第217話:親睦会の孤独

 最初こそ少し盛り上がったものの、あとは、何となくひたすら食べていた。バイキング方式で野菜や肉を目の前の鍋に入れ、好きなタレで食べる。向こうのテーブルでは女子会の二人がひたすら鍋奉行でガールズトーク。でもそれでも盛り上がらないよりはましで、こっちは男の子たちが遠慮して押し黙り、盛り上げ上手のおっさんがいるわけでもなく、どうにもならない。

 せめておしゃべりの西沢をこっちに配置すればよかった。

 新人が喋らないなら、みんな、僕のあっちの島でのエピソードでも訊いたら?とか思うけど、自分からわざわざ切り出すほどでもないし。

 それから何となくおっさんたちがぼちぼち話し出し、最近の営業案件の話。新人たちは神妙な顔で相づちを打ち、そして徐々に酒も回って、少しずつ盛り上がっていった。

 ・・・幹事としては、よかったと思う、けど。

 ・・・ついていけないんですけど。

 最近四課にもあまりいなかったし、喋ってるのも佐山さんばかりだし、っていうか営業から少し遠ざかってるし。

 え、っていうか、そんな爆弾案件があったの知らなかったんですけど。横浜から来てる敏腕SSとか、存在さえ知らないんですけど。

 たまに「あ、これ山根は知ってたかな・・・」なんて鹿島さんが気を使ってくれるけど、それは嬉しいけど、でも「そうなんですかー!」の次の、「僕は~~で~~してたもんで、知らないんですよ!」「えー、そういえば山根は今どんなことしてるわけ?」には繋がらなかった。ものすごく一生懸命タイミングを計って「ああ、それあっちの島には~」ってちょっとにおわせてみるけど、誰かが「ふうん」と言っただけで、誰も何の興味もないみたいだった。

 やがて課長が現れてひとまず場が中断し、一度空気がリセットされた。その隙を見計らって横田が「そんじゃ」と言ってしれっと抜けていった。その後は課長が新人たちに話しかけ、話題の中心はそちらに移っていった。女子会二人は相変わらずだが、男子の方は、きちんと聞いてみれば受け答えもしっかりしていて、やや態度は堅かったけどそれなりにいろいろ話していた。「あー、俺たちの頃はそこまで考えてなかったね、いやあ、なかなか期待できるわ!」なんて、うん、その通りだと思う。そして、その一言を言われてしまえば僕が用意するような合いの手もない。

 山田氏は相変わらずのくそ真面目な天然の若年寄りぶり。

 岩城君はひたすらポジティブで、何を言われても「それが取り柄です」で笑いを誘う。

 飯塚君はひょろりと背が高いメガネ君で、ややおっとりだがたぶん一番頭の回転が速く有能。

 こちらのテーブルにいる三人を分析することで何とか時間を潰し、自分がここにいる意義を考えないように努めた。五秒に一回くらい「もう嫌だ、帰りたい」って表情を引き締め、誰も見ていない相づちを打って手持ちぶさたを隠す。五分に一回限界が近づいて、ひたすら鍋の肉と野菜を食べ、アクをすくった。十分に一回更なる限界が来ると、バイキングの野菜を取りに行って鍋に入れた。誰かが一度「山根君意外と大食いだね!」なんて言ったけど、いや、食べるしかやることがないし、といってもそれほど美味しく食べられるわけでもなくて、満腹感もないまま口に放り込んでるだけなんです。

 知ってるはずのメンバーの中で、新人たちもバカみたいに盛り上がるわけでなく、真面目で好感が持て、あからさまな疎外感を感じることはなかったのに、でも、居心地の悪さで尻が浮きそうだった。

 


・・・・・・・・・・・・・



 最後になるともう諦めて、締めの挨拶すら省かれたけどもうどうでもよかった。スマートに時間制で終わったおかげで、エレベーターで下に降りたら、ビルの前で<二次会行く人>の選別が穏やかに進んでいた。

