第191話:お前の中身を出す約束

 渡す瞬間はめまいがするほどで、少し手が震えた。

 こんなことするの、人生で初めてか?何だかクロとすることはそればっかりだ。

 ああ、そういえばメッセージカードとかつけるべきだった?怪電波避けのアルミ箔でごめんね!

「な、なにこれ?」

 アルミを剥かれて出てきたのは黒い球体。まるで発掘するように一部が覗いて、いや、一応ラッピングなんだから、最初っから破かないでほしいんだけどな。

 まあ、丁寧に剥ぎ取っても、ミイラみたいなんだけど。

「すごい、わくわくする。これ、俺にくれんの?」

「そ、そうだけど」

「お前が、俺に?」

「そう、だってば」

 ビリビリに銀紙が散らばって、僕はいちいちそれを拾って袋に入れ、ああ、これゴミの分別でいえば、金属の扱いなんだよね。

「ええ、何なのこれ?タイムマシン?」

「はは、だったらいいけどね。さすがにそこまでは」

 僕はいったん黒井からそれを受け取り、さっき部屋でやってみたように、スイッチを操作してベンチに置いた。ちょっとかっこつけて、「ほら」なんて天井を見上げてみせる。あれ、でも、そんなに、映ってない・・・。

「あ、あれ、おかしいな。明るいのかな」

 もっと真っ暗じゃなきゃだめなのか?天井の高さの問題?説明書を熟読したいけど、まったくかっこ悪い!

「ご、ごめん、ここじゃうまく、出来ない、か・・・」

「ぼんやり、見えるの・・・もしかして、星?」

「・・・ホーム、プラネタリウム、なんだ」

「・・・」

 一応、「屋外でも!」なんて、書いてあったんだけどな。

「十分暗いとこに来たと思ったんだけど・・・暗幕とか、ないとやっぱ」

「・・・」

「ご、ごめん。もっとちゃんと、調べてくればよかった。本当はもっと色々、機能があって・・・」

 黒井は見上げた天井からだんだんと視線が戻り、宙を見つめて無表情。ああ、がっかりだよね。せっかく「星、見えないね」なんて言った直後のシチュエーションなのに、何でこう、うまくいかないかな・・・。

「あ、あのさ」

「う、うん、なに?」

「これって、何で・・・」

「あ、だ、だから、ほんとはもっと、結構綺麗に映るんだよ。ピントとか、ちゃんと合わせれば・・・」

「違うよ、何でこれ、俺にくれたのかって」

「・・・あ、も、もしかして、もう持ってた?ご、ごめん、知らなくて」

 クローゼットの段ボール、これだったのか?だったらもう、かっこ悪くて気まずくて、穴があったら入りたい・・・!

 無言でもう一度天井にぼんやりと映ったそれを見上げた黒井が、ふと、「ん?」とつぶやいた。

「どうしたの」

「あれ、何か今、チラって」

「え?」

「何かあの辺で、チカって、光った気がした」

「あ、もしかして」

「うん?」

「あの、それ、流れ星、かも」

「・・・」

「な、何か、ランダムで、降るんだって・・・」

「・・・」

 黒井は、しばらく黙って、じっとしていた。

 もう天井を見上げることもなく、目を伏せたまま。

 僕は隣に突っ立って、座るでもなく、装置を止めるでもなく、ただ静かに息だけしていた。一応、おめでとうと言ったら喜んでくれたようだけど、どうなんだろう、プレゼントはお気に召さなかった?

 ・・・気に入らないどころか、もしや、何かの琴線に触れて、キレかかってる?

 心臓がきりきりとする。もう、「もっと違うのがよかったな」「そ、そっか、ごめんね」で水に流してよ。お前をおんぶしてた時より体が重いよ。冷や汗が出そう。

「・・・あのさあ」

 ようやく口を開いてくれて、でも、その声は低く掠れていた。

「・・・うん」

「あの、お前、覚えてる?」

「・・・うん?」

「約束。俺が、帰ってきたら、って」

「・・・え、えっと?」

「今、して。今、ここで」

「な、なに」

「お前、してくれるって、言ったじゃん。ねえ・・・」

 黒井は急に立ち上がって、右手で僕の頭を押さえ、左耳に「俺の中身、今出して」と早口で囁いた。言葉の意味と意図を理解しないまま、しかし、身体が先に反応し、僕は、促されて、横たわる黒井の股間に、手をかけた。



・・・・・・・・・・・・・・・



「んっ・・・」

 ベンチからはみ出た右手をだらりと下ろし、左腕は右肩を抱くようにして口元を覆っている。目は、ぼやけた星を見つめているみたいだった。

 スウェットの中で勃ち上がったそれを上から撫でて、それから、外に出した。

 あの三月の終わりの夜の、暗闇の部屋の続き。

 お前が、「もうちょっとかっこいい中身」抱えて、帰ってきたから。

「・・・っ」

 口づけると、息を飲む声が漏れる。ねえ、いいの?俺、こんなこと、何度妄想したかしれないから、プレゼントなんかと違って、ちゃんと出来ちゃうよ。地面に膝立ちして、お前のあそこに覆いかぶさるように、もう、口に、入れちゃうから・・・。

