラマリアがその結果帰らぬ人になったとするだろ、……そうすると、俺とラーラマリアの最後の思い出は……」


 グリムナはここまで話して頭を抱え込みながら小さい声で続きを話した。


「……嬉ションになる……」


 確かにそれは嫌だ。


「それに! 帰り際にレニオがここ数日あいつらを尾行してる人間がいるって言ってたんだ。事態は思った以上に切迫しているとみていいだろう。フィーはどう思う? 確かターヤの村で暗殺者の声を聴いていたよな? 何か案はないか?」


「……案、ね……」


 フィーはグリムナの言葉を受けて、少し考えこんでから話し始めた。


「私は可能性があるなら全て検討すべきだと思うわ。それがどんなに小さい可能性でもね。過ぎ去ってから後悔することは無益よ」


 やっと建設的な話ができる、とグリムナに笑顔が戻った。ヒッテは相変わらずつまらなそうな顔をして話を聞いている。


「よかった、何か案があったら話してくれないか? どんな小さな可能性でもとりあえず議題にあげてみてほしい」


「私個人の意見としてはブロ×グリとグリ×ブロの両方でとりあえず書いてみて、より『しっくりくる』方を次の新刊にするつもりよ。やはり可能性は全て潰すべきだわ」

「カップリングの話じゃねぇーーよッ!!」


 再びでかい声を出したグリムナに周囲の視線が集まる。


 いったい何を聞いていたのかこの女は。一見グリムナとまじめな話をしている風に見えたがその実次の同人誌の即売会で自分が出す予定の小説の内容の事しか考えていなかったのだ。グリムナはもう周りの目を気にすることなくフィーに怒鳴りつける。


「あのなあ! ここにきて俺がお前の新刊気にするって本気で思ってるの? 俺が言いたいのは、前に暗殺者の声聞いてるんだから、見つけられないか、ってことに決まってるだろうが! 向こうがラーラマリアに仕掛ける前にこっちが仕掛けて先手を取りたいの!! わかる!?」


 グリムナは言い終えてぜぇぜぇと息切れしている。フィーはそれに対し、「そんなにでかい声出さないでよ」と言いつつも、残っていた肉料理を口に放り込んでから答えた。

 結論から言えばその『暗殺者』を探すことは可能であるかもしれない。


 フィーは前に通った村でその『暗殺者』の顔は見ていないが声は聴いている。そしてその『声』はかなり特徴的なものだったという。彼女が言うにはかなり低く、くぐもった声で、周波数が低いために外で話していたのが宿の中にまで聞こえてきたのだという。その情報から考えると、おそらく身長は2メートル越えの巨漢の可能性が高い。また、声さえ聞こえれば間違うことはない、とのことだ。


「今から探しに行くってのはいいわ。ただ、問題点が一つ」


 夕食を食べ終わったフィーが一息ついてタンブラーの水を飲みほしてから言った。


「暗殺者が何人か、これが分からない。私が村で聞いたのは一人の声だけだった。でも誰かと話していたのか、独り言なのか、それも分からないわ」


 続いてグリムナも食事を終えて、同様に水を飲みほしてからフィーに向かって応えた。


「構わないさ。それだけの情報があれば十分だ、ありがとう、フィー。よし、ヒッテが食べ終えたら早速パトロールしに行こうか」


「食べ終えたらね」


「食べ終わったら」


「まだ?」


 ヒッテだけがいつまでもむぐむぐしていた。

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