 速やかに山田氏が「私はこれでお先に失礼いたします。お疲れさまでございました」と頭を下げた。みんなが苦笑する中、律儀に僕にも「山根さんもお疲れさまでした」と言って去ろうとするので、「それじゃあ僕も」と便乗して帰ることにした。

 途中まで一緒に歩いて、先輩として何かしら話すべきかと思ったが、「雨やんだなあ」と独りごちた後は、「それじゃあ、こっちなので」と会釈するしかない僕だった。

 ・・・。

 もういい。もう終わったんだ。帰ろう。

 さっさと地下道に潜ってひたすら歩き、考えたことは、いや、感じたのは、恐怖だった。

 ・・・怖ろしいよ。

 みんなと同じように「いやあ、楽しかった」「結構話せたね」なんてお義理でも言えなかった僕は、もしもクロがいなくて、その先にあるアトミクや<向こう側>やそんなものがなかったら、そんな世界は、そんな人生は、うすら寒くすらあった。

 たとえ面白いミステリがあったとしたって。

 週末は本やDVDで楽しめたとしたって。

 もちろんそれでもないよりはマシだけど、そんなんでは足りない。部屋に氷を手のひらいっぱい置いたって冷房にはならないみたいに、生ぬるい暑さと虚しさで気持ちが悪くなる。

 いつものように、あんなんで騒いで何千円も払って満足するなんて馬っ鹿じゃない!?と罵る気にはならなかった。馬鹿にしたり見下したり、そうやって自分を保とうとするほど嫌な空間では、なかったから。

 ごく自然に、静かに、ゆっくりと、怖いなあと思った。

 もちろん、あの場で主役になってやんややんや持ち上げられ、気まずいことも一つもなく「ああ気持ちよかった!」と終わっていたら、この人生でいいじゃないか!と思えたのかも、しれない。

 でも、それはそれとして、やっぱり、誰もいない部屋に帰るこの帰り道に、一人で感じるそれを消せるとは思えなかった。

 ・・・うまくは、言えない。

 孤独?

 将来の不安?

 自分への失望?

 どれもそうだし、どれも微妙に違う。

 魔法の石を握りしめて、薄氷を踏んでいる。

 前を向いていれば見えなかったけど、振り返ったら、下を見てしまったら、身震いが出る。

 これは、石を持っているからこそ感じる恐怖だ。石という拠り所があってこその。

 ・・・本当に、よかった。

 京王線に乗って、今度は安堵で身震いが出た。

 そしてそれから、また寒気がした。

 ・・・黒井には、これが、ないのか。

 あってよかった、俺にはこの、全てを賭ける自分の世界がある・・・ってこの胸の真ん中のぎゅうっとしたものが、ぽっかりと、ないんだ。

 しかも、最初から何もなくて感じないんじゃない。ずっと確固として持っていたはずなのに、いつの間にか消えてなくなった。

 そのことに愕然として、そして、それをやっぱり一拍遅れで思い当たる自分にまた愕然とした。

 クロ、お前はどうして大丈夫なの?

 どうして僕にしがみついてこないの?毎週、毎日、会って、電話して、俺はこんなの怖い、耐えられない、って泣きつかないの?

 どうして自分をまだ信じていられるの?

 その理屈は、その心理は、どうパラメータを変えても見えてこなかった。僕は半分、まるで迷宮に吸い寄せられるように、桜上水で降りた。



・・・・・・・・・・・・・



 ドアを開けた黒井は歯ブラシを口に突っ込んだまま、「んー、んん、んんー」と僕を見つめた。・・・いや、分かるわけないだろ。

「・・・ごめん、いいんだ、何でもない。帰るよ」

「んんーー!」

 首を横に振ってくれて助かった。本当は、誰もいない部屋に帰って電気をつけられる気がしなかったんだ。

 「ごめん、お邪魔します」と入ると、黒井は洗面台にそれを吐き出して「お前、飲み会じゃなかったの?」と。

「・・・」

 何だか、声が出なかった。「とにかく泊めてくれ」の一言も出てこない。少しよれたTシャツにいつものスウェット姿の黒井が、その「どしたの?」って顔が、本当にいとおしくて仕方なかった。

 失語症みたいに黙りこくっていると、口をゆすぎ終えた黒井が、「まあ何でもいいけどさ」と軽く笑った。

 そして、部屋の前で向き合って、「・・・脱げば?」と、僕の上着を前から脱がせた。

 ハンガーに掛けてくれるでもなく、その場の床にただ落ちる。

 店の喧噪からこうして1Kにやってきて、やっぱり距離感がおかしくなる。こないだこうしてここで話したのはいつだっけ?どうして僕は今ここにいて、いったい何をしてるんだっけ?

