第239話:男の子が死ぬ夢
ふと気づくと、布団に正座して汗をかいていた。
気づいたとたんに暑さを感じるから不思議だ。
手探りでクーラーを入れ、冷蔵庫の烏龍茶をラッパでがぶ飲み。えっと、何曜だっけ、土曜?明日が日曜なら、とりあえず焦ることはないか・・・。
・・・携帯を見ると、午前二時前。
何が起こったのか、ちょっと、整理、しなくちゃ・・・。
何となく電気をつけたくなくて、暗い中パソコンを開いて、メモ帳を立ち上げる。
<夢・先週><夢・さっき>の二件を、ウィンドウを小さくして横に並べた。まずは事実のアウトプットだ。
<夢・先週>
・幼稚園児、連続でない殺人事件、三件目?被害者男の子
・保護者(実親ではない)が教育委員会にクレーム
・大人が子どもを殺すのを止められない、と思う
・殺す本当の理由は別にあり、保護者たちは知る由もない
<夢・さっき>
・外国で地震、日本人クラスの男の子行方不明(小学二年くらい)
・インタビューで印象的なコメントをした女の子、後にドリルを売り出す
・担任もそれに乗っかり、訃報は気にされない(テレビで見ている)
・死んだ子より生きてる子の活躍が大事か、と思う
・死因はたぶん不幸な事故
とりあえず概要を羅列し、えーと、この両方の被害者の男の子が、僕が抑圧している真の自己だって?まったく、言いたいことを言ってくれるな。僕の夢に死体や死人が出るなんて珍しいことでもないし、そんな特別な意味があるもんか。たまたま男の子ってとこがかぶっただけで、あとは黒井が、僕のうざったい他人行儀を責めたかっただけじゃないか?
・・・。
一応、客観的に見てみるか。
この夢を見た人物は匿名であり、あくまで一つの症例として分析するんだ。
そして僕はあらためてこの二つを読んでみた。
まず思ったのは、この被験者は子どもが嫌いなのか?ということだ。
しかし、殺してやりたいとかいう積極的な意志は感じられない。イメージしたのは、連れ子を疎ましく思う父親。虐待するような人物ではないが、徐々に大きくなる血の繋がらない息子に対し、恐怖、嫌悪感、居心地の悪さ、・・・いや、憂鬱を感じる、というのが一番近いか。
しかし息子は決して父親を脅かすような存在ではないようだ。僕が自分で言っていたが、無邪気で純朴で、むしろ少しオツムが足りないほどだ。義理の父に対し反抗したり、いつまでもなつかず隠れているようには見えない。彼は子どもらしく屈託なく笑う。いや、テレビの子役みたいのじゃなく、鼻を垂らしたり、どうしようもない坊主頭で、褒められてもいないのにはにかんでいる。それが父親には嫌なのだ。こちらの嫌悪感をまったく汲まず、妙に聡いわけでもなく、ガラクタ片手に笑っている。こちらがどんな行動を取っても、感じているのかいないのか、うひひ、にひひと体をくねらせる。
・・・嫌だ。
な、何でそんなのが俺なんだ?おい、クロ、そんなことを言った責任を取れ。
・・・殺したくもなる。
いや、殺すというか、いなくなってほしい。
存在丸ごとなかったことにしてほしい。
・・・僕に、そんな気持ちの悪い子どもの一面があるとでも?
本当はそうしたいのに、僕が押し殺してるって?
はっ、馬鹿を言うな、たとえそんな一面がどこかにあったとしたって、そんなもの俺が認めないし、とっくに、きっかり切り捨てているだろう。罪悪感を感じることもなく、不必要だと、こうあるべきではないと、ためらわずに実行しているだろう。
だから、今更夢に見るはずもないんだ。
それに、たとえほんの一ミリそんなものが頭をもたげたとしたって、きちんと殺したんだからもう大丈夫だ。そいつは死んだことを恨んでいる様子もないし、親を憎んでいる様子も・・・。
・・・親は、出てこないのか。
孤児、という設定ではない。
想定した父親は出てこない。ただ、いるのは、それらの事件や事故をテレビなどで客観的に見ている僕だ。メディアで隔たれた、画面の向こうの<どこか>の出来事。死体を直接見ることもなく、僕はただ<亡くなった>というニュースを見るだけ。名前すら知らない、でも、少なくとも女の子ではない、男の子・・・。
仕方がない、という感じ。
その男の子が悪い、ということは全然ないんだけど、ただ、彼が犠牲になったことは致し方ない、と僕は感じている。一視聴者として、無責任に。
僕はもう一度画面を見た。
保護者と担任の態度は同じだ。その子のことを悼むより、責任追及や保身に忙しい。これは、思い当たる節がないこともない。表面的な理論理屈を気にして、なおかつ自分が正しい場所に立つことに腐心する僕自身の一面かもしれない。
そして。
・・・<殺す本当の理由は別にあり>。
疎ましいからいなくなってほしい、じゃ、ないのか?
