第258話:ミステリ・スイッチ再び
お墓はないのかなあ、と言ったけど、「ない、ない、そんなものはここにはない」と言われた。人が死なない町の方がホラーじゃないか。
「でも、肝試しは墓場だよ。あ、まあ、神社とかもありか」
「あ、あ、俺さっき見たよ、さっきこっち側にあった!赤いの!」
「・・・それ、さっきの、道路脇の、何ていうかお稲荷さんの社じゃないの?」
「そ、そうそう、狐もいたんじゃない?」
「それじゃただ単に車を停めて見物するだけだろ。もっとこう、長い階段を延々のぼって、背の高い木が鬱蒼と茂った奥にあるような、古い神社・・・」
「い、出雲大社までお参りに行こうか!」
黒井がカーナビをつけようとするのでその手を取って止め、「うるさいからつけるなよ」と言ったら、大人しくなった。
それから、しばらく黙り込んだ後、「・・・もっと、反対の方の、向こうの、とこに、あった」と。
「・・・なに、神社?お墓?」
「・・・ううん、もっと、違う。何か、学校の、旧校舎みたいな・・・」
や、や、や、やっぱやめない?とこちらを見るが、僕は前を向いてエンジンをかけた。
正月に来た時に、家族で正月番組を観ているのが嫌で、一人でドライブしたらしい。
それって、僕がアリジゴクにいた頃だ。
黒井はあてもなく空いた道路をぶらぶらと走りながら(そして、思い出して僕の携帯に電話をし、あの、聞かなかった留守電を入れたりしながら・・・)、その、古い建物を見たそうだ。
大きく曲がった道路から、見下ろした所にあったらしい。
黒井の記憶によれば、さっき左折した道路まで戻り、直進して右折。よし、行こう。
「・・・ねえ、何で戻れるの?」
「は?」
「ここ、さっきのとこだ」
「だ、だって、ここをそのまま行って、右折なんだろ?」
「だから、何で一発でちゃんと戻ってこれんの?」
「・・・今来た道じゃないか」
「行きと帰りで景色が変わっちゃうから、わかんなくなるんだよ」
「はあ?」
「あ、でも、この道は覚えてる。この、こう、こういう感じ。だんだん狭くなってく、そうそう、こっちに何か赤い、何とかマートみたいのがあって」
一分もしないうちに言ったとおりの小さいスーパーが見えてきて、記憶力はいいんだろうに、しかし方向感覚がいまいちのようで、「さっきのとこからさあ」と指差す先が、まったく逆なんだが。
それでも、「ああ、こういうとこをこっちに曲がった!」と言われるまま走り、え、っていうかこれ、さっき直進してれば五分で着いたんじゃない?って場所にこれ以上ないほど遠回りして着く。ああ、<本番>の建物に行く時もそうだった。基本的に黒井は景色をぼんやり眺めながら好奇心のままにぶらぶらしている生き物であり、だからそこにたどり着くには、その時と同じ目線で同じ道をたどる以外にないんだな。
・・・まあ、地図に載ってないような異界へ行くには、そういう方法しかないってこともある。
そして、件の建物を、僕も目にした。
白茶けた、というかピンクがかったような木造平屋建てで、確かに尋常小学校みたいな響きが似合うが、それよりはずっと小さい。
・・・何だろう。
戦前の建物、だろう。何かの施設か、工場に敷設された寮とか事務所?それとももしかして、軍の関連施設とか?この辺りでいえば広島の呉が有名だけど、島根はどうなんだろう。
そういえば、終戦記念日だったのか。えっと、昨日?
しばらく行ってUターンし、もう一度その建物を見ながら戻る。保全された何とか文化財みたいには見えない。立ち入り禁止のテープも管理地の看板もなく、ただ、ぽつんとそこに建っている。一応、道路脇の竹薮と砂利道から地続きで、車は入れないけど、歩いて、行けるみたい・・・?
僕はいったん何とかマートまで戻り、小さな駐車場に停め、作戦を練ることにした。
だんだん日が暮れてきて、何とか薄曇りを保っているものの、またいつ土砂降りになるかもしれない。
黒井がパンとおにぎりと烏龍茶を買い込んできて、「一応今夜はくもりで、明け方から降るかもって」と、早速レジのお姉さん情報?
僕はおにぎりをほおばりながら、さて、肝試しといえばお札だか何かを取ってくるってやつだけど、そもそもあの建物に入れるかも分からないし、自分たちで仕掛けて自分たちで取りに行くのも面白くないし・・・。
「どうしようか、別々に行く?」
「ぜったいやだ」
「・・・一緒に行くの?」
「ひとり、ずつは、ぜったいに、いや」
「・・・分かったよ。でもそれじゃ、<何かを取ってそれを持ち帰る>的なロジックが働かない」
「い、いいよそんなの、ゴミでも拾えば」
「・・・ああ、それはありか。あの建物の中の何かを一つ失敬して帰ろう」
「う、うん。じゃ入り口で落ち葉でも拾って帰ろう。ね、早く行こうよ、暗くなっちゃう」
「・・・クロ、何言ってるの?夕方の肝試しなんてないよ」
「・・・」
「あ、もしあれだったらお母さんに連絡しておいて。行くのは、夜中だから」
「・・・」
おぼえてろとか知るもんかとか、そんなつぶやきが聞こえたけど、無視して計画を練った。
「まずはやっぱり、あの建物が何なのか調べなきゃならない」
「・・・いいよ、何だって」
「周りを調べれば何か分かるかもしれないけど、先に、聞き込みをした方がいいと思って」
「え、え?何すんの?」
「お前は何も言わなくていい。っていうか黙ってにこにこ相槌を打っててほしい。ここ、お店のお姉さんは若かった?」
「え?お姉さん?そんなのいないよ、おばちゃんだ」
「そうか、それならちょうどいい、何か知ってるかも」
「じゃ、じゃあ俺聞いてくるよ」
「・・・」
「・・・分かった、言う通りにする」
黒井にはスケッチブックとスマホを持たせ、僕はダッシュボードに入っていた買い物メモに、黒井のブランド物の鞄を肩に背負う。・・・何となく、都会から取材に来た雑誌の編集者みたいに見える?