 シャツのボタンを一つずつ外されて、半袖のYシャツが上着と同じ運命をたどった。

 ・・・お前がいなきゃ、何も出来ない僕だよ。

 胸の真ん中にお前がいなかったら、本当に服さえ脱げないだろう。あれからちょうど半年だよ、あのアリジゴクから。

 ベルトのバックルに手をかけられ、反射的にびくんと身体が反応した。黒井は気にせずそれを緩め、ベルトごとズボンを下に落っことす。何これ、夢なんだろうか。それほど酔ってないはずなのに、現実感がちょっとおかしい。

 待ち伏せして、お前に声を掛けさせようと前を歩いたのは、今朝のこと?

 そんな相手が、どうして今僕の服を一つずつ脱がせてるの?

 靴下を下げられ、足を持ち上げられて、脱がされた。

 さすがにくさいだろうに、どうして僕は「やめろよ!」って足を引っ込めないんだ?片方脱がされたらもう今更で、ズボンの抜け殻から一歩踏み出し、裸足で床に立った。

 ・・・これでもう、会社の僕じゃない、山猫だ。

 でもどうして?

 ねえ、何で突然押し掛けて何も言わない僕のこと、こんな・・・。

 やっぱり夢なのかな。

「・・・ゆめ?」

 ようやくそれだけつぶやくと、黒井は「・・・なんで知ってるの?」と、最後に僕の眼鏡を取った。



・・・・・・・・・・・・・



「勝手にどっか行かないでね。俺が寝てるときは寝ててもいいけど、俺が起きるときには起きててね。あと携帯は電源切っといて。それからカーテンは開けないで」

 黒井は言い含めるように僕の顔を見て、そしてふともう一度、「あ、勝手にって、書き置きとかしたらいいってことじゃないからね。絶対俺が起きるまでここにいて」と。

「・・・あの」

「いいでしょ?それで」

「・・・はい」

 黒井はクローゼットから夏のハーフパンツを引っ張りだし、「これでいい?」と渡した。僕はうなずいて受け取り、それを履いた。

 そして、黒井はベッドに入り、奥側で丸まって僕に背中を向けた。それ以上注意事項はないみたいなので、僕はさっき言われたことを反芻した。

 勝手にどこかへ行かない。書き置きも不可。

 黒井が起きるときには起きてなきゃいけない。

 携帯を切る。

 カーテンは開けない。

 ・・・まず出来るのは携帯を切ることで、それをしてしまったら、どうやら黒井が起きるまでやることはないようだった。

 あれ、でも、お前が起きるときに起きてなきゃいけなくて、お前がいつ起きるか分からないなら、僕は寝れないじゃないか。

 っていうか、リアルな夢だな。

 ・・・いや、夢じゃないと思うけど。

 肌掛けだけ適当に掛けた黒井の背中を見ながら、「・・・やっぱり夢じゃないよね?」とつぶやいたら、黒井が「夢だよ」と身じろぎもせず即答した。

「静かにして」

「ごめんなさい」

 怒られてしまった。

 申し訳ないなあと思い息を止めて静寂を保っていたら、「眠れないなら本読んでていいよ」とのこと。よかった、それほど怒ってないみたい。僕は「ありがとう」を言うために息を吐き出した。

 テーブルの上には、<137>と少し不穏なフォントで書かれた黒っぽいハードカバー。つい731部隊を連想するけど、表紙の人物は外人で、しかも何となく見たことあるような・・・。

