第205話:カウンセラー、隠し事、共依存

 結婚詐欺でも、脱法ハーブでもなかった。

 マックの奥の席に陣取り、まさかとは思うけど追ってきたりしないかと僕は目を光らせながら、アイスコーヒーを飲んで黒井の話を聞いた。

「何か、途中まで、いい感じだったんだけど」

「うん?」

「いや、俺の先入観だったんだ。鉱石とか化石が好きなら、そういう人なんじゃないかって」

「・・・そういうって?」

「何ていうの、物理の話も出来るかって・・・」

「理系の人かって?」

「まあ、そんな」

「でも違った?」

「石は石でも、パワーストーン、とか、そういう、おまじない系の、方だった」

「・・・ああ」

 会ったばかりの女性と物理の話で盛り上がりたかったと告白する黒井に、本当は肘鉄を食らわせてやりたかったけど、我慢した。この間のどこかの得意先の担当者といい、まったくやめてくれないかな。僕とだけにしてくれない?

「何か、いろいろ言われて、当たってることとか、どきっとすることもあって、聞いてたんだけどさ・・・途中から何か変な感じになってきて、俺、占いとかは苦手なんだけどって言ったら、占いなんかじゃないの、私カウンセラーなのって・・・」

 食後、お茶が飲みたいと言われラウンジに移ったら、なぜかもう一人の女性が合流してきたという。

「たまたま会って一緒に、とかじゃないんだよ。友達が来るから、とも言ってなかったのに、急にその人が入ってきて、まともに紹介もしないままするっと話が始まってるんだよ。まるで今までの全部聞いてたみたいに、二人で俺の何かがどうだこうだって・・・」

 ああ、典型的な手口、じゃないか。

 あやしい新興宗教だろうが、マルチ商法だろうが、アンケートだの無料セミナーだので誘い出し、優しい担当者が丁寧に説明して、やがてもう少し高圧的な誰かがクロージングに加わるのは常套手段だ。

「はあ・・・それで、何の勧誘だった?ヒーリング水晶の押し売り?何とかアセンション大会?」

「・・・何、それ。どういうこと」

「だから言っただろ、変な話に乗るなって。よくある手口だよ。まさか連絡先教えたり、おかしなものもらってきたりしてないだろうな」

「・・・してない、けど。電話かかってきた振りして、強引に、逃げてきたから」

 ああ、その留守録だったのか。しかし、黒井がそんな小細工を弄するなんて、ちょっとめずらしいなと思った。嫌なら「何かムカつく、俺帰る!」とかキレそうなのに。

「どうしたんだよ。別に、直接何かされたわけじゃないんだろ?」

「うん、まあ、そうだけど」

「ま、タダでうまいもの食ったんだし、ロマンスがなくて残念だろうけど、プラマイゼロってことで我慢しろって。別に、よくあることだよ。聞くに、まあたぶんそれほど悪質でもないし・・・」

 僕は鞄にドラッグストアのビニール袋をしまいながら、これの出番もなくて済んだ、と安心した。黒井が「それ何」と訊くので、「な、何でもない、お前に関係ないよ」と。はは、とりあえず、今夜のところはね。・・・まあ、別に、俺にも関係ないけどさ。

 他人の不幸は何とやらって、まったく性格が悪いけど、お前に関しては俺だってエントリーしてるんだから、こんなことくらいで棄権できないんだ。こないだの新人に続き、今日はおねえさんに不戦勝。まったく、敵が多いったら。

