7章:女の子から突然告白されてどうしよう
(普通の「彼女」に憧れて、ふいにアガったら、やっぱりサガる)
第58話:突然の告白と行為
コンビニを出て、ご飯くらい奢るべきかと悩んだが、結局何も言い出さなかった。別にお金や時間がもったいないとは思わなかったが、まあ、食べたから何なんだ、と思ってしまって。藤井のことは嫌いではないけれど、変な子だなという以上の興味もなかった。世界中の全員ではあるけれど、比べてしまえば黒井の方が上なんだから。
藤井は「少し歩きませんか」と、夜空を仰いだ。駅とは反対側の、都庁の向こう側へ。まあ別に、今更この辺りをひと回りしたって、もう今日は黒井と一緒に帰るってわけでもないし。何でもいいよ。
「あの、私」
「うん?」
「入社して、もうすぐ三年になります」
「そうなんだ、じゃあ僕たちの少し下だね」
「会社、楽しいですか?」
「ま、まあね」
「お友達も、多いですか?」
「多くは、ないかな。っていうか、すごく少ないね。藤井さんは?」
「会社では、お友達っていうほどには、ならないです。お仕事一緒にさせてもらってるだけで・・・。あの、だから・・・」
「うん?」
「こんなにお話させてもらった、その、特に男の人って、いなかったです」
「ま・・・まあ、女性が多い職場だろ?」
「それも、ありますけど。でもそれで、大人の男の人が何を考えて生きてらっしゃるのか、気になってたんです」
「何をって、別に、そんな」
「仕事のこと、だけ、じゃないですよね」
「そりゃ、まあ・・・」
「好きな人のこと、とか・・・?」
藤井はうつむいたまま、僕に合わせてか、少し早足で歩く。図星なので黙ったままの僕の手を、そっと握ってきた。
「・・・少し疲れちゃいました。手を繋がせてください」
「え・・・?べ、別に・・・」
振りほどくほど、でも、ないけど・・・。そろそろ都庁の先の公園も見えてきて、会社の人の目も、あまりないだろうし。
冷たいかと思いきや、藤井の手は温かかった。もしかして本当に、頑張って歩いて疲れたのかもしれない。僕はそれとなく歩を緩めた。
女の子と手を繋いで、あれ、このままだと、薄暗い公園に、入っていってしまう。いや、まあ、一周する、だけだ。
「男の人と付き合ったこともないし、そういう機会もなくて」
「そ、そうなの・・・?じゃあ、恋愛とか、あんまり興味ないんだ?」
何だこの、上から目線のバカみたいな質問。意外とろくなことが言えないものだな、やっぱり女の子に気の利いたせりふなんて、言えやしないよ。
「いえ、そんなことは、ないんです。女の人とは・・・」
「・・・え?」
「経験、というか・・・」
「そ、それってつまり、興味の対象って・・・」
「いえ、私は、どちらも好きになるんですけど。男の人は私のことが苦手みたいですね」
・・・それは、そう、だろうな。
うわ、っていうか、そういう人だったんだ。いわゆる、れ、レズっていうか、バイっていうのか?お、女同士とかおい、そういう世界って・・・。
・・・あれ。
あ、俺もか。
「山根さん」
「は、はい?」
「・・・手、離さないんですか」
「え?」
「気持ち悪く、ないですか?」
「な、何が?」
「今風に言えば、ドン引き、とか」
「い、いや、世間にはいろんな人がいるからね」
だから、俺もか。あはは。
「・・・発注のこと、あったからって、遠慮しないでくださいね。慣れてるから、大丈夫なんです。走って逃げても、いいですから」
「・・・そんなこと、しない、よ」
「あの、私・・・」
歩道橋を渡って、公園の、入り口。そこそこ明るいけど、そこそこ、暗い。
僕が手を引いている形なので、いったいどうしたものか。適当に、一周、しようか。曲がりくねったコースを、右へ。別に危ないことなんかないだろうけど、藤井の手を少し強く握った。
藤井の手は、小さくはないけれど、もちろん黒井のような感じではなく、やっぱり柔らかかった。背だって、見下ろすほどではないけどやっぱり僕の肩の辺りに頭がある。歩くのに何か違和感があると思ったら、身長差だったんだな。自然と、僕がリードする感じになる。やっぱりそんなのって、苦手だ。特別行きたいところも、したいことも、ないんだから。
・・・したい、こと。
急に、藤井が女の人とあれやこれや、という塊が降ってきて、思考が一瞬停止した。な、何だよ、女同士で、なんて、どうしてそんなエロティックな感じで、気持ち悪くないんだ。ずるくないか?僕と黒井がどうのこうのなんて、僕はともかく、傍目には気持ち悪いばっかりだろう。藤井は気持ち悪くないよ、むしろ何だか似合ってる。気持ち悪いのは、僕の方だ。
