3章:トマトリゾットでひとやすみ
(黒井の家で夕飯を作る。でも、浮かれないように!)
第28話:好き?って、聞かないで。
翌日の昼まで寝ていた。
うどんなどを食って過ごすと、夕日になって、何ともう明日からは会社なのだった。
夕方過ぎに、また、着信。
「あー、俺。ねえ、会社って明日から?」
「・・・そうだけど。もしもしくらい言えば」
「だって出るって分かってたし」
「・・・何で」
「だって昨日出たから」
この男には歯止めというものがないのだろうか。僕も昨日の今日ですっかり安心してつけ上がっているけれども、あまりにも、自分の世界に引き込みすぎだ。僕が更に勘違いするほどに。
「あのさクロ、昨日の話なんだけどね」
「うん?」
「本当は支社長たちに何て言っちゃったの」
「え?そこ気にする?」
「するだろう」
「何で?」
「支社長はともかく、道重課長から、俺どんな目で見られちゃうの?」
「・・・さあ」
「さあじゃないでしょう」
「でも、しょうがないんじゃない?だってさ、俺たち、ほら、あんま、ふつうじゃないみたいだし」
「たち?」
「・・・え、違った?」
「・・・いいよもう」
変な目で見られても、本当に変なんだから、諦めろと言いたいのか。
いや、まあ、そうだけど。そしてたぶん、俺とお前のふつうじゃなさは、違うんだけど。
「それで?明日会社かって、用事、それだけ?」
「うん」
「あ、そう」
「暇だったから」
「うん」
「電話で話したことって、そういえばあんましないね」
「そうだね」
「・・・俺は、会った方が好きかも」
ぐ。
喉に詰まって、咳込んだ。
「だいじょぶ?」
「う、うん・・・ちょっと、噎せた」
「俺さあ、電話だとさ、間とか、何だろうね、やっぱ、分かりにくいよね」
「うん。お前がね」
「ん?」
「何でもない」
何だろう、これは、僕の、生還記念のご褒美か何かか?
なら、今日くらい、堪能しちゃおうか。
「あのさ」
「うん?」
「今日、とか、何してた?」
うわ。出来たばかりの彼女にする電話じゃあるまいし。
「えーとね、大掃除でしょ。そんで、ついに諦めてやめたでしょ。それから、カップヌードルのリベンジをして、今に至る」
「しょうもないね」
「ねこは?」
「え。起きて、うどん食って、・・・今に至る?」
「何だ同じか」
「違うだろ」
「ねえあのさあ」
「何」
「ねこって今好きな人いる?」
「へっ?」
いや、こういう展開は、ご褒美じゃないよ。いやいや、無理だよ。
「昨日友達になった人、好きになっちゃった?」
「は?何で?」
「だって何かさ、声が、浮かれてるから」
いやあ、クロさん、鋭いね・・・。でもね、相手は昨日の人じゃなくて、今僕が電話で喋ってる人なんだよ。
「え、何言ってんの、さっき噎せたから、ちょっと声、上擦ってるだけじゃない?そ、それに、友達って、そいつ男だよ」
「そっか、違うの?」
「違う違う」
「じゃあ別の人?」
うっ、引っ掛かった。
「い、いや、だから、そんなんじゃ」
「ふうん・・・」
「な、何」
「秘密なんだ?」
「お、お前さあ、そういうのに興味あるわけ?お前なんかさ、こ、こないだだって、セックスすりゃいいとか言って、色恋沙汰もロマンスもへったくれもないじゃん」
「あ、何それ。俺のこと馬鹿にしてる?俺だってね、そーいう機微とかさ」
「キビ?へえ、そんなのあったの?女なんかうざいとかめんどくさいとか、そんなんばっかだったくせに」
「いや、それはだってそうだもん」
「そりゃあさ、おモテになるヤツはそういうこと言うんだよ。全くさ、たまたま今年のクリスマスは俺と一緒だったかもしんないけどさ、そんな」
「そうだよ、せっかく家にまで連れ込んだのに、キスまで至らなくてさ」
「・・・っ」
絶句。
け、携帯を、落としそうだよ。手の力が、どこかへ吸い込まれていく。
「ねえ?」
同意を求められても。
「ね、ねえって、じょ、冗談」
「だって事実じゃん。まあでも、確かに、機微はなかったか」
「な・・・ない、よ」
「そうだね」
「そ、そうだねって・・・」
「何焦ってんの。面白いなあ」
お、俺は断じて面白くなどない。
話題をそらそうとして、とんだ藪蛇だ。
もう、喉元まで腹の奥の諸々が出掛かってるけど、意志の力でそれを抑える。そう、お前と違って、僕はそれをしなきゃいけないんだ。だって、そうしなきゃ、また自分を見失いそうだもん。
「と、とにかくね、お前、今年は・・・」
「あっ!」
「なに」
「今年も宜しくお願い致します」
「はっ、こ、こちらこそどうぞ宜しく」
「・・・へへ」
「もう何なの」
「だからねこは面白いんだって」
「はいはい、左様ですか」
「ねえ俺のこと好き?」
「・・・」
沈黙。いや、緘黙。
さらりと、ハイハイ好きですと言えば良かったのに。
二秒、三秒・・・。
もう遅い。
どうしよう。
こんなんじゃ。
何で俺、こんな目に遭ってんの?