 お腹も減ったしハンバーガーでも追加しようかなんて余裕こいていたら、黒井が低い声で、「お前、・・・俺に言うことない?」と。

「・・・え」

「俺に言ってないこととか、ない?」

 余裕は消えて、冷や汗。

 ・・・ああ、そうだよね。

 ちゃっかり知った風な口利いて偉ぶって、上から目線で説教垂れたけど、本当は、そうじゃなかったんだ。

 だから、佐山さんのことと、契約書騒動と、それ以前の例の耳鳴りの、説明と、謝罪を、しなくちゃって・・・。

「ごめん。実はそれを、ちゃんと、言おうと思ってて」

「・・・何」

 心拍数が上がって、声が上ずった。

 ・・・大丈夫だ、佐山さんには了解をもらったし、ちゃんと説明して、誠実に謝ろう。

 僕は深呼吸して、唾を飲み込んで、でも喉がカラカラで、「ごめん、ちょっと水もらってくる」と席を立った。僕が人の気持ちを慮れないばっかりに、お前には嫌な思いをさせてばかりで、本当に情けなくて、申し訳なかった。三月だってそれで「役者になれば」なんて傷つけたのに、何も懲りてないな。でも今度は、部屋の前で立ち尽くさなくたって、ブレーカーが落ちなくたって、ちゃんとお前の顔を見て話すから・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・



「あの、遅くなったけど、まず、お前に、謝らなきゃいけない」

 こんなところで話しにくいけど、逆に、感極まって泣いたりとか、何かの拍子に逆ギレしたりだとか、そんなことしたらまずいって自制心が働きそうで、よかったかも。

「・・・なんだよ」

「契約書の、こと」

「・・・」

「お前が、その、・・・藤井さんに電話とかしてさ、俺を庇おうと、っていうか、契約書のこと何とかしようと、してくれたわけじゃん・・・」

「・・・え?庇う?」

「いや、あの時、俺が藤井さんと会ってたって、思ったんでしょ・・・?」

「・・・ああ」

「違うんだ、本当は、あの部屋で、・・・佐山さんと話してた」

「・・・うん?」

「あの、誰にも言わないでほしいんだけど、っていうか、もちろんお前が言いふらすとは思ってないけど・・・」

「うん、言え、よ」

 僕は念のため席を見回して、会社の人がいないか確認した。ここのマックは前科があるから、・・・でも、たぶんこの音量なら、大丈夫・・・。僕は声をもう一段落として、それを告げた。

「・・・実は、その、彼女・・・妊娠してるんだ」

 黒井は一拍遅れて「えっ」と絶句し、目を見開いて僕を見つめた。・・・ち、違う、そうじゃない!

「ち、違うよ、俺じゃないよ、そんなわけ」

「・・・あ、ああ、びっくりした」

「そうじゃないんだ。ご、ごめん、変な言い方した」

「い、いいよ、・・・それで?」

「えっと、だから、そういう相談をされてて、つい契約書を忘れてきちゃって・・・。それを新人が見つけてさ、騒いでた、わけだろ?」

「ああ・・・最初は、隣の横田が、それ山根君の契約だ、とか言って見てたんだよ。そんで確か、発送部屋で見つけたって言った途端に『藤井さんだ』って」

 ・・・何だ、横田だったのか、あの野郎!

 いや、別にあいつが悪いわけじゃない。濡れ衣だ、逆ギレだ、悪いのは全部俺だ・・・。

「・・・で、話ってそんだけ?佐山さんが妊娠してるってだけ?」

「ば、バカ、声がでかいよ!」

「・・・ごめん。で、俺に謝ることってそれ?」

「その、契約書のこと、迷惑かけてごめんってことと、佐山さんのこと、ちょっと他の人に言うわけにいかなかったから、ちゃんと説明できなくて、隠してるみたいになってごめんってことと・・・」

「・・・他に?」

「・・・実はその、別に謝ることでもないのかもしれないけど、そもそもどうして契約書持って飛び出したのかって・・・」

「・・・うん」

「別に、何でもないんだけど、ちょっと・・・」

 僕は少し黙って、一度深呼吸した。

 黒井が真剣な目で続きを待っている。

 別に、深刻なこと言おうとして緊張してるんじゃないよ。むしろ深刻じゃないから、こんなことわざわざ言ってどうなるんだって、同情を引くことで焦点をずらそうとしてるって思われるんじゃないかって、・・・でも、事実を順序だてて説明しなきゃ、納得できないだろうし・・・。