まずはふつうに店内を回り、まんじゅうとせんべいとペットボトルのお茶をカゴに入れ、レジに出した。エプロンをしたおばちゃんは真っ赤な唇の、五十がらみの、ちょっと太ってつるりと色白の女性だった。黒井をちらっと見て、「あら、さっきの(イケメン)」って顔。
袋に入れてもらいながら、意を決して、「あのう」と切り出した。
「ちょっと道をお訊ねしますけど」
「はい?」
僕が昨日のホームセンターの名を出すとすぐ、ここをまっすぐ行ってね、と丁寧な説明。知ってるけど「ああ、あそこですね」と何度もうなずき、愛想良く笑うと、「どっからいらしたの?」と、世間話モードに。他に客もいないし、店の奥では扇風機と、夕方のニュースの音。僕は鞄を背負いなおしながら、「東京から」と告げる。
「一昨日、萩・石見空港に着きまして、でも、花火が中止になったって・・・」
「そうそう、このところ、お天気がねえ」
「あのう、どこかこの辺りに、その、歴史にまつわるものとかってないですかね。松江城と、出雲は明日から行くんですけど・・・」
僕は「トーフ、大根、もやし」と書かれた買い物メモにいったん目を落とし、思案顔で目を上げ、「インターネットのコラムに載せるんですよ。島根の、いろいろ、いいところを」と。やはりミステリ・スイッチが入ると口から出まかせもスラスラ言えるもんだ。
「ああ、インターネットのね」
「はい、そうなんです」
「でもこの辺って言ってもねえ・・・」
「今、ちょっと迷子になっちゃって、この辺ぐるぐる回ってたんですけど、・・・何かあっちの方に、古い建物がなかったですか?山の方に、ちょっと入ったとこ」
目配せすると、黒井もうなずいて、「あの、こっちの方に・・・」と、道路から見えた感じで右下を手で示して見下ろす。どうやらそれで何かが伝わったらしく、おばちゃんはものすごく渋い顔をした。
「ああ、あれはねえ・・・別に、歴史的な何とかってもんじゃ、ないから」
「え?」
「なんかね、サナトリウムよ。昔の、療養所。若い人はわからんでしょう」
「・・・ふうん、そうなんですか。別に、文化財とかじゃなくて?」
「違う違う」
首を振って、これ以上話すことはないという雰囲気。
「へえ。でも古いものが残ってるんですねえ。・・・まあそしたら、今日はこれで帰ろうか。雨が降っても嫌だし」
黒井はうなずいて、でも僕が帰るつもりはないと分かっているらしく、見えないようにため息をついていた。
お礼を言ってもう一度「信号を左折ですね」と道を確認し、ホームセンターで買うものを口にしながら店を出た。サナトリウム。昔の、療養所。・・・結核、か?懐中電灯とろうそく、どちらが相応しいだろう!
・・・・・・・・・・・・・
アリバイ工作のためいったんホームセンター方面に車を出し、二車線ある街道まで戻って車を停めた。
丑三つ時まで車で待つには長すぎる。ご都合主義だが、時計は見ないで、暗くなったら行くことにしよう。
黒井がため息をつきながらぶつぶつと念仏のように何かをつぶやくので、ああ、念仏だ、と僕はそれに思い至った。
鞄を持ってきて、よかった。
お墓じゃないのは残念だが、戦前のサナトリウムなら、区画整理された小綺麗な霊園なんかよりはよほど、いや、比べ物にもならない。
後部座席で鞄を広げ、時々笑い声すら漏れる僕に、黒井は「もうやだ・・・」と言ったけれども、はは、逃がす気はないよ。
・・・・・・・・・・・・・・・
また一度ざっと雨が降り、すぐ止んだ。
そしてすっかり日暮れで、夕焼けというような色彩はしばらく見てもいないし、忘れてしまった。
「・・・ねえ、クロ、そろそろ行こうか」
「えっ・・・、よ、夜中じゃないの?す、少し、一眠りしたら・・・」
「あのさあ、トランクの中を見てもいいかな」
「・・・何で?」
「ちょっと失礼」
僕は手探りでトランクを開け、車を降りて中を確かめた。
中には、小さなバケツと雑巾、軍手、ブラシ、それからペットボトルの<スーパー保存水>二本と簡易トイレ、銀色の保温シート、赤色灯付き懐中電灯・・・。ああ、これだ。
車に戻り、「懐中電灯を借りるよ。災害の備えがしてあって、すごいね」と言ったが、返事はない。僕はそのまま車を出して、現場へと向かった。
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