「んあっ」

 口に唾液を溜めて、それをくわえて、先のほうからじわじわ舐めていく。右手で根元を握ってゆるゆる動かして、ゆっくり、舌を這わせながら、出し入れして・・・。

「・・・っ」

 二人の荒い息遣いと、卑猥なぴちゃぴちゃいう音。黒井の呼吸に合わせて、少しずつ速くする。夢じゃ、ないのかな、こんなこと。先端を舐めていたら少し甘酸っぱいような味がして、じゅるりと吸い込んだ。「うあっ」と声が漏れて、僕も身震いする。お前にこんなことしたかったし、それに、お前にこんなこと、されたいんだ。

 まだお前のこと全然知らないから、実は、されたいこと、してるだけ。

 俺がキモチよくて、感じるとこ、しごいて、舐めてるだけ。

 ねえ、お前はどんなのがキモチイイの?

 もっと知りたいよ。そしたらもっと、気持ちよく・・・。

「あ、あっ、ああ・・・!」

 黒井の左手がベンチの内側の壁を叩き、それから自分の上着を強くつかんで、痙攣のような呼吸とともに引っ張り上げるから、微かに腹筋が割れた腹が露わになった。間近で見るそれに興奮し、いったん黒井を口から出して、手で速めにしごいた。腰が突き出すように揺らされ、僕の腹もきゅうと締まる。ジーパンの中で膨れたそれが、お前を求めている。

 それから黒井は、顔を背けて、浅い呼吸で目を閉じて、無言だった。

 あれ、気持ちよく、ない?

 俺とお前じゃ、やっぱ感じるとこ、違うのかな。

 っていうか、相手が俺ってこと思い出して、萎えてる?

 それでも一度火が付いた興奮は消えなくて、お前をイカせたくて、少し強引にまた口に入れたら、「んんっ・・・!」と肩をつかまれた。爪が食い込むほどきつく。

「・・・ご、ごめん、痛かった?」

 それを握ったまま、小さく訊ねる。首を振って否定するけど、でも何なのかは分からない。

「あ、あの、俺・・・」

「・・・」

 顔を背けたまま、答えない。

 やめた方が、いいの?

 でも、無理だよ、今更・・・。

「・・・我慢できない。ごめん」

 そう言ってもう一度口に入れたら、びく、とよく知った感触が右手を伝い、お前の中身が、僕の口の中に、出された。



・・・・・・・・・・・・・

 


 ただ、噎せないように、必死だった。

 咳き込んで、せっかく出されたお前を吐き出してしまったら、そんなの悔やんでも悔やみきれない。

 鼻が、つんとするけど。

 そして、「うっ」と反射的にこみ上げる喉の奥の衝動をこらえ、お前を噛んでしまわないようゆっくり呼吸をしながら、まだ何度か出てくるそれも受け取って、少しずつ柔らかく元に戻る黒井を口から出した。

 ようやく、それを、ごくりと飲み込む。

 正直、お前のだからって、美味しくなんかないよ。

「が、我慢、できなかった」

 少し上ずった声で僕と同じせりふを吐いて、黒井は手の甲で額を覆っている。僕はナップザックからティッシュを出して、何枚か黒井に手渡した。それから、やっぱり僕もちょっと我慢できなくて、後ろを向いて、ポカリスエットで口に残るそれを流し込む。飲み込んだ後も鼻からツンとにおいがして、喉は何だかひりひりする。

 プールの、塩素みたいな?

 いつも出してるものだけど、味なんか知らないんだからしょうがない!

 唾液まみれの手をタオルで拭いて、黒井が地面に落としたティッシュは持ってきたビニールに入れて、ああ、そんなつもりじゃなかったのに、どうしてこんなに用意がいいんだろうね。

 何と声をかけたものか目を泳がせていると、ぽつりと、「飲んでくれとか、言ってない」とつぶやかれ、ちょっと、血の気が引いた。

 ・・・そ、そっか。

 声も出ない。

「・・・」

「別に俺さあ、そんなつもり・・・」

 そ、そっか。ごめんね。とにかく気持ち悪くてごめん。

 そうなのか。ふつう、そこまでしないか。されたくないか。

 いや、いったいこの行為のどこにふつうという基準があるのか、わかんないけどさ。

「だ、だから俺、我慢、してたのに」

「・・・」

「だってちょうど、お前が・・・」

「・・・」

「いや、ううん、そうじゃなくて」

 黒井はゆっくり体を起こして、何となく隣に座るよう促した。僕は少し離れたところに座って、持っていたポカリを渡そうとし、しかし黒井のそれを受け取った口で飲んだことを思い出して、慌てて引っ込めた。間接的にだって自分のそれを、なんて、ねえ。

「あの、俺・・・」

「う、うん」

 ふらりとまた裸足で立ち上がった黒井が、僕の横に膝をついて、「あっち向いてよ」と僕の背を押した。

 顔なんか、もう見たくない?