 ・・・違う、か。

 この期に及んで、あんなことで怖がったってことを、お前に知られたくないのか。

 でも、それは事実だ。

 事実として、俺はそんなに強い男じゃないんだ。なら仕方ない。

 たとえそれでお前に失望されても、それは真実なんだから、引き受けるしかないんだ・・・。

「ちょっと、変な、耳鳴りがしたんだ。ぶうんって、右耳だけ、なんかが震えるみたいな、変な音が。それで俺は、そんなのすぐ止んだんだけど、急に・・・」

「・・・」

「・・・こわ、く、なって」

「・・・」

「それを隠そうとして・・・あんなもの持って逃げ出したんだ」

「・・・やめろよ・・・っ!」

 ダン!と黒井がテーブルを叩き、僕はびくっと震えた。

 ほら見ろ、こう、なるんだ。

 せっかく一緒にアトミクをやろうって言ってくれたのに、領収書を一緒にもらうような、そんなパートナーだって思ってくれてただろうに、失望された。

「・・・ごめん」

「ごめんじゃないよ」

「・・・でも、ごめん。とにかくあの日あったのは、そういうこと」

 しばらく黒井は黙っていた。そして、僕の水を取ってひとくち飲んで、ため息とともに話し出した。

「・・・あれから、横田が出てって、新人は佐山さんを待ってて、で、俺はお前を探しに行ったんだよ。でも発送部屋にもトイレにもいなくて、そんで、藤井に電話した。あいつはどこ行ったんだって、でも『その件に関しましては・・・』とか濁してハッキリ言わないから、ちょっとキレた。ほんとに知らなかったんなら、悪いこと、した」

「・・・業務部はこっちの営業と個人的にやり取りできない決まりだから、内線ではそういう物言いになるんだよ、彼女・・・」

 黒井は「ふうん」と苦笑いでまた水を飲んだ。

「そんで、道重さんに山根はどうしたって訊かれて、『俺だって知りません!』って、それ以上探す当てもなくて、結局外に出た。でも、そん時ちょうど入れ違いにちらっと、お前が入っていくの見えたんだよ。だから、なんだ大丈夫だったのかって、そのまま・・・」

「・・・そっか」

 僕は言って、そして、お前だって「知りません」って言ったのか、と少し安心した。でもそれは僕を探した上での「知りません」であって、僕の無責任な「知りませんよ」とは違うか。

「え、でも、大丈夫って、どういう・・・?」

 時系列でいえば、お前はその時耳鳴りのことを知らなかったはずだし、この直後僕は課長に怒られているわけで・・・?

「・・・俺は、契約書なんか落として、お前がまたどっかで倒れてんじゃないかって、・・・でも大丈夫そうだったから、さ。見つけらんなかったのが悔しかったし、だから声もかけなかった」

「・・・」

 何も、言えなかった。

 あれだけ考えても分からなかった、メールの意図。藤井でも契約書でも課長でも、僕が何かを隠したでもなく、ただ、僕の体調を心配して、倒れているかもしれない僕を見つけられなくての<ごめん>だったなんて。

 そして、お前の気持ちがそれでもまだ信じられない俺は、頭が悪いというより、もはや心がどうかしているのだろうか。


 そして黒井はまた、さっきよりやや弱めにテーブルをダンと叩いた。今度はどこか、諦めたように。あの日起きた顛末を語り終わり、話は、さっきの「やめろよ・・・っ!」の理由へ入っていくようだった。

「・・・言われたんだよ。さっきの、人に。そんなこと絶対知るわけないのに、・・・あなたの周りに、原因不明で病院に行った人がいるでしょうって」

「え?・・・そんなの、誰だって周りにそんな人、一人くらいいるだろ・・・なんだよその人は」

 自分のことを棚に上げて、僕は噛み付いた。分かってる、矛先を醜い自分から変えたいだけだって、わかってるよ・・・。

「しかも、最近になって、心配になることがなかったかって。あなたは心配したけど、その人はあなたに言わなかったんじゃないかって・・・!!」

「最近っていつだよ、心配ってどれくらいだ。表情読んで、目がどっちに動いたか、いつ口に手をやったかって、そういうの、テクニックなだけだ。不安にさせて、こうすれば救われるって、そういうやり口」

