40章:男同士の恋愛事情

(あらためて、僕たちが男同士であることと向き合う)

第333話:プロデューサー気分

 十月二十七日、月曜日。

 今週で十月も終わり。

 僕は土日で色々と浮ついてしまった頭で早めに会社に着き、PCを立ち上げてメールの新規作成画面を出した。浮つきすぎた頭はもはや無心の域に達していて、先週末のノートを開いてこれからやることに集中した。

 ・・・新人営業デビュープロジェクト、だ。

 四課仮配属の新人七人から二人を営業として一足先にデビューさせ、残りの五人は二チームに分けて彼らのサポート役にまわってもらう。

 そのプロジェクトの足掛かりとしてまず七人に当たり障りのないアンケートメールを送り、そこからバランスと適性を鑑みたと称して、週末までに七人を集めて営業デビューとチーム分けの告知をする。

 ・・・そこから先は、未定、だけど。

 もしまたクロに相談できたり、手伝ってもらえたりするのならと、ちょっと、楽しみにしている僕もいた。


 さて、アンケートの質問事項を考える。

 別に、本当に何か訊きたいことがあるわけじゃなく、各自の雰囲気をつかみたいだけだから、内容はどうだっていい。ただ、何か記述してもらわないと話にならないから、「特になし」「わかりません」以外の回答を導き出さないと。


<1、これまでに営業同行は何件行きましたか?

 2、その中で、契約書や注文請書に触れる機会はありましたか?もしあれば、それはどんなことでしたか?(例:営業から書面の説明を受けた、明細書だけ印刷した、見積もりシステムを確認した、など)

 3、同行の感想を教えてください

 4、来期からの意気込み、今後の研修での希望など、思ったことを自由に書いてください>


 自分が答える立場だとしたら、どれだけ真面目かつ目立たないよう消極的に書くかも思い浮かべてみた。ふむ、出題者側からすると、案外「こいつ、ただ無難に書こうとしてるな」というのは如実に見えるものかもしれない。今までアンケートだろうがテストだろうが、自動採点機に突っ込むような気持ちで提出してきたけど、どこかの誰かが読んで何かの判断をしているんだよな、何だか気持ち悪いけど。・・・まあ、今回その気持ち悪い人間は僕自身なわけだけど。


 メールの宛先である新人の7人をリストから探し出し、課長もG長もCCに入れず、勝手に行うアンケートは不安もあったが、・・・いやいや、あくまで<四課での今後の研修指導の参考に>と断りを入れたし、それは嘘じゃないし、たぶん大丈夫・・・。

 ・・・いや、大丈夫かどうかという視点で考えたら、だめなのか。

 「したいこと、するだけ」。

 そうだ。まず最初に枠があってその中でルールに従うんじゃなく、それより前に、僕の「したい」があっていい。僕がこのやり方でやりたかった、こうしたかったというのがあって、そのゴールへ向かって走るだけなんだ。その途中で誰かにぶつかったって、「急いでたので!」と謝るだけ。誰からも文句を言われない完璧なやり方を求めてフラフラ歩いてる方が、ぶつかったときに何も言えなくなってしまう。

 営業案件で誰かにメールする時は、必ず上長をCCに入れろと口を酸っぱくして言われてるけど。

 ここでそんなのつけたら新人は委縮して答えづらいだろうし、僕がそうしたかったんだから、これでいいんだ。・・・やっぱり少し怖いけど。

 でも、まるでアイドルをデビューさせるプロデューサーのような気分(?)にもなって、少しだけ、わくわくもした。



・・・・・・・・・・・・・・



 朝礼でクロの後ろ姿を眺め、昨日あれからジムに行ってきたのかなんて、ふとそのシャツの下を想像してしまって下を向く。素肌の背中と肩甲骨をイメージしてみるけど、うん、実はほとんど生で見たことがなくて、今度銭湯に行ったら見てみたいな、なんて。・・・いや、だからジムには行かないぞ。

 支社長の話が終わり、四課内の朝礼では今日が今月計上の締め日だから云々の話。その後はジュラルミンの内線を待って、今日もクロと一緒に行けるかなと期待したけど、電話が鳴る前にクロが四課に現れた。

「・・・あっ、お、おはよう」

「うん、おはよ」

 はにかんで笑うクロは鞄を持っていて、ああ、今日はもう出かけるのか。

「あのさ、俺、もう出ちゃうから、その」

「ああ、うん、荷物ならやっとくから、平気」

 周囲には西沢も横田もいるし、ここでラブラブな会話をするわけにもいかない。・・・ら、ラブラブって!

「・・・ん、じゃ、行ってきます」

 そう言って黒井は、ポンポンと、椅子に座ったままの僕の肩を叩いた。

 そうして、すっと、僕に背を向けてしまう瞬間。

 「あ、あのっ・・・!」と、声に出てしまっていた。

 もうひと目だけ、もう一言だけ、交わしたいという衝動。

 今まではそれがあっても絶対声にならなかったのに、何だろう・・・の、喉が、開通した?