 読んでいいと言われたので、手に取った。

<物理学者パウリとユングの・・・>

 ああ、こないだ、田園都市線で言ってた本だ。

 表紙の雰囲気とオビの文句で、ミステリ魂がくすぐられた。黒井の背中と息遣い、それが同じ部屋にいる熱を持った物体だということは忘れて、読めそうだった。

 なるべく静かに、ページをめくる。

 目次や、興味深い<プロローグ>を斜め読み。

 ・・・読める。一字一句、意味の通った、知的エンタテイメントのノンフィクションがつづられている。

 もし夢なら、これも僕の想像?いや、さすがにそれはないだろう。

 同じ空間で夜中に二人きり、そんな僕の夢は叶っているけど、確かに夢みたいだけど、でもこれは夢ではない。黒井はなぜか夢だと言い張るけど、これは現実だよ、クロ。

 それとも、僕がお前の夢に入ってるの?

 ここはお前の夢の中?

 だとしたら、その中でお前が薦める本を読めるなんて、何て幸せだろう。

 もう、僕はここに何をしにきたのか、今日何があって、何を思ったのか、よく分からなくなってしまった。いろいろなことがどこかへ飛んでいって、今はこの部屋とクロの背中とこの本だけだった。

 


・・・・・・・・・・・・・・・



 ユングの業績とパウリの生い立ちを、ざっと読んでいった。

 ユングの心理学はとても興味深いけど、どうも、<無意識>や<元型>や<コンプレックス>なんていう単語、そしてそれ以外のもう少しマイナーなあらゆる用語の意味が容易には取れず、<A的事象をB状態として理解するためにCの解釈を一部適用して・・・>みたいな、たらい回しでけむに巻かれてしまうことが多々あった。

 だから、哲学は苦手なんだ。

 論理学的な部分もあるけど、あまりに抽象的、主観的、形而上学的すぎて、一般化した客観的な理解が出来ない。ぼんやりと分かるような気がするけど、気がするってだけじゃ、何も理解していない、何も考えていないのと同じだ。

 でも、それでも、ちょっとだけその泥水のような濁った水に手を突っ込んで、感じたものがあった気がした。

 <集合的無意識>と、その表象やシンボルたる<元型>という概念。

 人間が元来持っている根本的な無意識の海があり、それは、時代や人種を超えて共通のものであるという。それは例えば神話やシンボリックな絵柄、彫像などにも表れていて、たぶん、彼らが診ていたいわゆる精神病患者の方がそういったものを直接的に出していたのだろう。ユングもフロイトもそういったものを多々記録していた。

 その真偽とか、有用性とかは、どうでもよくて。

 ただ、<集合的無意識>という、まあ名前だけついてはいるが理屈も出自も不明な未知の領域があり、それがたまたま現れてスポットライトを浴び、分析されたものが<元型>だという理解で正しいのなら、それは、物理学、とりわけ量子力学、原子理論物理学に似ていた。

 なぜ量子のスピンが1/2などという値をとるのか、たとえ辻褄は合っていても、理由は不明だ。なぜ自然がそのように振る舞うのか、それは誰にも分からない。どれだけ突き詰めて物理学を押し進めても、答えが出るはずもない。ただ、数式が、公式が現れてくるだけだ。

 つまり、心理学だろうが物理学だろうが、見えないものに手を突っ込みたいんだ。

 僕にとってのそれは、<向こう側>だった。

 知識や理論がどうとかじゃなくて、その未知なるものへ手を伸ばしたい、そちら側に引き寄せられる、という感覚。そこへはたどりつけないと分かっていても、そこから零れ落ちた何かを手のひらにすくってひたすら見たい、自分こそがそれを知らなくてはならないというような情動がある。あるいは、知らされている、というような、<運命的>みたいなにおいを含む感覚でさえ。

 だって、最終的には、個人に還元するんだ。

 全人類を対象にした心理学も、全物質、全宇宙を対象とした物理学も、そして、僕の個人的な<向こう側>も、僕が死ぬときには僕のそれに収束する。僕がこの人生で知りうる答えはそれでしかなく、それ以上にはなりようがない。