「・・・今日それを打ち明けられますって、それでも?」

「・・・そ、そうだよ。だってお前はたぶんそれを言われたこともあって、逃げ出す時無意識に俺に電話したんだろうし、だから俺はかけ直そうとしてたし、だからさっきあそこで偶然会ってなくても電話で話してた。それに今お前がこうして聞き出したんだから、既に恣意的になってるじゃないか。メンタリスト気取りの、心理トリックだ」

 僕はだんだん夢中になって息巻いたけど、佐山さんが今日課長に相談するとなって、僕が黒井に話していいか聞いて、それが今日である必然性はなかった。本当はあの時電話をかけ直す気はなかったし、そして、お前が聞き出さなくたって僕はそもそもこれを話そうとしていた・・・。

「・・・じゃあお前、さっき鞄にしまったの、何だよ」

「・・・え?」

「薬、とかじゃないの?」

「違う、よ。何でもない」

「ほら見ろ、隠すじゃんか。俺、言われたとおりなの?俺のせいで、お前・・・」

「何だよ、何を言われたんだ。そんなの信じるな、意味なんかない」

「分かってる。信じてなんかないよ、ただお前に確かめたいだけだ。本当に、俺のせいで・・・」

「・・・なん、だよ」

「不安定になったり、体に異変があったり、・・・あの人はこう言った、俺に依存して、その人は、弱くなっていくんだって」

「そんな」

「俺は否定したけど、それをあなたに隠すのがその証拠だって言われて、それは、否定できなかった」

「・・・」

「そして、あなたもその人に依存していて、それは共依存っていうんだって」

「・・・馬鹿なことを。まともなカウンセラーが診もせずそんなこと言うわけない」

「否定、出来なかった」

 ・・・おい、共依存が何か知ってて言ってるのか?俺たちはそんな関係じゃないし、いや、自分のことは客観的になれないにしろ、お前は違うだろ。

 ・・・でも、心理学的な意味は知らなくても、お前は、俺に依存してるって、それは否定できなかった・・・?

「・・・っ、だ、誰もそんなもの、否定する材料なんか持ち得ないよ。誰にだって多かれ少なかれあるもんだし、それに、証明義務は向こうにあるんであって、こっちにはない。そんな、<そうでない証拠>なんて出しようがないんだから、理論の土俵を持ってかれてるだけだ。・・・で?だから何か買えって?カウンセリングを受けろって?」

「・・・いや」

「・・・そこで逃げてきた?」

「ううん。・・・俺が、もっとまともになれば、いいんだって」

「はあ、生き方を変えましょうって?今度は自己啓発?」

「・・・俺が、その、おかしなこと望んだり、夢みたいなこと言ったりしなければ、その人は、体が悪くなったりもしないって。何とかのパワーストーンが効くとか言われたけど、別に、買えとかじゃなくて」

「胡散臭いよそんなの。どういう魂胆か・・・」

「・・・うん」

「・・・確かに、俺は、弱いよ。それを隠したいくらい弱いし、おまけに冷たくて、ひどいやつだって感じてる。でもそれはお前のせいなんかじゃなくて、ただ俺の、自分の責任だ。お前は関係ない」

「・・・」

「その、お前が・・・あの後<ごめん>ってメール、くれただろ」

「・・・そう、だっけ」

「うん。<ごめん>しか書いてないからさ、俺、いったい何に対する<ごめん>なのかって、ずっと考えてたんだ。藤井に怒鳴ったことなのか、それが課長にバレたことなのか、それとも俺が怒られたから、庇えなくてごめんってことだったのかって・・・。でも、結局・・・」

「ああ、あれは、お前を結局見つけられなくて・・・」

「佐山さん、泣いちゃって、さ。業務用エレベーターで、ちょっと下に行ってたんだよ。そのホールで、見送ってた。あれ、来るの、遅いから」

「・・・なんだ。俺、ジュラルミンの裏口とか、いるわけないのに探してた」

「ごめん。まさかそんな心配かけてるって、思わなかった。なのに俺、気にするなとか返信しちゃって、まったく偉そうに何言ってるんだか・・・。耳鳴りだって別にそれ以降なくて、何ともないんだ。一瞬気を抜いて、ちょっと、不安になっただけで」