まあ、藤井がそれを知っても、そんなことは言わないだろうし、分かって・・・くれる、かな。それにしても、女同士ならそんなに簡単にいろいろ出来るんだろうか?やっぱりハードルが低いのかな。女同士で手を繋いでこうやって公園を歩いていたって、若い子なら、気持ち悪くなんてないもんね。僕だってそうしたいよ、全く。
「ねえ、ちょっと、聞いてもいい?」
何だか、勝手に八つ当たり。まあ、自分から言ったんだし、少しくらいいいよね。
「何ですか?」
「その、失礼かもしれないけど・・・その、女の人って、つまり、恋人ってこと?」
「恋人・・・どうでしょう。友達の続きのような感じもあるし、その、身体の関係だけ、とかも」
「え、そ、そうなの?」
「最近はないですけど、もっと若いときは」
「ま、まあ、ねえ」
「特別女の人が好きっていうんじゃないんです。ただ・・・」
「・・・うん?」
「普通が、嫌で」
「・・・ふつう」
「普通って、何か、薄っぺらくて、大っ嫌いです。みんなが本当のこと隠してる、気がして」
「・・・本当のことって、なんだろう」
「分かりません。隠してるのか、本当はそんなものないだけなのか・・・。見せてくれる人とは、そのままどこまでもいきたいんです。今のところ、それが、女の人ってだけ、なんです」
「どこまで、なの?」
「え?」
「見せてくれたら、どこまで行けるんだろう。そういうの、恋人とか、結婚とかじゃないわけだよね。もっと、別の、話で」
「・・・そうです。もっと別の次元の。横でも、奥でも、空でもない、方向です」
「・・・うん」
「ねえ山根さん」
「え?」
「あのう、言ってもいいでしょうか」
「はい」
藤井は立ち止まった。公園も、ほとんど一番奥。誰も、いなかった。
「私、山根さんのこと、好きです」
「・・・は、はい」
・・・。
え?
こ、告白、された。
「少し、いいことを、しませんか」
「・・・え?」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「どちらでもない、向こう側に、少しだけ」
そうして藤井は、僕の手を引いて、柵をまたいで植え込みにガサガサと入っていく。何、告白されて、少しだけいいことって・・・ま、まさか。
「ねえ、こっち」
樹の太い幹の下に転がるように並んで座り込む。電灯の明かりも届かず、植え込みで人目からも隠されて。
「ちょ、ちょっと、藤井さん」
「しーっ、聞こえます」
「・・・そう、だけど」
「これ、耳に」
藤井のイヤホンを片方渡され、右につけるよう示される。音はもう鳴っていて、ただリズムだけの、トランス系?っぽいインストロメンタル。右側の藤井は自分の左耳につけ、顔を寄せた。
「手を、貸して」
僕の左手を取ると、口元に持っていって、・・・指を、そっと口に含んだ。
「あ、の・・・」
「ん・・・」
中指の先が、柔らかい舌に、舐められた。手が冷えていて最初は感じなかったが、だんだん、くすぐったく、そして、変な気持ちに。
人が通りかかって、僕は息を殺した。顔を逸らして、もう、目を閉じる。誰も気がつかない。僕がこんなところに座って女の子に指を舐められているのに、誰も、気づかない。
そっと、藤井の右手が、コートのはだけた僕の股間に置かれた。ガサ、と音がしてしまうのが怖くて、動けない。藤井はそれ以上何もせず、ただそっとそこに手を置いただけだった。
何も、してこない。
しかしそれをきっかけに、藤井は中指だけでなく、人差し指と、そして薬指も一緒に舐め始めた。ずるずると、第二関節くらいまで・・・。
こ、こんなのって、その・・・。
意識するなっていう方が、無理だ。
自分でするとき、いつも左手なんだってば・・・。
唾液がもう、ぬるぬるとしたたるほど。舌が僕の指を、細かく探ってくる。半分のイヤホンで分からないけど、肩の息づかいと、指にかかるあたたかい吐息で、ああ、藤井も、もう向こう側だ。僕だって、努力もむなしく、あ、仕方ないよ、ねえ、きみの手に、当たっても。
瞬間、手に当たった感触で、藤井がびくりと跳ねた。その刺激が僕に返ってきて、更に膨張する。藤井が「んっ・・・」と息を漏らし、えっと、ねえ、これはもう、どういうこと?僕の勃起を女の子が感じていて、ああ、僕の指の感覚と下半身の熱はぶれながらも、音楽と一緒にたまに完全に重なって、そんなことされたこともないのに、僕のそれが、女の子の口で、いいように舐められていて・・・。
ああもう、こんなの我慢、できる?