論理的であろうとする僕に対する、非論理な一面の襲撃と撃退、という図では、ないのか?
あの、誕生日の朝。
僕は、あの時と同じ体勢で、半分はみ出して布団に横向きに寝てみた。
まだ朝ではないから、見える光度は違うけど、そう、こうして僕はぼんやりと夢を思い返していた。あんなことがあった夜だから、黒井の言う<あっち>へ行って、何か特別な夢を見るんじゃないかと思って。
そう、全然そんなことなかったなって、ちょっぴりがっかりしながら。
僕はオレンジの常夜灯をつけて、しばらくぼうっとした。
・・・ああ、黒井が、電話してくれたんだな。
他人行儀が気に食わないって?あっそう、だってしょうがないじゃん。お前のこと好きなのにそうは言えないから、我慢してるもん。
・・・もし、好きって言ってたら、我慢しない、のかな。
もし僕たちが両想いで、恋人同士で、電話にデートにキスにセックスにって仲だったら、「ね、クロ、お願い!」って甘えてる?「えー、やだ、俺それしたくない!」って口を尖らせてる?
今、電話して、「あの時のキス、すごく、よかった・・・」なんて、心のままにささやいてる?
・・・。
んなわけないだろ。
そんな状況なら、余計に、気張ってるだろう。
ああ、それじゃ、好きがどうとかいう理由じゃないんだな。今の僕がこんななのはそういう理由じゃなくて、たぶんもっと昔からこうなんだ。これ以上変えようがない、鋳型に入って冷えて固まった、金属みたいな・・・。
・・・それほど、美しくも高価でもないか、と、思い。
そして、ぺらぺらのプラスチック板を思い浮かべた。
偶数。
2-4。
本当の理由。
ああ、その白い板は、教室の、部屋番号。いや、部屋番号なんて呼ばないか。何だ、クラス名、何年何組っていうあれだよ。教室のドアの上のあの看板。
2-4。
二年、四組?
小学校?中学?高校?
どの二年のとき四組だった?
・・・全然、思い出せない。
で、その教室の看板がいったい何なんだ。
・・・<殺す本当の理由>?
大人が子どもを殺す理由。憎しみでも、疎ましいのとも違う、世間の人には分かるべくもないその理由。
・・・何なの?
何だっていうの?
最初の夢が、次の被害者を指し示してる?あの子は小学二年生だった?
俺が自分の中の非論理的存在を殺してるんだとして、その本当の理由が二年四組という意味は何だ?
僕は何だか怖くなって、あの魔法の石を求めた。
そして、それは<おねえさん>の記憶に繋がって、桜上水のホームで耳鳴りを言えなかったことに繋がって、それから、どうして言えなかったんだって考えて、僕は何かの自己欺瞞に行き当たったことを思い出した。
そう、僕は僕に何かを隠している。
身体に関する何か。大きな怪我や病気をしたこともないのに、見られたらエンガチョされてしまいそうな何か。
最初からインストールされているかのような罪悪感。自分の欲求や欲望は出してはいけない、論理の濾過装置にかけなければ外には出せないと、いつもきつく言い聞かせている・・・。
・・・お前のこと?男のお前を好きだってこと?
いや、違う。もっと前からだ。
もっと前から男が好き?違う、違う、そういうことじゃない。
だってクロが好きだってことに罪悪感なんかない。羞恥心はあっても、良心に恥じることはない。だから、強くなれるんだ。一直線に肯定できるから、それは強いんだ。
・・・逆に言えば、罪悪感と、良心に恥じるような、強さに繋がらない何か?
それが、二年四組にある?