 僕のそれは、どちらか名前をつけるなら<集合的無意識>というやつなんだろうと思った。でも、たとえそうかもしれなくても、そんな全人類的なものは嫌だ。僕は僕一人でいたい。あの寂寞では僕一人だったんだ。僕一人で帰りたい。たとえそれが全人類の孤独を代弁した普遍的な場所だとしたって、それは自分一人で感じたい。

 ・・・一人がいい。

 ちらりと、黒井の背中を見る。

 そう、僕は一人がよかったんだよ。お前と会うまでは。

 お前と会わなかったら、それが胸の中になかったら、こんな飲み会で怖くなって逃げてきたりしてないんだ。

 どうしてだろうね。

 知ったかぶりの心理分析を施しても、それだけは分からない。

 ページをめくり、ユングはパウリの夢分析をする。半ばこじつけみたいに見えるけれども、でも、夢という無意識の領域なら、もしかして僕のこの頑なに閉ざされた未分類ファイルも、僕の通常の理論理屈のOSとは別の手段で解凍出来たりするだろうか。

 今朝見た夢は何だっけ。 

 ・・・夢、か。

 さっき僕はこれが夢じゃないかと言い、黒井は夢だと言った。

 僕が言ったのは、夜に見る夢という意味もあるし、まるで夢みたいだって意味もある。

 っていうか、今朝は、その夢を叶えるために黒井の前を歩いたりしたんだった。玉砕したけど。

 それはそもそも昨日西沢が<夢をかなえるゾウ>とかいう本のことを話しかけてきたからで、でもどうして黒井は僕が「ゆめ?」とつぶやいた時、「なんで知ってるの?」なんて言ったんだろう。

 ・・・だめだな。別に意味なんかないだろうに、ついユングのペースに巻き込まれて、やることなすこと全てに意味と理由とストーリーがあるみたいに感じてしまう。

 こじつけだ。ドラマチックに演出すれば自分という人生を肯定したくなるだけだ。僕の人生にそんなものはないし、いや、まあ、あるとしたら黒井という存在だけ・・・。

 もう一度、振り返る。

 ほとんど寝息も立てず静かに、寝ていた・・・のに。

 僕が振り返ったほんの僅かな空気の振動みたいなものを感じてか、単なる偶然か、僕が見たとたん、黒井が寝返りを打ってこちらを向いた。

 いや、さっきも見たし、その時は何もなかったんだから、偶然だ。

 僕は黒井が起きてしまわないよう、息も殺してじっとしていた。

 そのまぶたは、開いていない。

 電気を消すべきかと思うけど、スイッチまでが遠いし、動けない。

 ただじっと、その寝顔を見つめた。

 見つめていれば何かが起こるとでもいうように見ていると、黒井は唐突に喋った。

「はやくきてよ」

「・・・っ」

 ・・・ね、寝言?

 二秒、三秒、言葉は続かないし、黒井が起きる気配もない。

 今言葉を発したのが嘘のように、部屋は静まり返っている。

 寝言、か。

 ああ、びっくりした。寝言ならもっとむにゃむにゃ言ってくれないかな。そんなにはっきり、早く来てなんて発音されたら、やだな、勘違いしちゃうだろ?

 ・・・まさか、僕の夢見てる?なんて。

 ない、よね?・・・そうだったら嬉しいけど、まさか、そんなこと。

 覗けたらいいのにね。でもそれは無理だ。頭蓋骨をこじ開けたって見ている夢は見えはしない。

 せめて、訊いてみようか。

 次に何か言ったら、「はやくきて」の相手が僕かどうか、訊いてみよう・・・。


 何だかどきどきしながら、でもどうせ、そう思って待っていると何も言わなかったりするんだよな、と苦笑い。

 しかし、ああ、寝言に返事をするのは縁起が悪いんだっけ、とか、縁起が悪いというのは具体的にいうと、相手が死ぬんだっけ?とか思って諦めようとした瞬間、黒井はまた喋った。

「おまえだよ」

 ・・・。

「・・・お前って、誰?」

「え?・・・だから」

 やまねこ、と黒井は少し恥ずかしそうに言い、僕はもう何も考えず、ベッドに上がった。

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