「・・・俺は、関係、ない?」

「うん、ないよ。お前のせいなんかじゃない。お前は何も悪くない」

「・・・そう、か」

「責任感じることなんかないよ。お前が誰かを弱くしてるとか、そんなことないんだ。誰にでも当てはまるようなこと言って、不安を煽って、軽いパニックに陥れて、それって洗脳なんだよ」

「・・・で、お前もそれにはまって、逆のこと主張してる?」

「・・・は?」

「さっきから違う違うって、でも否定する証拠なんか持ち得ないんじゃなかったの?」

「・・・そ、それは」

「俺は、悪くたって、いいんだけど」

「え?」

「責任取るって、言ったじゃん、お前の、体については。お前が病院行って、俺が原因なら、ちゃんと責任取るって。その、耳鳴りって、その延長じゃないの?お前は、耳がどうとか、言ってた・・・」

「・・・それは、そうかもしれない、けど」

「なら、俺が悪くていいじゃん。俺にも責任取らせてよ。お前が弱さを感じたなら、『お前のせいだ』って俺のこと殴ってよ」

「そんな」

「全部、関係ないって、言うなよ。お前は俺のためにいろいろしてくれて、誕生日とかも、物理とかも、やってくれて、でも俺はお前に何も出来ないの?影響なんかないの?たとえ悪い方だって、俺なんか・・・」

「ち、違う!そんなことない。こんな俺のこと心配してくれて、お前のおかげで俺・・・」

 ・・・生きていられるんだ、って、言っちゃったら、よかったんだろうか。

 堰を切ったように、好きだ、愛してるんだ、一緒に生きてくれって、言っちゃった、方が・・・?

「俺のおかげで、なに?」

「いや、だから、いろいろ・・・」

「そう?」

「と、とにかく、俺も含めてかもしれないけど、そんな共依存だとか、わけのわからないことに惑わされる必要ないんだよ。突然人生に割り込んできて、不安にさせて、石なんか買う必要ない!」

「・・・石、いらなかった?」

「え、買っちゃったの?」

「違うよ、俺が、あげた・・・」

「あ、あれは、あれは違う。あれはいいんだ。だって買ったんじゃ、ないんだし」

「・・・はは、出た、屁理屈」

「ああ、そうだ、馬鹿みたいだけど、否定、してやるよ。否定する証拠、ちゃんと、持ってる・・・」

「え?だってそんなの、出来ないって」

「俺が体壊して、それを隠してるのがその証拠だって言ったんだろ?お前もさっきそれを見て、否定できないって感じたんだろ?」

「・・・うん」

「見せてやる、そんなんじゃないって。馬鹿な洗脳に俺もはまって、恥をさらしてやるって・・・」

 僕は、鞄から薬局のビニールを取り出し、中の紙袋を黒井に渡した。ついでに鞄も開けてみせる。

「ほら、他に袋はないし、トリックなんか使ってない。中身もすり替えてないよ。・・・薬なんかじゃ、ないんだ」

「え、じゃあ何で隠したの・・・」

 黒井はおそるおそる、中身を、テーブルの上に出した。

 そして、そのカラフルな箱が、かさりと現れた。

「・・・何、これ」

「・・・」

「え、これって、アレ?」

「・・・分かった?薬なんかじゃないって」

「あ、ご、ごめん・・・お前まさか、今日そういう、予定・・・」

「ないよ馬鹿!お前に買ったんじゃないか!」

「・・・え、ええ?」

「だから、事実の一部だけを拡大解釈してそこにそれらしい根拠を当てはめたら、どうとでも好きな結論が出せるんだよ。そうして本人が思い浮かべたことがどんどん具体化していって、本人は自分で考えたり感じたことだから否定できなくなっていく。それをいい方に使ってカウンセリングも出来るけど、どっちにしてもお前にはそんなの必要ないよ。・・・だって、お前が言った夢みたいなことで、俺が救われてることだって、あるんだから」

 一気に喋って、水を飲んだけど、少し噎せて、かっこ悪かった。

 黒井が背中を軽く叩いてくれて、「よくわかんないけど、ありがと」と、僕の肩を寄せた。

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