でもこんなところで押し倒すわけに、いかないし・・・。
僕は右手を静かに藤井の背中に回し、後ろから右の脇に手を入れ、ジャンバーの上からその胸をまさぐった。藤井がファスナーをおろして、前を開く。藤井の細い身体をいっぱいに抱き寄せて、僕はその隙間に手を突っ込んで、左胸を少し乱暴につかんだ。
・・・。
暖かい。
それから。
・・・柔らかい。
それ、から。
・・・柔らかすぎる。これって、しかも、この硬い感触。もしかして、下着、つけて、ない・・・。
興奮、した。
歯止めが、きくのか?
頭が空っぽのはずなのに、なぜか黒井のことが浮かんだ。
黒井も、こうやって、女の子を抱いてたの?同棲してた彼女じゃない子も、キスを迫ってびんた食らった子も、他に何人いるか分からない女の子たちを、こうして、したいように、やってきたの?
お前は、どんな顔で、こんなこと。
ちゃんと、我慢、した?僕はそんなの持ち歩かないけど、コンドームとか、つけてたの?
黒井の気持ちになったら、急に、大胆になった。
肩が広く開いたシャツの中に直接手を入れて、触った。硬い突起をきゅ、とつまむと「んっ・・・」とまた息が漏れる。おい、お前、こんなことばっか、何だよ、俺にもしてよ・・・、いい声、出すからさ。
黒井になって女の子としたりとか、もう、変態の極み。ねえ、藤井さん、でも、いいよね。普通なんて、嫌いだよね。うん。俺たちきっと、わかりあえそう。
もう、ほとんど指をしごかれて、イキそう。俺が、女の子と、外で、公園の暗がりで、ねえ、こんなこと・・・!!
そういえばさ、こないだの日曜だって、こらえきれなくて、辛抱たまんなくて、しちゃったんじゃないか。ねえ、たまってたみたい。今ここで全部出しちゃいたい。ねえ藤井さん、黒井くんって、呼んでくれない?黒井くん、いいよお、もっと、お願い!って。
頭がバカになって、見えるものも見えなくなっていると、ふいに、光が見えた。
二つ、ゆらゆらと。ああ、お迎え?
・・・違う、か。
・・・懐中電灯。
急いでイヤホンをはずした。黒い人影が二人、懐中電灯をあちこちに向けて、歩いている。警察?見回り?急激に心臓が高鳴り、僕は藤井の口から強引に手を引き抜いて、その場でじっと身を低くした。
藤井にもそれが伝わって、彼女もじっと、静かにしていた。やがて人影は僕たちを一周して、元来た方へ引き返していった。
・・・。
まだ油断はしないまま、それでも息をつく。・・・バレなかった。
どこかで、サイレンの音がする。耳の旋律が消えたせいで、妙に白々しく、現実味があった。
完全に、こちら側に戻ってきていた。えろい気持ちなんか、吹き飛んだ。あ、でも、良かった。僕は過ちを犯さずに済んだんだ。
だって、申し訳ないけど、告白の答えは、ノーだから、さ。
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