「あ・・・そうだよね」
「・・・」
「ごめん」
ごめんって何だよ。お前、何か勘違いしてる。
きっと、坂本とかいうやつが言ったみたいな、「お前そっちの気があるんじゃ?」的な意味のからかいになるって、そういう言い方気に障る人もいるだろうって、思い当たったんだよね。
っていうか、まあ、あるかないかで言われれば、あるけどね。お前限定だけど。
だから、悪いのは、素直に言って玉砕できない僕なわけで、お前じゃないんだ。
「・・・」
「忘れて?」
「・・・」
「そういう意味じゃ、ないから」
「・・・」
「やだな、笑ってよ、友達じゃん」
「・・・」
「軽蔑した?」
「・・・」
「お願い、何か言って。今の、取り消すから」
だめだ。
黒井の声が必死になればなるほど。
頭が、冷えて。
自分じゃない、誰かが、喋りだす。
「・・・クロさあ。お前、俺のこと、どういう風に思ってんの?」
「いや、だから、そういう、つもりじゃ」
「俺のこと何だと思ってんの?」
「ごめん」
「謝るなよ」
「え・・・」
「ふざけんな」
「・・・」
「人のこと散々振り回しといて、言うに事欠いて、何様のつもりだよ」
「・・・」
「俺はお前の何なの?ねえ」
「・・・」
「答えてよ。ねえ、何なの?都合のいい身体だけの友達?キスの次はどこまでいくつもりだったの?」
「それ、は・・・」
「俺がお前のこと傷つけないように抑えてりゃいい気になりやがって」
「・・・」
「遊びなんだろ?全部さ。気まぐれの、暇潰しなんだろ?」
「ち、ちが・・・!」
「とかさ、言って欲しかった?」
「・・・え」
あはは。
舞台の幕が開いちゃった。
感情的になりすぎて、身が入りすぎた。
こんなの、僕の言葉じゃない。本心かもしれないけど、本物じゃない。
「演劇部、だったんだろ?」
「・・・え」
「俺にも出来そうかな。何かね、こないだの、喧嘩の嘘ついたときもさ、結構気持ちよかったんだよね」
「な、に、・・・それ」
「ごめんね、大きい声出して。びっくりした?」
「・・・う、ん」
「やだな、お前が変なこと言うからだよ。ま、いつもだけどさ」
「・・・ねこ、え、どういう、こと?」
「何でもないよ、雰囲気で言っただけ。何だよ、泣きそうな声出して」
「だ、だって」
「悪かったよ、謝るから、ね。機嫌直してよ」
「な・・・え、どゆ、こと」
少し間を空ける。
「お前が、変なこと、聞くからだよ」
乾いた、低くて冷たい、自分じゃない声。
無言で伝える。
その質問だけは、しないでくれ。
俺を根底から、ひっくり返しちまうから。
「ね、分かった?」
「あ、う、ご、ごめん」
「全くさあ、本当、俺をいろいろ振り回してくれるよね、クロは。ま、そこがいいんだけど」
「な・・・からかって、る?」
「ま、ね。いろいろ、仕返し?」
「何それ。俺、ほんとに、もう、涙とか出てるじゃん。ねこの馬鹿」
「俺だってこないだたんこぶ作って泣いたんだから、あいこだろ」
「・・・俺、泣いただけじゃないもん。鼻水も出てきたもん」
「そこまで知るか。さっさと拭け」
ティッシュを取って、ちーんと鼻をかむ音。あーあ、好きな人、泣かせちゃったな。
「鼻水の分は、今度しっかり返すからな。首洗って待ってろよ?」
「はいはい」
「ったく。何で部屋で一人泣かされなきゃいけないんだよ!こないだは俺がちゃんと頭なでてやったじゃん。ずるいよ」
「まあ、そうね」
「あーあ。俺、かわいそうだ」
「どうしろっていうの」
「・・・来て」
「行かないよ」
「ちぇ」
「頭なでるんじゃなくて、鼻かむの手伝いに行くんだろ?やだよ」
「・・・ぷっ、何それ」
「だってそうだろ?」
「・・・あの」
「ん?」
「友達で、いてくれるよね」
「それはさ、こっちのセリフ」
「そ、っか。ありがと」
「べ、別に」
「あのさ、ねこ、明日だけど」
「うん」
「朝、一緒に行こっか」
「・・・へ?」
「また前みたいにさ、満員電車で、抱き合って行かない?」
「な・・・お前、反省してる?」
「そうそう、俺ね、こないだ、お腹に、四角く、赤くなっちゃったんだよ。お前のベルトだよあれ」
「お、俺だって」
「何だ、一緒か」
「あんなに苦しいのはごめんだよ。もうちょっと、普通に行こうな」
「ちょっとえろかったもんね」
「お前・・・」
「あはは、いっぱい喋っちゃったね。じゃ、そろそろ寝るから!」
「も、もう?ってか明日何時だよ」
「先頭車両で待ってる。お前がいたら乗り込むから」
「な・・・」
「また明日ね。おやすみ!」
「・・・お、おやすみ」
少しの間をおいて、切れる。
ツー、ツー、ツー・・・。
な・・・。
つ、疲れた。
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