「もう、ほんと、俺・・・」

 ため息混じりにつぶやいて、背中に、その頭が、寄りかかった。

「・・・は、はやくて」

「へっ?」

 聞き返すと、腕をぎゅうと強くつかまれて、痛い、痛いって。

「あ、あんな、早くいくって、思わなかったんだ・・・!」

「え・・・」

「はは、しかも、あんなタイミングで・・・ほんと、わざとじゃなくて・・・」

「・・・」

「・・・不味かった?」

「え、えっと」

「・・・誕生日だから、ゆるして」

「・・・」

「・・・なんて、だめ?」

 い、いいよ、っていうか、許すも何も、僕は当然それが飲みたくて飲んだわけで・・・。

 しかも、早いとか、思ってないし、っていうかどのくらいの時間だったかなんて、全然わかんない・・・。

 黙っていたら「ねぇ・・・」と小声で、その発音ならその後来るであろう「怒ってる?」まで続かない。ほんと、鈍感だな。僕が悦んでるって、わかんない?

「・・・いろいろ、迷ったんだよ。何にするか、決めきれなくて」

「え?」

 背中が、だんだんあたたかくなってくる。少し上気したその体温が、心地いい。

「原子時計にしようと思ったら・・・はは、買えるものじゃなかった」

 思わず吹き出したら、寄りかかっていた黒井の頭が少し跳ねた。

「げんしどけい?・・・電波時計じゃなくて?」

「うん。セシウム原子だって。何億年に一秒とかしかズレないらしい」

「す、すごい。でもそれ、セシウムで出来てんの?放射性?」

「さあ、よく分かんないけど、とにかく、それどっかの天文台にしかなくて、売り物じゃなかった。それなのに俺、楽天で検索かけたりして」

 一拍遅れて黒井も笑い、「くくっ、俺、それ欲しかったよ」と。

「何だよ、これ、は・・・その、どうだった・・・」

 尻切れトンボの僕は苦い声の返事に構えるけど、黒井は「うれしかった」と、ひとこと。

「・・・そ、そう」

 何だかあまりにあっけなくて、でも、お前に限って義理やお世辞なんて、言わないよね?

「あ、あの、もっと暗いところでつけたら・・・」

 ちゃんと、見えるからって、でもそれを遮るように、「だって、俺が流れ星見たんだって、お前ならそれがどういう意味か・・・」と。

 腕をつかまれ、強引に振り向かされる。

 お前が、あっち向けって言ったくせに。

 そのまま、腕をつかんだ手がゆっくりと肩に上がり、少し、後ろに押されて。

 わかってるでしょ、と、目を伏せたままのささやき声。

 分かってる。わかってるよ。

 だから、これを選んだんだ。

 偽物の光かもしれないけど、そんなのプログラムの機能だって言われるかもしれないけど、でも、・・・お前が失ったものを掲げて、したいことする人生を教えてくれたんだから、本物かどうかなんて、関係ない・・・。

「・・・っ」

 顔が近づいて、押し倒されながらキスされるなんて、もう、死にそうだ・・・。

 唇が、微かに、触れる、瞬間。

「・・・うっ!」

「・・・っ、な、なに」

「だ、だめだめだめ、だめだって!!」

 僕は黒井を押しのけて、ポカリをつかんで走った。

 芝生に倒れこんで膝をつき、でも、口をゆすいじゃうのももったいない・・・いやいや、キスし損ねた方がもったいない・・・?

 後ろから来た黒井が「何だよ」と拗ねるので、「で、出来ないよ!」と首を振った。

「・・・なんで?」

「何でって、お、お前、そ、そんなのだめだろ」

「・・・何が?」

「お、俺が何を飲んだか、考えてみろ・・・」

「・・・ポカリ?」

「その前・・・!」

「・・・あ」

 さすがの黒井も、「俺そんなの気にしないよ」とは言わず、「あ、ああ、それは・・・」と苦笑いで眉根を寄せていた。東屋に戻りながら、「お、俺、三十になったよ」なんて、照れ隠し?


 それから、ベンチに置いてあったスマホを見て、「あは」と吹き出し、「まだ二十九だった」と、眩しい画面をこちらに向けた。<5/9 23:58>・・・って、ちょっと!!

「お、おい、やっぱりまだだったじゃないか!」

「べ、別にいいんだって。関係ないよ」

「ないことない、これじゃ意味ない!」

「もー、どうでもいいじゃん。あーあ、あと二分遅く見てりゃ」

「最初から見てればよかったんだよ!っていうか、そんなの、・・・お前が早かったんだろ」

「・・・っ、い、言ったな。お、お前はどうなんだ!ちゃんと計ってやる!」

 股間をつかまれそうになり、間一髪で避けて、逃げた。

 は、計ってほしいけど、うん、今なら絶対負けるし、お前の誕生日なのに何しちゃうかわかんないから、その・・・。

 俺の誕生日には、とか、だめ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る