「うん?」

「あ・・・な、何でもない。・・・行ってらっしゃい」

 もう一度目を合わせて「行ってきます」を言い、黒井は颯爽と歩いていった。ズキズキしつつ、焦がれつつその後ろ姿を目で追っていたら内線が鳴って、我に返って仕事をした。



・・・・・・・・・・・・・・・



 火曜日。

 午前中までに、新人七人分すべてのアンケート返信が出揃った。いやいや素晴らしいことだ。それらを全部プリントアウトし、気分はやっぱりプロデューサー。アイドルに興味はないけど、ちょっと気持ちがよくなってしまう。

 そして結果は半分予想通り、しかし半分は少し意外なものだった。

 くそ真面目な長文を寄越すと思っていた山田氏はあまりにあっさりで、一ヶ所だが誤字もあった。几帳面さが文章より対面に出るタイプなのか。それに比べ、女子会二人のウンウンうなずくだけの方(僕が同行した斉藤さん)は妙に流麗な文章で、よく喋る方はいかにもな大ざっぱだがやたらと熱がこもっていた。

 それでもまあ、デビューの二人は飯塚君と辛島君という線で、大筋に変更はなし。辛島君は見た目通りの感情表現に乏しい文章だが、簡潔ではっきりしているし、営業活動に対する嫌悪感もなさそうだ。


 新人の営業同行のスケジュールが載ったエクセルを見ながら、今週末までに七人全員を集めて告知できる時間帯を探す。新人が営業同行以外でどんな外せない用事があるかは分からないけど、どちらにしても、就業時間内で全員の予定が取れそうなのは金曜日の午前中。一応、課長から言われている今週末までという締め切りにも間に合う。


 それで、とりあえず、金曜日の朝九時半に集まってほしいという旨のメールを書いた。

 しかしまだ送らず、一応課長に事前確認。ちょっと手が空いた風のタイミングを見計らって、おもむろに課長席に赴いた。

「あの課長、こないだの、新人の・・・」

「おう、どうなってる」

 僕は新人を集めてデビュー告知をしたいことと、新人の金曜日のスケジュールがどうなのか、僕が勝手に号令をかけていいのかなどをもごもごと訊いた。

 すると答えは、質問を遮りながらの、「話はもう通してある」。

「・・・うん、あのね?そういう時は、これこれ出来るんですか、じゃなくて、『そういうことで課長お願いします』と、こうやるわけ。分かる?『これ出来ますか』じゃなくて、『これやるんで話を通しといてください』って、こういうこと。ね?」

「・・・あ、はい」

 つい、目を丸くして驚いた。

 言ってることは、要するに「したいこと、するだけ」。クロと同じだ。

「『俺が呼びつけたいときに新人を呼びつけるんで、向こうの上長にそう言っときやがれ』と、おれに向かってそうほざけばいいわけ」

「ちょ、やめてくださいよ」

「でもそうでしょ?そういうことでしょう」

「いや、はい、それはそうですけど」

「・・・で?具体的には、誰に、何を通させたいわけ?」

「え、えっと、・・・まず、とりあえず、全員を集めて一度ミーティングをして、営業二人のことを知らせたいと思ってるんですけど・・・それが、どこの部屋を使っていいのか・・・。あと今後も営業二人を中心に、他も遅れないよう研修をしていく・・・時間を、・・・どこで取ったら、差し支えないのか・・・」

「・・・。・・・で?」

 だめだ、内容の整理が、口に出すのが、追いつかない・・・。

 文章にまとめろと言われたらやっておくんだけどな・・・!

「あー、えっと」

「おれの言うこと聞いてた?どっか抜けてった?馬耳東風?」

「・・・あ、えー、だから、今週の金曜日の朝イチでミーティングをしたいと思いますが、四課仮配属の七人を、ミーティングルームに集めるのに、えっと、部屋の予約は、自分でするとして、・・・その時間が本当に空いてるのかどうか・・・じゃない、空けてほしいってことと、・・・あと、今後も定期的に情報共有の場を持ちたいと思ってるので、そういう集まりを、なるべく優先してもらえるように、・・・えー、向こうの上長に、掛け合ってもらえませんでしょうか、・・・?」

「・・・ふーん。向こうの上長って誰?」

「あー、確か高浦G長です、か」

「うん、もう何か話した?」

「あ、いえ」

「まあどうしてもいなかったらセミナー部の伊藤さんが副長的な立場にあるから。いったん私が話を通しますけども、後から困ったらどちらかに相談して」

「・・・は、はい」

「さてそれじゃあね、はいはい、やっときますですよ。山根先生の言われるとおりに、こき使われますですよ」

「もう、だから、やめてくださいよ」

「ハイ、じゃあね、ひとまずその金曜朝イチミーティング?それ終わったらいったん報告するように。その営業二人にはね、来週頭からこっち来てもらって、その時は私からあらためて話をしますから。どう?それでいい?」

「は、はい、それでお願いします!」

 そうして逃げるように課長席から退散し、思わず額を拭った。何なんだもう、まったく、そんなに自分の意見とか自主性とかが大事なら、横並び万歳の学校教育を何とかしてくれよ。しかし何だか、クロに相談したのが予習になったみたいで、新人の上長の名前も答えられたし、あとはえいやとメールを送信して外回りに出た。

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