知らない、知らない、知るもんか。
だったら何だっていうんだ、俺の知ったことじゃない。
もう寝よう。そんなこと忘れてさっさと寝よう。
クロ、お前は自分のいろんな過去を話してくれて、俺はあくまでその個人情報を、その<何か>を取り戻すためだけに使ってるんだ。だから、僕のことにつっこむ必要なんてないよ。俺の夢を分析して、僕の何かを掘り起こす必要なんてないんだ。だから、ほっといてくれ。悪いけど、それは一人でやるから、ほっといてくれ・・・。
僕は、うつむいた顔の自分が描かれたあのスケッチをありありと思い出した。
たぶん重ねたらぴったり僕になるという顔を、今しているはずだった。
・・・・・・・・・・・・・・
八月三日、日曜日。
あと、十日あまり。
僕はカレンダーに日々×印をつけて、その日を待つことにした。
その日、僕はクロと、飛行機に乗っちゃうんだ。
・・・本当かな。
未だ何の実感もわかないのは、結局あれからきちんと確かめてなくて、準備もしてないからだ。
先に、準備だけでもしておくか。
仮に直前で僕の分がドタキャンになったって、黒井のマンションに留守番に行くと思えば、着替えと洗面用具くらい鞄に詰めたって無駄にはならない。
少し気まずかったけど、黒井に電話することにした。
ノートをちぎって、そこに大きく<ごめん× 悪かった× 謝る×>と書いた。
まあ、せめて「ありがとう」はいいことにしよう。
何回か深呼吸し、通話ボタンに親指を置いては、離す。
もし繋がったら、まずは昨日のことを謝って・・・って、初っ端から違う違う。謝りそうになったら、ありがとうとか、助かったとか、役立った、参考になった・・・って、レビューじゃないんだから!
それから、散々、台本を練った。
こう言われたらこう返す、ここは言い切って、話題を変える・・・。
すべてはお前の気に入るような受け答えをするためだ、と自分に言い聞かせて、なぜか勝手に笑いが出た。
何だこの不自然は。
お前じゃなくても、「もうちょっとふつうに喋れない?」と言いたくなる。
別に、お前だって、僕に「言いなりになれ」なんて言ってないんだ。
ただ、本音を出せばいいって、それだけ。
単なる友達じゃないんだから。
・・・うん??
・・・単なる友達じゃない?
いや、もちろん、そのつもりだけど。
これ、あいつが言ったんだよな?ま、まあ、アトミクをやるパートナーって意味だ。
・・・キスしちゃうような関係、って意味、かもしんないけど。
・・・。
さ、さて、単なる友達じゃない黒井に、いい加減電話しなきゃな。昨日はごめん、じゃなかった、ええと、確認したいことがある・・・。
・・・・・・・・・・・・
実際電話をしてみると、黒井はアイスを食べてご満悦の最中だったから(「うへー超うまい」と、ハーゲンダッツのコーヒー味)、僕は何の問題もなく自分の疑問や課題を解消することができた。案ずるより何とやらだ。
飛行機のチケットは紙のそれがあるわけではなく、当日空港で発券すること。僕のことはもうお母さんには言ってあり、会社の同僚ってだけの存在がのこのこ押し掛けることは了承済みだということ。手土産や泊まる準備に関しては、「気にしないでいい!」「俺の服とかあるし、手ぶらで十分!」などとのたまったが、まんまと信じる僕ではない。ただ、スケッチブックを持ってきて、とのこと。
飛行機なんて久しぶりだし、少しわくわくする、と言ったのがよかったのかもしれない。実際約十年ぶりだし、それに、密室の乗り物はある種の緊迫感につながる可能性を秘めているので(ミステリ的な意味で)、いくらお盆の帰省ラッシュ時とはいえ、一定のポテンシャルを保つことが出来る・・・。
昨日の夢についてちょっと訊かれたが、「結論を出せる段階にない」と言ったらため息で、「か、考え中だよ」と言い直したら「ああ、なんだ」と納得してくれた。現在進行形が鍵なのか?
残念ながら昨日の今日で会う気持ちは失せてしまったらしく、<ドライ>より<冷房>の方が電気代が安いらしいという話をして終わった。夜中じゅうつけていたら喉が痛くなって、のど飴を買いに行ったが時期的にあまり売っておらず、代わり(?)にアイスだったらしい。
夜、今日はどんな夢を見るのかと少し意識してしまいなかなか寝付けなかった。
首が後ろ向きについている体だけ小さな女が自転車を押しているとか、そういうイメージばかりが万華鏡のように次々現れて、いちいち付き合うのに疲れて寝た。
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